敵襲! 

「カエデさん」

 うん? 誰かの呼ぶ声がする。


「おーい、カエデさん」

 少し待って。今とても幸せなの。もうちょっとこのまま。


「幸せよねぇ。痛いほどよく分かるわ。でも無理」

 どうして? いい匂いがするの。もう離れたくないの。


「カエデ、軽蔑する」

 ランの声? どうしてそんなこと言うの。


「ほら、カエデ!! 起きなさい!」


「はえ?」


 カエデが起きると、そこは気持ちよさそうに眠るステラの腕の中だった。

 視線を感じて首を動かすと、冷たい軽蔑の眼差しを向ける、パーティー仲間のランと、青い目をギラリと光らせた鬼の形相のミリーだった。


「あ、私!! 違うのこれはステラが誘ってきて……」

 カエデは慌てて、ベッドの上に座りなおす。正座で。

「ほう、ステラが誘ってきたのねえ。ステラからは後で聞くけど、相当幸せそうでしたわねえ、カエデさん」


「ミリー、どうしたの? 敬語が怖いわ」

「あらあ、そう? カエデさんとはいいお友達になれそうでしたのに」

「えっと、誤解なのよ! 気持ちよかったけど、何もしていないのよ」

 両手を顔の前で振って、弁明をしようとするカエデ。



「カエデ、とりあえず準備して見張りの当番」

 ランがため息交じりで、カエデの装備品を渡してくれる。

「そ、そうね。ありがとう」

 カエデは身支度をすると、テントの外に出ていく。


 ステラをじっと見つめるラン。


「ミリー、わたし先にシャワー浴びていい? 疲れちゃった」

「いいわよ。石鹸とか説明するからこっちきて」

 ミリーは依然として怒りは覚めていないようだが、シャワーの石鹸やお香について一通り説明をした。

「ミリーはどのお香使うの?」

「私? 私は香木かしら」

「似合う。私は柑橘でお願い」



 ランはシャワーを浴び、ミリーの洗ってくれた服を着る。

 見た目では分かりにくいが、汚れが落ちてじるのだろう。柑橘系のお香のいい香りがする。

「ミリー、ありがとう。石鹸もお香も洗濯も凄いね」

「ありがとう。私もシャワー浴びてくるわ。先に寝ていいからね」

 小説に目を通していたミリーが立ち上がり、シャワーに向かう。


 ランはシャワーの音を確認してから、長い耳に魔力で耳栓をして、ベッドに潜り込んだ。

 ステラの寝ているベッドに。


(いい匂い。なるほど、これは至高、しあわせ)


 ミリーがシャワーを出た後、ランがステラと一緒に寝ているという想定外の光景に、気力を失くし、その場で崩れ落ちたのは言うまでもない。


「もふもふ」

 ステラは寝たまま微笑み、気持ちよさそうにランのうさ耳を撫でていた。


 

  ー ー  ー



「ステラ起きて。見張り当番よ」

 カエデの声で、ステラは起きる。

 ランが腕の中で寝ている。寝付く前にはカエデだったと思うのだが。

 軽く混乱する。


「おはよ」

 ステラは寝ぼけたまま銀色の髪の毛を手櫛で整え、外套を羽織る。

「髪の毛、もうそんなに伸びたの?」

 カエデは、ステラとは逆に装備を外していく。


「そう。結構邪魔」

 ステラは眠気覚ましに化粧水を顔にかけて、テントを出ていく。

「気を付けてね」

「ありがと。おやすみ」

 


 テントから出ると申し送りをするためなのだろう、リックがいた。

 まだ暗い朝の時間だ。

 これからゆっくりと明るくなっていくのだろう。


「ステラは向こうの岩のあたりから警戒してくれ。ジオは……」

 リックが指を差して方向を教えてくれる。


「! 囲まれてる」

 そうか。さっきのチームの組み合わせには、探知魔法の使えるミリーは入っていなかったから、気配には気付けなかったのだろう。


「なんだと?」

「単眼ベアーのものかは分からないけど、魔物3つ。それぞれここから約700メートルの位置で囲んでいる」

 その言葉を信じていいものか、リックは逡巡する。

 しかし、敵がいるという危険性を無視し、惰眠のために皆を死なせてしまうのは指揮官としては失格だ。


 敵がいないのなら撤退すればいい。

「全員を起こしてくれ! 敵襲!! 敵襲!!」



 ステラは女性のテントに戻って全員を起こし、岩やテントを軽々と飛び越え、先に拠点警備についていたヴァンとジオに敵の居場所を教えた。

「リック! 2人に敵の方向を教えた!」

 野営地の中心に集まっている6人に向けてステラが叫ぶ。


「ミリーも敵の位置を把握しているようだ。敵は確実にいるだろう。ステラはジオを連れてヴァンのところへ! アルファは向こうの警戒場所、ブラボーはこっちだ。走れ!」


 リックの指示に各チームごとに走り出す冒険者たち。



_アルファチームの場合___


 単眼ベアーに向かっているアルファチームのミリー、ラン、ディック。

「ミリー、場所分かるの?」

「森で育ったから、魔物の気配に敏感になっているの。ラン、今のうちに発動直前の状態まで詠唱をして。会敵次第、ランと私で魔術を放つわ。その間におじさんは距離を詰めて。初動攻撃後は、私が状況に応じて指示を出すわ」

 ランの言葉に、ミリーは指示で返事する。


「どこにいやがるんだ?」

「位置を示すためにも、私が最初に風の刃と光の矢で攻撃するわ。2人はそこへ合わせて。目がくらむかもしれないから2人は気を付けて」

 ミリーを先頭にディック、ランと続く。


 アルファチームが進んでいるのは、岩と木が多い地帯だ。

 ミリーがいなければ、敵の場所を探し出すのに苦労するだろう。

 少し進むたびに、探知魔法で位置を確信しつつ着実に単眼ベアーに近づいていく。


 ミリーは単眼ベアーを視認した。

 大きい目をぎょろりとさせ、その体躯は3メートルほどだ。


「いたわ! 目をつむって!」

 声を上げると、ミリーは3本の風の刃を自信の前から単眼ベアーに向けてはなった。

 風の刃は、ミリーの眼前の草や低木、枯れ木を切り裂きながら進んでいく。それと同時に、単眼ベアーの目の前に一際明るい光の矢を2本発生させ、単眼ベアーに放った。

「目を開けて。やっぱり、単眼ベアーよ」


「ロック・シュート!!!」

 ランの魔術が発動し、岩が単眼ベアーに向かって飛んでいく。


 単眼ベアーに放たれたミリーの風の刃は、その大きい巨体に命中したものの致命傷を与えることは出来なかったようだ。

 光の矢は目くらましの効果は十分にあったものの、風の刃と同様に分厚い皮膚を傷つける程度しかダメージを与えられていない。


「おう、こりゃあ御丁寧に走りやすくなってるじゃねえか!」

 ディックは、ミリーが風の刃で作った道を駆けていく。

 ランの岩の弾丸は、鈍い音を当てて単眼ベアーに命中した。

『ゴガアアーー!!』

 単眼ベアーが雄叫びをあげる。

 衝撃が分厚い皮膚を通して内部まで届いているようだ。


「うっりゃああ!」

 ディックが振り下ろした剣が、単眼ベアーの肩を傷つけた。

「く、こいつ堅いぞ。全然通らねえ」

 ディックは単眼ベアーの間合い外に出て悪態を吐く。

 未だ目がくらんだままの単眼ベアーが、声を頼りにディックと近づく。


「『結解!』」

 ミリーが叫ぶと単眼ベアーの足が固定され、振り上げた単眼ベアーの鉤爪攻撃は不発に終わる。

「単眼ベアーの行動を制限したわ! ランは出来る限り大きい岩を! おじさんは肩を攻撃して!」


「おう!」

「りょうかい」


「ラン、私がおじさんに合図するわ、気にせず詠唱して」

 頷くラン。


「岩よ岩、」

 単眼ベアーの意識がランに向かない様にと、ディックは肩口を攻撃する。先程、傷つけた箇所を正確に狙う。

「我の力となり、」

 完全に視覚を取り戻したのか、単眼ベアーはディックが間合いに入ってきたタイミングで、腕を振り下ろす。

「そんな、単調な攻撃、当たるかよ!!」

 ディックは意外にも軽い身のこなしで避ける。

「敵を粉砕せよ……」

「おじさん、撃つわ! 一旦離れて!」

「うりゃあ!!」

 ディックは、右腕をなんとか切り落とすとその勢いを利用して、後ろに飛んだ。


「ロック・シュート!!」

「明けの明星!!」

 ランが先程よりも大きい岩を、ミリーが無数の角を生やした鉄球を単眼ベアーに放つ。ミリーの鉄球はランの岩よりも一回り大きい。


 右からの大岩と、左からの鉄球に囲まれた単眼ベアーは、攻撃を腕で受けようとするが、既に片腕はない。

 ランの岩を掴むのが精一杯で、胴体にミリーの鉄球をモロに受けてしまう。

『グゴガーー!!?』


「おじさん、目!」

「おし! どりゃあー!!」

 ミリーの鉄球を受けてふらつく単眼ベアーの弱点の目に、ディックの剣が深く突き刺った。


 ディックがさらに力を込めると、単眼ベアーの後頭部から剣の先が突き出す。

 ミリーが探知魔法で、生存確認をすると今のが致命傷になったのか反応は無くなっていた。


「おじさん、ラン。仕留めたわ」

「単眼ベアー相手に傷ひとつ受けてねえなんて奇跡だぜ。ミリー助かった」

 ディックが剣に着いた血を払いながら言う。


「ミリーすごい。詠唱しなかった」

「リーダー、さまになってたじゃねえか。良かったぜ」

「そんなことないわよ。2人のおかげ」


 探知魔法でミリーは見てみる。

 ステラはもう自分たちの単眼ベアーを屠り、リックの支援に向かっているようだ。

「あと一匹。ステラたちが応援に向かっているわ。拠点に戻ってお茶の準備でもしましょう、ラン」


「待て。単眼ベアーをこのままにしておくのか、解体しねえと……」

「ああ、そうね」

 ミリーは慣れた様子で、異次元に単眼ベアーの死体をしまった。

「おしまい。行きましょ」


「何でもありだな」

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