友達の距離

「スズ、いっぱい食べたほうがよいぞ!」

「も、もう食べられないのにゃ……」


 エルミアは『炉端亭』に着いてからというもの、ずっとスズにべたべたしている。

 スズの前には、炭火で焼かれた魚介類がずらりと並んでいる。


「エル、それくらいにしないとスズが可哀そうよ?」

 すでにお腹いっぱいのミリーは、うんざりしながらため息を吐く。こんもりと盛られてる料理を見るだけでも吐き気がしてきそうだ。


 スズを背負って『炉端亭』にやってきたエルミアは、どうしてもスズと一緒に旅をしたいと言ってきかなかった。

「スズがあなたたちの、大事なパーティーの一員だということは知っている。どうか、私もパーティーに加えては貰えないだろうか? このスズは私にとっての大切な恩人で、初めての友人なのだ」

 ミリーは是非もなくエルミアを、パーティーのメンバーに加えることにした。既にステラが、エルミアが加わることに対して、前向きであったこともあって。

 


 スズとエルミアを迎えに行ったステラは、ミリーにもたれかかって眠っている。

 黒猫アズキが『炉端亭』に来てスズの危機を知らせると、ステラはアズキから伝えられたことをミリーにも告げずに、店を出ていった。

 ステラは一秒でも早くスズのもとへ駆けつけるために、自分の持てる限りの魔法とスキルを駆使した。

 空気抵抗、跳躍、探知魔法、舞踏術……。

 そしてスズの怪我を見て、珍しく冷静さを欠き、過剰な回復魔法を使用したのだろう。セーラムにつけられた左腕の雪の紋章が薄く点滅していた。

 ステラの魔力量はミリーが見ても、0に近い状態であった。

 そんな、ふらふらの状態で店に帰ってきたステラは、目の前にあった適当な料理をむしゃむしゃと食べて、寝てしまった。


 喧噪の中、寝息を立てているステラ。

『魔法は、使用者の魔力が無くても発動する。しかし、その代償に何かを奪い去っていく。それは本人の体の一部とか、隣人の命とか。だから強すぎる魔法を使うときは注意すること』

 ミリーは師匠である『六花の魔女』セーラムの言葉を思い出していた。


 今回は単なる魔力の使いすぎであろうが、あとでステラに忠告してあげないといけない。

(あんなに血相変えたステラ、初めて見たかもしれない)


 ミリーはステラの頭を撫でながら思う。

(こんなになるまで魔力を使って。……全く)

「……ん」

 ミリーの肩に頭を乗せていたステラが、身じろぎをし目蓋をこする。

「ん、ミリー?」

 ステラは寝ぼけ眼で、ミリーを見る。


「おはよう、ステラ。まだ寝ていてもいいのよ」

「ううん、起きる」

 ステラは手櫛で、わしゃわしゃと自信の銀色の髪を梳かす。

「水飲む?」

「ん、ありがと」

 コクリコクリと、ステラは音を鳴らしながらコップの水を飲み干す。


「スズも、エルフの人も元気で良かった」

 目を輝かせてスズの世話をするエルミアと、困ったようにそれに応じるスズを見て、ステラは微笑む。

「エルミアよ。ステラが寝てる間に正式に私たちの仲間にしちゃったけど良かったの? スズから離れたくないって」

「エルミア。そうなんだ。楽しくなりそう」

「ずっとエルとスズはあんな感じよ。べったべたしてる」


 ステラは背伸びをする。

「あの様子だと、約束通りに一緒に寝るとかいいそう」

 ステラがミリーに笑いかける。

「そうね。初めての友達って言ってたわ。嬉しいんでしょう」

「そっか。わかるかも。ミリーは私の初めての友達だから。一緒に居たい気持ちは分かる」

 そう言うとステラは、目の前の料理に手を伸ばす。

「ん、この貝美味しい」


「わ、私も……」

「ん? ミリーも貝食べたい?」

 ステラは同じ料理がないかキョロキョロする。あわよくば自分の分もあると良いのだけど。


「私も、ステラが初めてだもん!!」


「「……」」


 急に大声を出したミリーの、周囲にいた『荒野の矢』『白桃』の数名がこちらを無言で見ている。

 遠い場所に陣取って酒を飲んでいたディックとヴァン、ジオは聞こえなかったのが談笑している。


「初めての友達同士っていう意味」

 集まった視線に気付いたステラは、釈明あるいは弁明するかのようにはっきりと言う。


 視線のいくつかは、「ああ、そういうことか」と興味を無くしたようだが、女性の目が残ったままだ。

 エルとスズ、カエデとランである。


「ミリー、声大きい」

 ステラは見つけた貝の料理に手を伸ばしながら、恥ずかしそうにしているミリーを軽く睨む。恥ずかしいのはこっちのほうだ。

 貝の料理は、スズの前にずらりと並べられた皿の中に埋もれていた。

「ああ! ステラ、起きてたのな!」

 スズが身を乗り出す。

 耳がピコピコして可愛らしい。


「うん。スズ、怪我は大丈夫?」

「大丈夫なのな。跡も残ってないのな! ほら」

「スズ、やめろ! はしたないぞ! そんなに見せたいのなら私が見よう」

 服をたくし上げて太ももを見せようとしたスズをエルミアが窘める。

 後半は聞こえなかったことにしよう。


「ステラ殿、先程はスズを助けてもらって感謝する」

「スズは大切な仲間だから。それと『殿』も要らない。エルミアも、もう私たちの仲間なんでしょ?」

「そうだったな。では私のこともエルと呼んでくれ」

「うん、よろしく、エル」




『炉端亭』での宴会はあっという間に終わった。

 エルミアがスズのために大量に注文した料理は、ミリーとカエデが男性に配って何とか片づけた。

「じゃあ、宿に戻りましょ」

 ミリーが店から出て、背伸びをしながら言った。

 店の中は炉端焼きの匂いや、煙やお酒などの生活の匂いがしていたが、夜中の町の空気は、新鮮で気持ちがいい。


「あ、宿」

 エルミアが立ち止まる。すっかり忘れていた。

「どうしたの?」

 ステラが少し見上げる形で訊いた。

 エルミアの背はステラよりも高い。身長順でいうと、高い方からエルミア、ミリー、ステラ、スズになる。


「宿を押さえていなかったのだ。今からでも間に合うのだろうか」

「大丈夫じゃないかにゃ? それに私達が今取ってる部屋、3人部屋だけど今日はあたし、ステラと一緒に寝るのなー」

 スズが片足立ちで、くるくると楽しそうに回る。


「そ、そうなのか? 一緒に寝るのか?」

 エルミアが戸惑いの声でステラを見る。

「うん。約束だから」


「だから、2人は気にせずのんびりとベッドを使っていいのな」

「む……そうさせてもらう」

 スズの腕が、ステラの腕に絡みついてくる。

「ステラー、いい匂いー」

「炉端焼きの匂い?」

「もう、違うってばあ。ね、このまま夜の町に消えちゃう?」

「「なにを!?」」

 ミリーとエルミアがステラを睨む。


(私悪くないじゃん、てか、そろそろゆったりと寝たいんだけど)


「2人でテント泊まるのな」

「スズちゃん、どうしたのかなあ? 発情期のなのかなあ?」

 ミリーが右手に魔力を集中させている。

 さすがにスズにも分かった。思い切り殴られたら、さっきの矢と同じ、いやそれ以上の痛みが襲うかもしれない。

「い、いやあ。ジョークなのにゃ。にゃは、にゃはははは」

「あははははは」

 スズとミリーの乾いた笑い声が、夜の町に響く。


「でも、私との約束のせいでスズはあんな目に合わせちゃったんだから、スズがそうしたいのなら」

 ステラはいたって真面目だ。真剣な顔である。

 私のお願いのせいで、スズを危険な目に合わせてしまったんだから。


 ステラはスズをお姫様だっこする。

「にゃ?」

「えっと、テントに泊まる?」

 それでも恥ずかしいのか、顔を赤くしたステラは腕の中のスズにきく。スズも驚いた様子でステラの顔を見ている。

「にゃ、にゃははは。本当に冗談なのな。気持ちは嬉しいけどにゃ」

(ミリーの報復も怖いことだし……)

「そか」

 ステラはスズに微笑みかける。

「もう降りなさいよスズ」

「そんなに抱っこされたいのなら、私がしてあげよう」


 この後、スズはステラの接待を受けた。

 スズがお願いすれば銀髪を短くしたし、スズのシャンプーや背中も流した。


 当初ミリーとエルミアはその様子を恨めしそうに見ていたが、2人がまるで姉妹のように見え始めてからは、幾分気持ちが楽になった。

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