心
リックが連れてきてくれた店は、洒落たグリル料理の店だった。店内は落ち着いた雰囲気で、店内には品のいい調度品が飾ってある。
「リック、こんなお洒落な店、誰と来たのよ」
アンナが、からかうようにリックを小突く。
「誰とも来てないぞ。ここを見つけてから、ずっと来てみたかったのだが、男どもと来れるような店じゃないからな。今日は助かった」
アンナはメインに魚を、リックはオーク肉を、ステラは鶏肉を注文した。
ステラとリックは昨日、魚介類をお腹いっぱい食べたばかりだったということで、魚は選択肢に入らなかった。
「そうそう、ステラ達は4人になったんでしょう? パーティーは、名前、まだ決めないの?」
「決めたほうがいい?」
パーティーは3人以上から登録することができる。
「ギルドとしては呼びにくいし、パーティー登録をしておけばいろいろと便利よ」
「ああ、依頼を受けやすくもなる」
「そうなの?」
「名前の知名度と、パーティー単位で依頼を出している場合もあるからな。それに、ステラたちはCランク2人とGランク2人だが、パーティとしてなら、Dランクとして扱うことになるだろう。つまり受けられる依頼が増える」
「ほう」
ステラはなんだかよくわからなかったが、とりあえずいいことなのは分かった。
「でも名前悩む」
「そうだな。分かりやすいのがいいからな。大体は出身地とか、結成した場所、あとは見た目とか結成理由が多いな。俺らは結成した場所だけどな」
「名前負けしているパーティーもあるんだけどね」
アンナがころころと笑う。
料理が運ばれてきた。
各プレートには、素材の味を損なわない程度のスパイスが添えられていて、とてもいい香りがする。彩りも綺麗だ。
「美味しそう」
ステラが目をキラキラと輝かせる。
「俺も結婚していたらこんな娘がいたのかもな」
リックがステラを見て呟く。
「結構モテそうなんだけどね、リックは」
魚にナイフをいれつつ、アンナが言う。
「どうだろうな。冒険者は基本的に定住しないからな。同じパーティーじゃない限り、交際や結婚は難しい」
「冒険者を止めたいって、思ったことはないの? 危険じゃない」
「それ以外に、何も取り柄がなかったからな」
リックは丁寧に切り分けた肉を口に運ぶ。
「リック、飲み物無くなっているわよ? さっきのでいい?」
「ああ、すまないな。ステラはいいのか?」
ステラのレモネードも少なくなっていた。
「ありがと。同じの」
「わかったわ。レモネードだったわよね」
アンナは慣れた様子で飲み物の注文をした。
「リックはいつもそのジュースなの?」
ステラが付け合わせの野菜を口に運ぶ。肉だけではなく付け合わせの野菜にも丁寧に味付けがされている。
「いや、そんなことはないと思うが……」
「リックは肉の時は、だいたいリンゴよね」
「そうなのか。自分では気がつかなかった」
「へえ」
ステラは2人を見比べる。
「リックとアンナは一緒に食事するの?」
「たまにね。ほら同じギルド職員だし、リックは割と誘いやすいから」
「ほう」
なんだろ。この感じ。
「どうした?」
「いや、何でもない」
こういうのはきっと私の仕事じゃない。
多分、コニーとかミリーのほうが上手くやってくれる。
こうやって年上の男女と一緒に食事を囲むのは新鮮だ。
セーラムもミリーも家族だが、それとは違う雰囲気がある。一般的な家族とはこういうものなのだろうか。寂しくもあるが、嬉しくもある。
自分の知らないことを教えてくれる年上のアンナとリックは、とても頼もしい。
「2人が家族だったら楽しそう」
ステラは呟く。
「な、なにを言ってるの?」
「え」
何か言ってしまったのだろうか。
「俺らが家族だなんて、あんなに失礼だろう? 俺はおじさんなんだぞ」
「わ、私は気にしないわよ! そんなこと」
「そう、なのか。そうか」
それっきり、2人は無言になってしまい、食器が鳴る音だけが3人を包んでいた。
(これは、やっちゃった?)
グリルの店を出て、リックとあんなと別れたステラは、適当に古書店で本を買って、広場のベンチで読んでいる。
セーラムの新しい髪型も気になるし、エルミアの冒険服も気になる。
ミリーはどこに行ったんだっけ?
探知魔法を使えば見つけることが出来るが、そんなに気にはなれなかった。今はゆっくりとした時間を過ごしたい。
ギルドでよくわからないやつに絡まれ、気まずい2人に挟まれて疲れた。このまま氷のように溶けてしまってもいいかもしれない。
何かスカッとしたい気分だけど、ゆっくりともしたい。そんな疲れに襲われていた。
読書に疲れたステラが、広場を見渡すと、弦楽器の調整をしている老人を見つけた。
それはステラが始めてみる、4本弦の楽器だった。
低い椅子に腰かけた老人は、楽器を縦に構え、弦を1本ずつ鳴らし音程を調節している。
ステラはその老人の一つ一つの動作に釘付けになっていた。
老人は、演奏を始める。
弦と直角に当てられた弓が跳ねるように、時には緩やかに、弦の間を往復し旋律を奏でる。それを動かす老人の腕、老人の体も左右に揺れる。
弦を押さえている左手の指も、まるでそれぞれが独立した器官であるかのように指板の上を駆けまわる。
(まるで踊っているみたい)
老人の顔は目深に被っている帽子のせいで伺えないが、奏でる旋律は繊細で、大胆で、ステラの心は惹き付けられていあた。
少しずつ老人の周りに、旋律に気づいた人達が集まり、ステラからは老人が見えなくなってしまう。
(もっと見てみたい)
ステラの足は自然と老人の前に進んでいく。
少しずつ旋律が大きく聴こえてくる。老人との距離が縮まっていくのがわかる。
ステラは人々の合間を縫うように進んでいく。
演奏する姿が見えるところまで行くと、ふと老人が演奏を止め顔をあげる。
(おじいさんも赤い目?)
「嬢ちゃん、どうした?」
老人が声を掛けてくる。思ったよりもしゃがれた声だが、響きを伴った声。
「えっと……」
戸惑いのあまり、声がまともに出なくなる。
背後を中心とした周囲から、人々の声が聞こえてくる。
ステラが振り向くと、まるでステラを取り囲むように人だかりが出来ている。いや、気づかないうちに老人のすぐ側まで来すぎたのだ。
「踊るかい?」
老人はステラの返答を待つことなく、軽快な旋律を奏で始める。
弓が跳ね、指が駆ける。
演奏に集中し、俯いた老人の顔はまた見えなくなってしまったが、その意識が自分に向いていることは理解できた。
まるで踊りに誘っているような優しさを感じる。
『そら、踊ってみるといい』そう言っているような。
ステラは、動き出す。
弓の動きに合わせて、跳ねる。
旋律に導かれて、回る。
指板を駆ける指を追いかけるように、手を腕を伸ばす。
老人から生み出される音階と律動が、ステラを高揚させていく。
ステラの長い銀色の髪が、キラキラと日の光を反射し、細められた赤い目が人を魅了し、旋律に合わせてしなやかに動く全身が、人の視線を集めた。
踊り方は知らない。ただ旋律に合わせて、自分の気持ちの向くままに身体を躍動させていた。
老人が曲を変えてもそれは変わらなかった。時に激しく時に穏やかに。時に強く時に弱く。
ステラは自然と口ずさんでいた。老人の紡ぐ心地のいい旋律をなぞる。楽しい。踊ることがこんなに楽しいなんて。
いつまでもこの時間を生きていたいと思えるほど、ステラは踊りと老人の旋律に魅了されていた。
ずっと続いていた旋律が止まる。
楽しい時間の終わりを理解していたように、ステラは目を閉じ動きを止める。旋律の代わりに、ステラ自身の鼓動と呼吸の音が、静かに聞こえていた。
汗が頬を伝い、呼吸を整えるようにステラは深呼吸をする。
目を開けると、人々がステラを見ていた。自分が、自分の踊りが大勢の人間に見られていることを忘れていた。
ステラは戸惑ったすえに、おざなりにお辞儀をすると、拍手が沸き起こる。人々は目を輝かせ笑っている。自分を褒めてくれる人の声、感謝を述べる人さえもいる。
「えっと……」
恥ずかしくなったステラは、人々から視線を外すように、老人に礼を言おうと振り返るが、そこにいたはずの老人の姿は無くなっていた。
周囲を見回してみてもその姿を見つけることは出来ない。
私と同じ、赤い目の人。
「ステラー!!!」
声のしたほうにはミリーが手を振っている。
「ミリー」
ミリーは人をかき分け進んでくる。
「綺麗だったのな!」
「やっぱり、うちの娘だけあるかな」
スズとセーラムもやってくる。
「素晴らしいな。見惚れてしまった」
拍手をしながら、エルミアも顔を出す。
「みんな、見てたの?」
伝ってくる汗を手で拭いながら、ステラは微笑む。
「見てたわよ。ほら拭きなさい」
ミリーがハンカチをくれる。
「ありがとう。疲れちゃった」
「にゃはは、疲れたっていう割には、スッキリしている顔なのにゃ」
「ああ、いい顔してるな」
「ステラ、向こうのベンチに座ろう。私飲み物買ってくるよ」
セーラムはベンチを指さし、近くの屋台に走って行く。
「なんか、恥ずかしい」
ステラは珍しく満面の笑みを浮かべた。
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