ヒト属の町 エルミア視点

 まだ誤魔化せているだろうか。


 最近雇った侍女が、私と瓜二つなのは幸運だった。

 その子を見た瞬間に「これは好機だ」と思い、顔を隠すため、常にフードを被らせた。

 この計画を知っているのは影武者のその子と、信頼できる妹だけだ。

 妹と影武者が旨いことやってくれていることを願うしかない。


 町に到着してこの町には冒険者が多いことに気づいた。

 とにかくこの町に潜伏している間は冒険者に扮して、情報を集めたほうがいい。

『竜宮屋』という防具屋で弓使いの装備を購入したが、思っていたよりも重い。何よりも胸がきつい。



 ちらと、『竜宮屋』でのことを思い出す。

 オーダーメイドすれば、弓の装備でも幾分か軽く、胸もきつくなるのだろうか。それにあの金髪と銀髪の子の服や装備は可愛らしいものだった。機能的でとてもお洒落で、エルフの森などでは見たことがないデザインだった。

 しかし、いくら可愛くても目立つわけには行かない。

 私は、どこにでもいる平凡な弓使いのエルフでなければいけないから。



 しかし、宿屋はどこにあるのか。


 外の町の造りは良くわからない。

 いや、エルフの下町でも私は宿屋を見つけることが出来るだろうか。

 ずっと大樹の城の中で生きていたのだ。私の知っている世界は城の中と本、あとは侍女や客人から聞く外の下町のことだけだ。


 いや、『だけだった』か。これから外のことを知っていけばいいのだ。

 私は自由になったのだから。



 ふと、屋台が目に入る。

 焼き菓子や果実も売っているが、肉や魚もある。色んな食材や料理が並んでいる。昨日の夜に、馬車を抜けてきてから何も口にしていない。


 意地を張らず、『竜宮屋』で少女たちが進めてくれた焼き菓子を食べれば良かったかもしれない。

『一般的』なエルフとしては、肉を食べないほうがいいのか?

 外のエルフはどうしているのだろう。

 肉を口にして『このエルフ珍しい!』と思われるのはマズい。


 無難にこの焼き菓子にしておくか。

 果実も乗っていて食べ応えがありそうだ。

「銀貨2枚だよ」

 ヒト属の女性が店員だ。笑顔で対応してくれる。

 銀貨? 確かさっきここに……。

 ない。落としたのか、盗まれたのか分からないが財布袋がない。『竜宮屋』では確実にあったのに。


「す、すまな……」

「ニャーー」

 お金がないからと断ろうとすると、足元に黒猫がいた。


「ニャー」

 よく見ると私の財布袋が、黒猫の目の前にある。

「お前が持ってきてくれたのか。店員、すまない。猫も食べられそうなものはあるか?」

 黒猫を抱える。


「あー、悪いけどうちにはないわねぇ。ごめんなさいね」

「そうか。では勘定だ」

「ぴったり銀貨2枚、頂いたよ」




 焼き菓子を受け取り、近くのベンチに座って、黒猫を膝の上に乗せる。

「財布袋を持ってきてくれてありがとう。お前飼い主は?」

「ニャー」

「ふふ、かわいいな。さっき防具屋にいた少女に似ている? いや、獣人と猫を一緒にするのは差別だったか」


 焼き菓子を頬張ると、果実の甘さが口いっぱいに広がる。

 美味しい。

「平和……なのだな」

 知らない町のベンチに座り、人の生活の様子を眺めていると自然とそう思う。

 

 大樹の城にいたころは、政治のことや派閥、貴族などの機嫌取り、政略結婚、はたまた汚職事件など、とても他の種族には言えないような争いごとばかりであった。

 もちろん、この町も魔物の危険とともに発展してきたのだろう。

 ただ、私の目の前の、この広場は平和そのものだ。


 そんなことを考えていると、いつの間にか猫はいなくなっていた。

「自由だな」

 ふと笑みがこぼれる。

 自由。

 誰に撫でられるのも、誰を傷つけるのも、誰の膝の上に乗るのかも。私もきっと誰かを幸せにし、誰かのために泣いたりするのだろう。

 そう考えると、嬉しさがこみあげてきた。


 大樹の城から離れ、広場で屋台のお菓子を口にし、やっと生きている実感が湧いてきた。

 これから、日々新しいことを経験できるのだ。


 そのためにも、目下の目的である宿を見つけなければ。

「そこの御仁、すまない。宿はどちらにあるのだろう?」

「宿へは、こっちの道が近道だよ。この道を行くと2つか3つ目の角に古書店がある。そこを右に曲がって、さらに進めば宿に着くさ。案内しようか?」

「その説明だけで大丈夫だ。ありがとう」


 先程の『竜宮屋』も、屋台の女性も親切だったし、この男性も丁寧に教えてくれる。この町がいいのか、それともヒト属の町がいいのか。

 他の種族の人間でも、同じように接することができるのは美徳だろう。

 やはりこの町に来たのは幸運だった。



 男性に言われた通り、細い裏路地を進んでいく。


 歩きながら私は考え事に耽ってしまう。

『森の魔女』と銘が彫られていた、広場の像はなんだったのだろう。

 あれは確かにエルフ属の女性だった。近くに森があって、そこのエルフがこの町のために尽力したのだろうか。


 同じエルフ属として嬉しい反面、悔しい気持ちになった。

 私は同じエルフ属として、ましてやエルフ属の見本となるべき立場なのに役に立てているのだろうか。

 森の魔女にもしも会えるのなら、ぜひ話をきいてみたいものだ。



 気が付いたら、交差点の真ん中にいた。

 考え事をしているうちに、角を4つは過ぎてしまったかもしれない。

 

 来た道を戻ろうとするが、どこから来たのかわからない。

 前後左右、どの道も通ったような、知らないような気がしてしまう。


 大丈夫さ。

 大通りに出れば、どうにか宿には着くはず。

 人がいればその人にまた道を聞けばいい。


 改めて周りを見ても、どっちが大通りなのかもわからず、近くに人の影もない。目印と言われた古書店も、視界には入ってこない。


「ニャー」

 猫の鳴く声が聞こえた。

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