テントのなか

「おーい、食事ができたぞ」

 ヒュームが全員に聞こえるように言う。

「よし、優先的にアルファから食事を取ってくれ。その間チャーリーが周囲を見張って、アルファが食事を終え次第交代だ」

 リックの指示に従う討伐隊の面々。


「ヒューム、今回の飯は何にしたんだ」

「今回は、『白桃』の2人に献立を考えてもらった。俺は女の子2人を手伝っただけさ」

 ヒュームはランとカエデにウィンクをした。

 ランは無視、カエデは苦笑いで返す。ここら辺の扱いがリックとヒュームの差だ。


『白桃』はジオとラン、カエデのパーティーの名前だ。3人の故郷では桃が美味しく実ることから、『白桃』としたようだ。


「豆とチーズを使っています。苦手な人がいなければいいんですが」

 カエデが恥ずかしそうに言う。

「だっはっは。食えないものがあって冒険者は務まらん!」

 アルファチームであるディックが、我先にと自分の皿に食事をよそって豪快に口に運ぶ。

「うん、旨いじゃないか。いけるぞ」

 その後、同じくアルファチームのミリー、ランも食事を始めた。


「俺たちも食べようか」

 ブラボーチームのリック、ヒューム、カエデもそれに続いて食事をする。「夜中に遭遇するのは勘弁だが、早いところ単眼ベアーを討伐しないとな」

「そうだな。見つからんと町が危険だ」

 リックにヒュームが同意した。


「単眼ベアーの好物は、虫系の魔物だ。単眼ベアーは縄張りを作るためにも、わざと食事の残骸を残していく。そろそろ、それが見つかってもいいのだが。ともかく、休めるヤツはさっさと休んでしまう方がいい」


 しばらくしてアルファチームと入れ替えで、チャーリーチームのステラ、ヴァン、ジオが戻ってきた。

「リック、周りを一応見てきたがの、虫の残骸らしいものは無かったぞ」

「そうか。俺はもう休む」

 リックは立ち上がり、テントに戻っていく。


「カエデ、シャワー作ったから後で浴びていいよ」

「シャワー!? テントの裏の物が気になってたけど、シャワーなの?」

「うん。使いたい時は声かけて。魔力でお湯出すから。ヴァンも男用のシャワーあるからお湯を作ってあげて」

「……平然とお湯っていうがの、お主それがどういうことか分かっているのか? 簡単にお湯は作れんぞ」

「? 火で温めながら水を出すだけでしょ」


 カエデとヴァンがため息を吐く。

「さすがは噂の『魔女の娘』といったところか」

 

 さっきから言っている『魔女の娘』とはいったい何なのだろう。

 どこらでそう言われた気がしないでもないのだが、思い出せない。

 考えて見ても分からないので、ステラは思考を諦めた。



 そして、女子のテントに入ったカエデはもっと驚くことになった。

「え、広い。っていうか、野営用の簡易ベッドじゃなくて、しっかりとしたベッドじゃない」

 外見の2倍のテントの広さに、頑丈で気持ちのよさそうなベッドにカエデは目を丸くしている。


「シャワー浴びる?」

「え、ええ。浴びさせてもらうわ」

 カエデは自分の装備を外して、ベッド横の鏡台に置いていく。

「こんなものまで……」

 ベッドだけではなくその横には鏡台まであり、化粧水やら水瓶やら置いてある。

「これじゃ高級な宿屋じゃないの。いや、貴族の屋敷?」

 少し頭が痛くなってきた。ここはどこだっけ? 緊急討伐に来たんだよね?


「カエデ、いいよ」

「え、もう? 早くない?」

 テントの奥からステラの声がし、カエデはそちらへと向かってく。


「これが、石鹸。頭も含めて全身洗えるから、遠慮なく使って。こっちが最近作った、全身トリートメント。こっちも髪にも使えるから。下着とか今着ているものも、パッと洗っちゃうから、この籠に入れて」

 ステラは石鹸、瓶、籠を順に指差していく。

「え、な、なにが起きているの?」

「ほら、早く脱いで。洗っちゃうから」

「え、何を言っているのか分からないけど、服洗うの? ここで? 乾かないじゃない」

「大丈夫。水と風で汚れを落として、火と風ですぐ乾くから」

「ま、待って」

 いくら何でも下着は恥ずかしい。

 それに、思考がまだ追いついてない。そんな簡単に複合魔術を使ってしまうなんて。

「あ、『お香』のこと? お香はそこにいくつかあるから、つけたい香りがあったら、この籠の中に服と一緒に入れて置いて。じゃ」

 いや、お香とかそんな贅沢品なんであるのよ。

 しかも柑橘、花、香木、果実と種類がある。


 どれどれと香りを選んでいるうちに、カエデはワクワクしてきた。

(この果実のお香、貰えないかしら)

 カエデがシャワーを浴びて、しっとりした自分の肌にうっとりとし、近くにあったタオルで全身を拭く。

 体を拭きつつ、ちらと籠を見ると綺麗に畳まれた自分の服と下着がある。カエデが服に袖を通すと、ふわりと良い匂いがする。


「ステラ出たわよ。凄いのね! あの石鹸もタオルもお香も、高級品なんじゃないの? 最高の気分よ!」

「良かった。髪は乾かせる?」

「大丈夫、髪なら自分で出来るから」

 カエデがそう答えると、ステラはシャワーを浴びに行った。

 


 ステラがシャワーを浴びる音がする。

 カエデはベッドの上に腰かけて、装備品の点検をしている。

(ステラはどんなお香をつけるのかしら。私と同じ果実のお香かな。ステラ、私の下着洗ったのよね? さすがに洗うのは魔術なんだろうけど、でも畳んであったし……下着、触られたのよね。あんなに丁寧に畳んでくれて)

 言いようのない気まずさが、カエデを襲う。

「ありがとうっていう前に寝てしまうのは、失礼よね」

 カエデが装備品の点検を終えたころに、ちょうどステラのシャワーが終わった。


「起きてたんだ?」

 ステラが頭にタオルをかぶせた状態で戻ってきた。

「シャワーありがとうって言ってなかったから」

「ごめん、待たせちゃったね」

 ステラがはにかむ。

「え、い、いいのよ。私が言いたかったんだから」

 え、なに。緊張するんだけど。


「そっか」

 ステラは髪の毛を乾かすために、頭にかぶせていたタオルを取った。

「ス、ステラ! 髪は!?」

「乾かすの面倒だから切っちゃった。どうせすぐ伸びるし」

 背中まであった綺麗な銀髪の髪が、男の子のように短くなっている。


(え、なんで私さっきから、ドキドキしているの? ステラは女の子なのよ!)


 ステラは魔力で髪の毛を乾かすと、カエデの様子に違和感を抱く。

「どうしたの? 具合悪いの?」

 恥ずかしそうにベッドに腰掛けているカエデの顔を、ステラがしゃがんで覗き込む。

「!! あ、あと、その……そう! お香もし良かったら欲しいなって思って!」

「お香?」

 ステラはカエデに近づいて、お香の匂いを確認する。

 くんくん。

 カエデの心臓はトクトクとうるさくなっている。距離が近い。

「カエデ、いい香り。いいよ、後で渡してあげる」

 美少年のような微笑を浮かべるステラに、カエデは小さく、ありがとうと返した。

「じゃ、おやすみ」

 ステラは自分のベッドに潜る。


「……ね、寝れないかも」

 カエデは呟く。

 興奮してそれどころではない。

「単眼ベアー怖い?」

 カエデはその言葉に返せない。

 え、私今口に出しちゃってた? と、動揺していた。

 どこから私の心の声が口に出ていたのだろう。


「一緒に寝よう。少しは楽になる」

 ステラは、カエデを自分のベッドに連れて行こうと手を伸ばした。


(そ、そんなの駄目よ! いえ、女同士だから駄目じゃないけど……。こんな状態で一緒に寝たら本当に眠れなくなってしまう……)


「や……あ……」

 やっぱり一人で寝るわ。と、そう言おうとしたときには既に、ステラのベッドの中で、ステラの胸に顔を埋める姿勢になっていた。


 あ、落ち着くいい匂いがする。


「おやすみ」

「おやすみ」

 ステラの優しい声に安心したのか、カエデはすぐに寝息を立てた。

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