話し合い
一階では『竜宮屋』のコニーと、休暇で王都からハームに帰省している上級調合師のリリー、そしてステラたちの師匠でもあるセーラムがテーブルを囲んでいた。
4人掛けのテーブルを2つ並べ、8人掛けになったテーブルの上には、紅茶とバゲットのサンドイッチが乗っている。
ステラ達が1階に降りるとちょうど、緑の刻(9時)を示す鐘が鳴り響く。
「ステラ、ミリー、遅かったじゃない」
ステラたちに気づき、顔をあげたコニーがステラたちを呼ぶ。
「おはよう。コニーさん、リリーさん、どうしたの?」
ミリーがリリーの隣に座る。セーラムの隣は嫌なのだろう。
スズとステラはセーラムを囲むように座り、コニーの隣にはエルミアが座った。
「おはよう。どうしたって、化粧水の話しを進めに来たのよ。ちょうどセーラム様も来るっていうから」
「コニーさん、師匠が来ること知ってたんですか!?」
「あら、知らなかったの?」
ミリーの問いかけに紅茶を飲みながら、とぼけるコニー。
絶対わざとだ。この人はこういう人だ。
「リリーも化粧水の件?」
ステラがテーブルに広げられた紙と、リリーを見比べる。
「そうよ。コニーに呼ばれてね。まさかステラ達の先生、セーラム様に会えるとは思ってなかったけど」
リリーは緊張した面持ちでセーラムを見遣る。
ハームの町出身の人間であれば、セーラムは伝説の人なのだ。本人は伝説の存在のつもりはないようだが。広場の石像も別人だし。
そんなセーラムは、スズのことが気に入ったのか話しかけている。いつも間にか黒猫アズキはセーラムの膝の上で毛繕いをしている。
「ホントに、お姉さんがステラたちのお師匠さんなのな?」
「そうだよ。セーラムって呼んでくれたら嬉しいかな」
「あたしはスズ! よろしくなのな!」
「よろしくね。何か食べる?」
「フィッシュバーガーが食べたいのな! 玉ねぎ抜き!」
「はいはい、注文しておくね。耳ぴくぴくして、かわいいね」
「ありがとなのな。セーラムも美人さんでいい匂いなのな」
アズキが膝で安心してしまうのも頷ける。
「ふふ、そうでしょう?」
「店主、昨日の件なのだが」
「え? ここで『店主』なんて恥ずかしいわよ。コニーでいいわよ。ここでは店員とお客さんじゃないから。それで、昨日の件って?」
「ありがとう。私もエルと呼んでほしい。オーダーメイドの服のことなんだが、お願いできないだろうか? しっかりとしたものが欲しくて」
「大丈夫よ。デザインとかは決まっているの?」
「その、どういうものにするかはまだ迷っているのだが……ステラとミリーの服はいったい誰がデザインしたんだ?」
「あの子たちが自分で描いてきたものを、少しアレンジしたのよ」
「自分たちでか!? すごいな」
「でも、あの子たちみたいに、デザイン案を持ち込む人は少ないわよ。大体は既製品をもとに修正を加えたり、色を変えたりする程度だから。スズちゃんも既製品をもとに考えていったのよ」
「その程度でもいいのか。少し安心した」
「でもね、やっぱり女の子だから既製品の修正でも『ああしたい、こうしたい』ってどんどん湧いてくるわよ? きっとエルも」
昨日の竜宮屋で、ステラとミリーの服を見たエルミアの目が、キラキラと輝いていたのを思い出し、コニーは笑う。
「ママ、化粧水のだけど、髪の手入れ用も出来る?」
「私じゃなくてリリーが作るから、どうかな。候補はいくつかあるかな」
セーラムは自分の長い銀髪の合間から、何枚か調合書を取り出す。
「え、今セーラム様、髪から紙を作った?」
リリーはもちろん、収納魔法だと知っているステラとミリーでも、その大胆さにぎょっとした。
「私の髪の毛は異次元なのだ。リリー、これ作れるかな?」
軽く放心しているリリーに、何枚かの調合書を突きつけるセーラム。
「あ、はい。ありがとうございます」
リリーは注文書を裏表確認して、不思議そうにしている。
「師匠、今日は何しに来たの?」
「言わなかったかな。遊びに来たんだよ」
セーラムはパイを頬張る。
「あ。ママ、もぐもぐかわいい。もぐもーぐ」
ステラがうっとりした顔でセーラムを見つめている。
「……そんなに見られたら食べにくいかな」
セーラムはあからさまに顔を背ける。この子は相変わらずだ。
ステラから顔を背けた先で、スズと目が合うセーラム。
「久しぶりに髪の毛、切ってもらおうかな。スズちゃんもどう?」
「おお! ちょうど切りたいと思ってたのな!」
「じゃあ、後で一緒に行こうか」
「私も行く!」
「……ステラは意味ないかな。どうせ切ってもすぐ伸びるでしょ」
「? 私は切らない。切った後のママの髪の毛、貰うだけ」
「……ステラ、今にゃんていったのな? 髪の毛を?」
ぽかんと目を丸くするスズ。
「スズちゃん、考えちゃダメ」
「リリーさんどう? 作れそうなのあった?」
ミリーが調合書をのぞき見する。
「うーん、正直分からないわ。私が試したことない精製方法も含まれているから、実際に調合してみないとね。材料は手に入るから、そこは問題じゃないんだけど」
「そっか。あ! あと、これも作って欲しいんだけど」
ミリーは自分でメモしていた調合方法をリリーに見せる。
「これは香水?」
「お香よ。香水とは違って、服に着けるものよ」
「お香か、面白いわね。これは簡単だから出来そうだけど、この香りのもとになる材料がないわね」
「銀の森にあるのよ。冒険者ギルドに依頼を出せば、簡単に手に入ると思うわ」
「じゃあ、これも常時依頼でギルドにお願いすればいいのね」
スズはアズキと、セーラムとともに美容室へ。
ミリーはリリーの調合を見に行くのと、開業の打ち合わせへ。
エルミアはコニーと『竜宮屋』にオーダーメイドの調整へと向かった。
さて、私はどうしようかな。とりあえずギルドに面白い依頼がないか、見に行こうかな。
ステラは全員が宿を出るのを待って、席を立った。
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