1人でギルド

 かららん。


 一人で来る冒険者ギルドは新鮮だ。

 ステラは情報ボードに向かい、周辺事情を確認する。街道の野営地の情報や、王都で最近起きた事件などの新聞の切り抜きなどが貼られている。


 情報ボード以上の情報を手にしたいと思うなら、カウンターで詳しい情報の開示を求めることができる。冒険者ギルドが独自に入手した情報を開示してくれるかもしれない。

 例えば、『王都周辺で危険な魔物を発見』という情報の詳細を、カウンターでギルド職員に開示を求めたとする。ギルド職員はその冒険者のランクに応じて情報を提示する。Eランクまでは、魔物の見た目やその脅威を伝え、見かけたら逃げるように勧告する。Dランク以上の場合は、特徴や弱点など魔物見かけたら退治できるような情報を提示する。そして、もしDランク以上の冒険者で、かつ信頼に足る人物であり、王都周辺のその危険な魔物が討伐できる可能性がある、と判断された場合は、そのまま討伐依頼を受けないか打診をする。と、言ったところだ。


 その情報ボードに「なんでも一発解決の化粧水」という一枚紙を見つけた。

(これ、多分私たちが売り出す商品の広告だ)

 おそらくアンナの字だろう。

「それ気になりますか?」

 情報ボードを見つめていたステラの後ろから、声がした。

「アンナ」

「あら、ステラじゃないの。髪型が違うから気がつかなかった」

「エルにやってもらった」

 今日はエルミアに、自分ではしない三つ編みのハーフアップに結ってもらったのだ。


「エル? もしかして、彼氏?」

 青い顔になり後退りをするアンナ。

「女の人だよ。新しく仲間になったエルフの子」

「そう、なのね。よく考えたら男の人が、そんなに綺麗に髪の毛を結ってくれるわけないか」

「でも、男みたいな話し方する」

 2人は話しながら、アンナのカウンターに向かう。


 アンナはギルド職員の主任なので、担当のカウンターに冒険者が来ることはほぼない。アンナのところに来るのはギルド職員や、他のギルドからの情報を持ってきた伝令職員が主で、特別な場合にのみ冒険者の相手をする。

 暇なようで忙しい。問題に首を突っ込めば忙しくなるが、無視すれば暇になる。そんなポジションだ。

「その子も冒険者登録に来ると思う。水色の髪の毛をしたエルフ」

「水色の髪のエルフ……」

「ん?」

 アンナの顔が一瞬曇った気がする。

「いえ、何でもないわ。それは楽しみね。この間のスズちゃんもパーティーメンバーなんでしょ?」

「そう。楽しい」

「うんうん。ステラが楽しいなら、私も嬉しいよ」


 しばらく、アンナのカウンターで雑談をしていると、

「誰かと思えば、ステラじゃないか」

 不躾な若い男の声がし、振り返るステラ。

「……誰?」

「俺だよ。ハンスだよ!」

 ハンス……誰だ。全く分からない。


「人違い、じゃない?」

 知らない人に自分の名前が知られていることが、こんなに怖いこととは。

「うぐっ……確かに雰囲気が違うかもしれない」

 雰囲気。そうか、今日は冒険者の服ではないし、髪型もいつもとは違う。

 ステラは今朝のスズに対しての悪戯を思い出し、軽く咳払いをする。


「……ええ、おそらく人違いですわ。私は依頼のお願いに来ましたの」

「し、しかし銀髪で赤い目の女が、あいつの他にいるわけないだろう」

「この目は、小さい時病気になってしまいまして。この町に来てから、良く間違われますの。そのステラさんでしたっけ? 是非とも会ってみたいですわ」

 ハンスに柔らかい微笑を向けるステラ。

「うっ!」

 胸を手で押さえるハンス。

「どうかされましたか? 胸が痛いのですか?」

 ステラは椅子から立ち上がり、ハンスの胸に触れようとする。

「い、いえ! 大丈夫です。心配には及びませんよ、お嬢さん」

「ですが……」

(お嬢さん?)

「そんな顔していては、可愛らしい顔が台無しですよ。では、失礼」

 ハンスは足早にギルドから去っていく。

 その後ろ姿は、心なしかスキップしているような気がする。


 それを見送り、ガタッと椅子に座りなおすステラ。

 頭を両手で抑え、顔を青くしている。

「ステラ、すごかったじゃないの。別人だったわ」

「ありがと」

「大丈夫。顔青いわよ?」

「なんか気持ち悪かった。私自身も、あいつも」

 ステラは自らの両腕を抱くようにして呟いた。

「あの男きっとステラに……」

「言わないで」

 せっかく、朝にセーラム成分を補給したばかりなのに最悪な気分だ。

 深いため息が出る。セーラムが頬張ってもぐもぐしている姿を思い出して中和しようとする。

「……それで、お嬢さん。どんな依頼を出すんですか?」

 アンナがにやにやしている。

「いじわる」

「ふふ、ごめんね」


「誰かと思えば、ステラじゃないか」

 その言葉に殺意を持って振り返るステラ。座った目の中の瞳が鈍く光る。

「な、なんだ。どうしたんだ?」

 リックが両手を軽く上げ、当惑している。

「ステラ、なんかこう……そんな顔してたら美人が台無しだぞ?」

 心配そうにステラを見る。

「なんでかしら、同じような言葉なのに、言う人によって全く印象が違うわ」

「全然違う」


「それで、ステラは今日は休みか」

 リックが隣に座る。

「リックも休みだったんじゃないの?」

 アンナがたずねる。緊急依頼の後だから、休暇を貰っているはずである。

「休みなんだがな。単眼ベアーの件が、ギルドの痛手になったんだとさ」

「何かあった?」

「ほら、本当だったら、今日銀の森での指南があるはずだったんだが、それが単眼ベアーの件で流れちまった。出発の段階では、いつ討伐依頼から俺らが戻ってくるかわからなかったから、当然だよな。まあ、俺としては人数が減って静かだから嬉しいがな」

「じゃあ、いいんじゃないの?」

「ギルマスはそれが気に入らないらしい。いつ起こるかわからない緊急討伐依頼に備えて、うちら『荒野の矢』を2つに分けて対処したいんだとさ。2人は市南への引率、2人は討伐の待機ってわけだ」

「確かにそんなことギルマスが言っていたわねえ。4人を2つに分けたいって」

 アンナが他人事のように言う。

「だから、その企画書を作れとさ。俺以外にこういう作業出来る奴はいないからな」

 いつも豪快に笑う剣士のディックは細かい仕事は無理そうだし、マッドな雰囲気の魔術師ヴァンは下手なことを考えそうだ。

「ヒュームは?」

 優男の剣士ヒュームなら人当たりも良さそうだから、適任に思える。

「無理だ。あいつは文字を書くのが苦手なんだ。スラム出身で、文字を勉強する前に俺らと冒険者になったからな。依頼書とか簡単なものを読むことができても、筆記は無理だ」

 そういってリックは背伸びをする。


「まあ、戦闘のバランスや相性を考えても、ヴァンとディック、俺とヒュームで分けることになるだろうな。ただ指南の日程とかの企画書を作らないといけないんだ。なるべく早めにな。でないとギルマスが怒っちまう」

「大変ねえ」

 アンナは頬杖をつく。


「アンナ、ギルマスが『お城』の人になんて説明したらいいのかと嘆いていたぞ」

「あー」

 アンナはステラをちらっと見る。

「そのうちやるわよ。これは焦っても、いいことにはならないと思うし」

 ステラは何のことだと首を傾げる。

「ところで、俺とは違って平和な時間を持て余している御二人さん、昼飯はどうするんだ?」

 丁度よく正午を告げる白の刻の鐘が鳴った。

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