目指すもの
「スズは、ハームの町で何をするの? やっぱり屋台を開くのかしら?」
ステラたちは、スズの用意してくれた夕食を囲んでいる。
パンと、ハーブの効いたスープと、鶏肉とチーズを一緒に焼いた料理だ。
「ううん。それよりも、冒険者になりたいって思っていたのな」
「「え」」
思ってもいない答えに驚く2人。
「この子が出てくるとこ見たでしょ? この子が自分の意思と反して現れることに困ってたのな」
スズは隣で鶏肉をむしゃむしゃと食んでいるアズキを見る。アズキは美味しそうに、尻尾を揺らしながら無心で食べている。
「ハームの町は初心者冒険者に優しいって聞いたのな。冒険者になって世界を周れば、この子が勝手に現れる理由とかわかるかなって。それと、冒険者として訓練すれば、怖いことも少なくなるかなって思ったのな」
「屋台を開くとばかり思ってた」
ステラが意外そうに言う。
それにミリーも頷く。
「にゃはは。……あたしは屋台をやるほど、商売の才能とか料理の才能はないのにゃ。親父にバカにされたんだ。お前は無能だって。
兄貴達は優しく料理を教えてくれたんだ。本当に優しく。
でも、駄目だったんだろうね。あたしは親父や兄貴達が思うよりも、愚鈍で不器用だった。あたしは必死に練習したのな。でも、それは料理が上手くなるためのものじゃなくて、『練習している姿』さえ見せれば、親父に認めてもらえるかなって思ったのな。だって、もう、料理なんて楽しくも何ともなかったから」
一度言葉を止めてスズは小さく、にゃははと笑う。それは消え入りそうな強がりのようで。
「あたしはずっと、どこかに逃げたかった。もうとっくに料理から逃げていたのにさ、もっと遠い所へ逃げようとした。
誰かに認めてもらうための料理なんて、もうしたくなかった。
そんな気持ちに兄貴達が気づかないはずがなかったのな。あの時の兄貴達の目が怖かった。何も言ってくれなくて、あたしのことを見ようとしない、まるであたしのことを忘れているような、見えていないみたいだった。
自分がひとりになった気がしたのな。
確かにあたしは、努力が足りなかったかもしれない。料理に対して真剣じゃなかったかもしれない。小さい頃は皆で一緒に、楽しく遊んでいたのにそんな時間も嘘のように感じたのな。
一人は怖い、助けてってずっと思っていた。
そしたら、アズキが出てきてくれて兄貴達に立ち向かったんだ。その時は知らなかったけど、アズキは『あたしと兄貴達の架け橋になりたかった』んだって。でも、アズキもあたしも幼かったから、兄貴達を傷つけることしか出来なかった。
兄貴達もアズキも私のためにしてくれていたのに、あたしはその気持ちに応えることが出来なかった」
スズの言葉を聞き終えたステラは何も言えずにいた。
「そうなのね。でもこの料理は美味しいし、屋台のサンドイッチも美味しかったわ」
「うん。スズはすごい」
ミリーがはっとした表情をする。
「サンドイッチで思い出したわ。昔コーラルでスズのサンドイッチを食べたことあるんだけど、前もコーラルに来ていたの?」
スズは首を振る。
「ううん、多分それは母様のサンドイッチなのな。前に屋台を引いてたって聞いた。あたしが屋台を持ってるのも、国から出る時に母様が持っていきなさいって言ったからなのな。だから、あの屋台は大事なものなのな」
スズは泣き出しそうになっている。
遠くにいる家族のことを思い出したのだろう。表情も硬くして食事も喉を通らなくなってしまったようだ。
「ミリー」
「なに? ステラ」
「みんなで一緒にお風呂に入ろう」
「え!? なんで?」
(嬉しいけど、なんで?)
「こう言う時は、さっぱりするのがいい。……でも、明かりは暗くするからね」
と、言われミリーは残念そうにする。
「スズ、どうかな」
優しくスズに微笑みかけるステラ。
「え、うん」
グッと顔を近づけてきたステラに、顔を赤くするスズ。
(なんでステラ時々イケメンなのな!?)
アズキも小さいタライを準備して、みんなで風呂に入った。
セーラム直伝の石鹸の泡で全身を洗う。石鹸には必要なトリートメントも入っているので、これさえあれば時間も短縮できるうえに、一層身体が整う。
「ステラの髪は、長くて綺麗なのな」
「ありがとう。でも、戦う時に邪魔」
「もったいないけど、邪魔なら切っちゃえばいいのな?」
「ステラの髪は、次の日の朝には、なぜか生えてきちゃうのよ。そういえば毎朝短く切っている時期があったわよね。何でやめたんだっけ?」
ミリーが笑いながら言う。知ってるくせに。
「毎朝毎朝、切ってたらミリー達が『おじさんの朝の髭剃りみたいだ』っていうから」
「にゃはは、それは酷いのにゃ」
スズも笑う。
それを見てステラも微笑む。表情も柔らかくなってきたことにステラは安堵する。
「でも、見てみたい気がするのな。髪の短いステラ」
「切ってみようか?」
ステラが指でハサミの真似をしながら言う。
「わ、私が切るわ!!」
ミリーが浴槽の中で、ザバッと立ち上がる。湯けむりがあるものの、ミリーの全身があらわになる。
「ふざけないならいいよ?」
「大丈夫よ。あの時みたいに短くすればいいんでしょ?」
「うん、お願い」
ステラは立って風呂の縁、つまりミリーの作った『結解』の縁に座る。
「髪の毛が目に入らないようにつぶっててね」
ステラが目を閉じると、髪を切りやすいように、ミリーは明かりを強くする。
(ステラの裸げっとおおお!!)
「き、切るわよ」
叫びと、鼻血を我慢しつつ器用に指で髪を切っていくミリー。
何度かやっているのだろう、手つきが慣れている。
「魔術を覚えたらそんなことができるのかあ。凄いのな」
実際には魔術ではなく魔法なのだが。
「あ、スズあっち向いてて。驚かせたいから」
「ほいな」
素直に従うスズ。
しばらくの間、焚き火の音と髪を切る音、お湯が揺れる音が響く。
空には三日月が浮かんでいる。
「さっ、出来たわよ。2人とも、もう大丈夫よ」
スズが振り返り、ステラのその姿に思わず見惚れてしまう。
ボーイッシュな短い髪型になったステラの赤い目が妖艶に光り、独特の色気を放っていた。月夜に照らされるステラの銀色の髪、その肢体、赤目のコントラストが実に美しい。
「え、かっこいい」
スズは両手を口にあてて驚いている。
ステラ達は立ち上がったスズの体を見て、別のことを考えていた。
(負けたっ!)
ミリーは上半身をあらわにしたスズと、自分のを比較してしまい、ここまで差があるのかと愕然としていた。
(うん、うん。私は標準だったんだ。良かった)
ミリーとスズのを見比べて、ほっとするステラ。
「体冷えるから浸かりましょうか?」
なぜか敬語のミリー。
「スズ、そんなに見ないでよ。恥ずかしい」
ステラは、じっと見つめるスズの視線が気になる。
「恥ずかしがることないのな、かっこいいのな」
「……うん、かっこいいわよ」
「何で2人とも寄ってくるの? それにかっこいいって今言うセリフ?」
ステラの右腕にはミリー、左腕にはスズが腕を絡ませて来る。
「ふざけると、怒るよ」
「あ、キレるやつだ!」
ミリーが笑いながら離れる。
「キレると言えば」
「そう。さっきのスズ怖かったわよね」
ステラの後に、ミリーが言葉を繋げた。
「え?」
スズは何のことかと、キョトンとしている。
「もしかして、あなた記憶ないの?」
「……何の話なのな?」
「ミリー、黙っておこう」
面白いから。
「そうしましょう」
「な、なんなのにゃ!」
「で、スズは結局のところ、これからどうするの?」
「え、なにがにゃ?」
「それでも冒険者になりたいのかってことよ。アズキはもう、勝手に他人に危害は加えたりしないわ。冒険者になるよりも別の道を選んでも良いんじゃない?」
ミリーの言うことはもっともだ。わざわざ危険な目にあうことはない。
スズの話から、料理人として生きて行けとは言い難いが、他の生き方だって出来る。
「ううん、でもやっぱり冒険者になろうと思うのな。色んな所を旅して、料理を極めたいのな。そして兄貴達に謝りたいのな」
スズの言葉には揺るぎがない。
もう既に心は決まっているようだ。
「じゃあ、決まりね。私たちと一緒にいきましょう?」
「え」
突然のミリーの提案に、困惑の色を隠せないスズ。
「でも、あたし弱いから2人の迷惑になるのな。力を付けるまでは、アズキと一緒に頑張るのな。だから……」
口ごもったスズは、ステラたちから顔を背ける。
「残念だけど、冒険者だってみんな優しいわけじゃないわ。セランスロープを差別している人間も多いもの」
「それなら、なおさら一緒になんて居られない! 2人はあたしみたいな弱い猫種のセランスロープとなんか、一緒にいちゃいけないの!」
スズの拳は強く握られ、体が微かに震えている。
「スズは、私たちと一緒は嫌?」
「……」
ミリーの質問には答えずに、スズは俯いてしまう。
「スズ?」
声に顔を上げると、手を握ってくれているステラと目が合う。
赤く綺麗で見入ってしまうような目、銀色の髪の毛が濡れて色っぽい。
このまま、どこか幸せな場所に連れて行ってくれる王子様のようで。
「は、はい……な、なんでしょ?」
鼓動の音がうるさくて、自分の声が耳に聞こえてこないほどだ。
「一緒に行こう? スズと一緒にいたい」
「……はい」
目を合わせたまま、顔を赤くするスズ。
そんな表情で、そんな言葉を言われてしまうと、断れない。
「なによおおおおお!!!」
ミリー、絶叫。
ステラとスズの間にミリーが割り込んで、握られた手を離す。
「スズ、やっぱりあなた、来なくていいわ。あぶないもの!」
ミリーの慌てた様子が可笑しくて、スズが笑みをこぼす。
「えー、何がどうあぶないのかにゃあ?」
わざとらしく首を傾げるスズ。
「あ、あんたねえ!」
「ステラが来て欲しいんだって。私が欲しいって言ったのにゃ」
「そんなこと言ってないでしょ、その猫耳は飾りなの!? 飾りならぶち抜いてあげるわ!」
「……アズキ、2人を置いて出ようか」
『にゃあ』
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