信じるしかないわね

「にゃっはー! 風が気持ちいいのな!」

 次の日、スズは黒虎のアズキに乗って平原を疾走していた。


 まだ冒険者ではないものの、2人の仲間になったスズには『魔女』とか『魔法』についての核心的な部分は秘密にしたまま、ステラ達の力について共有することにした。

 スズの屋台は収納魔法で異次元に収納しているため、移動上の枷となるものはない。

 早ければ今日中にハームに着くだろう。

 

 ステラとミリーはそれぞれ、スズの両隣を挟むように魔法で移動している。

 ミリーは重量をうまく作用させて半分落下しながら滑るようにしているのに対し、ステラは『舞術剣士』のジョブスキルを使って、一歩一歩飛び跳ねるようにして走っている。一見ステラの方が効率が悪いように見えるが、スキルで移動したほうが魔力の消費が少ない。


「スズ。そろそろ、アズキを猫に戻して」

 スピードを殺しながら、ステラが言う。

「町が見えてきたわよ!」

 ミリーも魔法で制動する。

「おお、あれがハームの町なのな!」

 スズは手の平をひさしにして、遠くを眺める。

 町を取り囲む塀と、町の門が見えている。



 3人は歩きながら、門へと向かっていく。

 スズは、猫になったアズキを乗せた屋台を引いている。

「ひいっ!! ま、魔物なのな!」

 見えてきた門の様子に、スズが悲鳴を挙げる。


 門にはお馴染み、セーラムが手なずけてしまった森ウルフのメス『ウーちゃん』が座っている。

「町が襲われているのにゃ!」

 尻尾をピンと立たせ小刻みに震わせて、警戒の色を見せるスズ。瞳孔も細く小さくなっている。

「大丈夫。アレはウーちゃん」

 説明にならない説明をするステラ。

「町の守り神のようなものよ」

 ミリーはスズの頭に手を置く。ついでにピンと立った耳をもふもふする。


「守り神? 確かに襲っては無いようだけど……」

「怖くない、怖くない」

 安心させるようにスズの頭に手を置くステラ。

 こちらもついでにもふもふ。

「もう少しで護衛依頼も達成ね。で、その足でギルドに行って報告して、そしてスズの冒険者登録ってとこかしらね」

 もふもっふ。


「うん、スズの新たな出発」

 もっふもふにふに。

「あたしの旅の始まりなのにゃ!!」

 ふもふもにふも。


「今日は記念日ってことね」

「さっさと門をくぐろう」

 ふにふにふに。 


「……って、2人ともいい加減にして欲しいのな」 

「もうちょっと」

「まだいいじゃないの」


「いい加減にしろって言って……」


 スズからドス黒い影が溢れ出てくる。

 耳がもふもふできないほど、ピンと伸ばしている。


 2人はさっと手を引っ込め、じいっとスズの様子を観察する。

「……わかればいいのな」

((はい、セーフ!))

「怒るときは『怒るよ』って言わなきゃ駄目じゃない」


 などと、ふざけているとハームの門に着いていた。

 ステラ達と顔馴染みの門番が、笑顔ですんなりと通してくれた。


「とりあえず護衛依頼はここまでね」

 ギルドに向かって歩く3人。

「冒険者登録、緊張してきたのな……」


「大丈夫だよ。怖いのは最初だけ」

 ステラはスズに微笑む。

「ステラ、たまに出るそういう悪ふざけ何なのな?」

 本気なのか、わざとなのか分からないのな。

「おちゃめ機構」

 ドヤ顔のステラ。

「……意味が分からないのな」

「意味なんてないことの方が、多いんだ。この世界」

 今度は、どこから取り出したのか一輪の花をくるくると弄んでいる。

「そ、そうなのかにゃ。にゃはは」

 笑うしかない。


「ミリー、ステラがなんかやばいんだけど」

 ステラに聞こえない様にミリーに呟くスズ。

「……ない……わたし……」

「ほえ、ミリー。どうかし……」

「しらないしらない! こんなにたのしそうなステラみたことないわたしのまえではしない」

 ミリーは頭を抱え、ぶつぶつと何やら呟いている。


「うわぁ……」

 スズは少し歩く速度を落とし、2人と距離を離して歩く。

 この2人と一緒にいるのやめようかな。

 前を歩く2人の姿に、若干の不安を抱くスズ。



 かららん。


「おおー」 

 屋台を外に停め、2人よりも遅れてギルドに入ったスズは、ハームの町の冒険者ギルドの様子に感嘆の声をあげる。

 コーラルと広さは同じくらいだが、ギルドの様子はかなり違う。

 初心者が多いからなのか、コーラルのように小さな店ではなく、ギルド内でアイテムや装備が購入できるように大きな店が入っている。

 冒険者も若い人間が多く、お酒を飲んでいる冒険者はいない。


「スズ、あのカウンターに並んでおいてね。私はステラと一緒に今回の依頼の報告に行くから」

 スズからは依頼達成のサインを貰っている。

「おう、いってらっしゃい!」

 それとキラービーの報告もしないといけない。



「そんな話……信じるしかない、わね」

 ステラとミリーの報告を聞いて、アンナが項垂れたのは言うまでもない。キラービーの群れを撃退したのではなく、300匹以上を全て狩ったという少女2人。

 誰が信じるだろうか、普通の冒険者はそんなことできないし、しようと思わない。ステラとミリーは冗談は言っても、こういう時に嘘を吐く子じゃないと知っている上に、セーラムの弟子のこの子達なら、やりかねないと察してしまう。


「素材もあるのよ。買ってくれないかしら」

「いいけど、300体でしょ? この場で出さないでね、向こうの買取場に広い場所があるから、そこでお願いね。その間に依頼の処理しておくから」

「買取場? そんなのあったの?」

「あるわよ、一応ね。そこの廊下の先だから迷わず行けるはずよ」

 アンナは2人を追い払うかのように、手をひらひらさせる。



「よいしょっと」

「出てこい、出てこい」

 ころろん。ころろん。

 買取場の床が、軽快な音を鳴らす。


 かららん、と音を立てて魔物の核である魔石と、キラービーの針と、その翅が出てくる。ミリーとステラの道具袋から延々と。


 かららん、かららん……。

 からからがららん、がらがらずさずさどっさー。

 段々と面倒になって、最後は一気にぶちまけた2人。 

 青く光る魔石とそれを反射する針、光を受けてキラキラと翅が輝く。


「これが虫のものじゃなかったら、心から綺麗って思うかもしれないけど……」

「虫って思うだけで、気持ち悪い」


 戦場での死骸の塊を思い出し、汚物を見るような目で素材を見下ろす2人。

 当然その様子に、買取場の職員が顔を引き攣らせたのは言うまでもない。

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