男と女
ハームを出発した9人は、単眼ベアーが出現したと報告があった場所まで、街道から逸れて歩いている。リックの指示によるものだ。
討伐隊の中でも、リックが最もリーダーに向いているのは全員共通の認識だった。
ステラとミリーは、他の7人に内緒で交互に探知魔法を使っている。
探知魔法は敵の位置が分かる便利なものだが、その効果の特性ゆえに視野が狭まってしまうし、魔法のために意識も傾けておかなければならない。
長時間探知魔法を使っていると、魔力消費で疲れる上に、酷いときには悪視界のせいで酔って気持ち悪くなってしまうことがある。
「3人はパーティだったのね」
ミリーがカエデと話している。
「そうなの、もう3年くらい一緒にいるのかな」
「結構長いのね。でも魔術師2人に剣士1人でしょ? 少しバランスが悪くないかしら?」
「うん。ジオの負担も考えると前衛が欲しいのよね。ジオが言うには男の前衛がいいんですって」
「女の子2人に囲まれて旅が出来るなんて、そうそうないのに勿体ない」
「でしょ?」
それを聞いた、冒険者になってからここのかたうん十年、男4人組で行動してきた『荒野の矢』の面々がジオをじとっと睨んだ。
(僕のつらさ、理解してください)
ジオはそれを苦笑いで答えるが、その表情には暗い影も落ちている。
「ステラは剣士?」
「魔術も使えるけど、剣のほうが好き」
こちらでは、ステラとランが話していた。
「すごい。ジョブも剣士系統?」
その質問に頷くステラ。
「一応。舞術剣士」
「珍しい。初めて聞いた」
「ランは?」
「私は、土術師。いつもは火術師だけど、森では不利だから」
「魔術師の上級職にはそういうのもあるんだ。あ、動かないで」
「うん?」
ステラはランの肩に手を伸ばす。
ランの方がステラより背が高いため、軽く背伸びをする形になる。
「虫、ついてた」
「ありがと どうしたの?」
ステラがランの顔を覗き込んだまま動かない。ランは三角帽子を深くかぶっているため、表情を見ようとするには、今のステラのように近づかないといけない。
「ランも赤い目?」
「……ウサギのセランスロープだから。ステラの目も赤い」
「私の目は、ちょっと特別。ランの目、クリクリしてかわいい。ウサギだから?」
「……耳も見てみる?」
ランが三角帽子を取って、ウサギの耳を見せる。
白く長い耳だ。
「おおー。触っていい?」
恥ずかしそうに、屈んでステラの前に自身の耳を差し出すラン。
「き、今日は特別」
「ありがと。ほおー、気持ちいい」
ステラは耳を優しく撫でる。
それを真っ赤な顔をして受け入れるラン。
さわさわ、もふもふ。
おお、これはスズのとは違ってまた、気持ちがいい。
「あ、もう、ダメ……く、くすぐったい、ス、ステラ?」
びくっと体を震わせる。
「は、はあ、んく……ステラ、もうやめて!」
「あ、ごめん。つい」
その様子をちらちらと、眺める男性諸君。そりゃあ、変な声が聞こえたら反応くらいします。
ミリーはステラ達を見て、ため息を吐く。
「ステラったらまたやってるわ」
「またって?」
カエデがステラたちの方を見ると、ランの耳をステラがわしゃわしゃしているところだった。
「ステラは、女の子を無意識に口説いてしまうみたいのよ。まったく」
「へえー。ランが耳触らせるなんてなかなかないのに」
「ホントにステラは、もふもふするのが好きなんだから」
私にもセランスロープみたいに耳があればいいのに。
今度魔力で作ってみようかな。
「ステラ、酷い」
ランが目に涙を浮かべながら訴えて、三角帽子を被りなおす。
「ごめん、つい……」
「ステラの瞳が赤いのは、魔人属だから?」
もしかしたら、どこかに角があるのかもとステラの頭を見つめるラン。
「ヒト属だよ。目が赤いのは小さいころ魔物に襲われたからだと思う」
これは、嘘ではない。ステラを銀の森で拾ったセーラムもそれが原因じゃないかと、教えてくれたことがある。
「魔物に襲われたんだ。でも、生きていて良かった」
「え」
ステラはその言葉にはっとする」
「ステラが今、生きているから、私はステラと出会えた」
生きていて良かった。
ランに言われるまで、そんな風に考えたことはなかった。
自分は何者なのか、生んでくれた親に会えるだろうか、セーラムのような大人になれるだろうか。
そんなことばかりを考えていた。
過去に囚われ、これからの未来をどうするかとばかりで、『イマ』の喜びを軽視していたのかもしれない。
「私もランと会えてうれしいよ」
ランは、ステラが向ける笑みに、また顔を赤くしてしまった。
日が沈んでから、ギルマスの指示もあり、しばらく歩くことになったが、目的の単眼ベアーには遭遇することは出来なかった。
「このあたりがいいだろう。野営準備をして食事、その後各チームは1刻毎に見張りをして貰う」
リックのその言葉を合図に、ヴァンとミリーが光源を発生させて、周囲を明るく照らし出した。
ステラは、収納魔法で異次元からテントや簡易ベッド、薪や食器、食料と調理道具を、ひょいひょいと出す。
「俺とディック、ジオ、ステラは拠点の設置。ヒュームとカエデとランは食事の準備を頼む。ヴァンとミリーはその間の周囲の警戒を頼む」
ステラは主に女性陣のテントの準備を担当した。
見張りに必ず一人は女の子が立つので、ベッドは3つでいい。それと、テントの裏にシャワーを浴びれるような目隠しと設備を設置した。
ステラはパパッと魔法でテントの設営を済ましてしまう。
他の3人を見るとテントの設置が終わったところだ。
「ジオ。何か手伝おうか?」
「え? 自分たちのはもういいのか?」
ジオはちらと女性テントを見る。
「早いな。後ろの壁? あれは何だ?」
「シャワーじゃん?」
「いや、『当たり前でしょ? 何言ってんだこいつ』みたいに言わないでくれ。本当にシャワーなんて設置したのか? 聞いたことないぞ」
ジオは眉間にしわを寄せている。
「ジオ、ステラはあの『魔女の娘』なんだ。深く考えないほうがいい」
リックが横から口を挟む。
「『魔女の娘』!? いや、そんなこと…」
信じられませんと言いたかったジオだが、冒険者登録をしてから1週間程度で、既にCランクなのだ。しかもDランクの魔術師を捕縛したこともあるらしい。そして収納魔法持ち。
魔女の娘だと信じたほうが自分を保っていられる気がする。
ジオは、3年経ってやっとDランクになったのだ。同じパーティには一足先にCランクになったランがいるが、それでも他の冒険者よりは早いほうだ。
それをたった1週間足らずで超える少女。
「ステラ、悪いが俺らにもシャワー作ってくれないか?」
「えー」
リックのお願いに、ステラはめんどくさそうだ。
「えーじゃないだろ。手伝ってくれるんじゃないのか?」
「いいけど、目隠しはなくていいよね」
「おうよ! 俺らは見られても平気だからな」
「見せたら、殺す。肉体的にも社会的にも」
「お、おう」
見せないためにはどうすればいいんだ? とは言えず、ディックは頷くことしかできない。
ステラは、一応テントに隠れるようにシャワーを設置した。
「ヴァンに頼んで、ここに温水を貯めてもらって」
簡単に言うが、温水なんて器用なこと、ヴァンに出来るのだろうか。火魔術と水魔術を適度に両立させないと温水を作り出すなんて不可能だ。
最悪、水を出してから火で温めるしかない。
「すまんな。しかし、こんなに精巧な鉄の物体を魔術で作るとはすごいな」
リックとディックが、シャワーの装置をしげしげと観察している。
「地面の鉄を集めてる」
ステラは適当に答える。
実際は「こういうものを魔力で作る」と想像して、その想像通りのものを魔法で作り出すだけなのだが。
それに特段、精巧というわけではない。
細い鉄の管が伸びて、温水の調整ができる蛇口がついているだけだ。
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