後悔と勘違いと

 スズは後悔していた。

『護衛してもらうなら女性の冒険者がいい』『同い年だから安心だ』

 そんな我儘や都合のいいことばかり考えてしまったせいで、この2人を危険な目に合わせてしまった。

『Dランク昇格試験に合格したばかり』、とギルドの受付の人はいっていたけど、それがどのくらい冒険者として強いのか、信頼できるのかなんてスズには分からない。

 猫種のセランスロープの自身のせいで、キラービーを寄せつけてしまい、同じくらいの女の子が頑張って戦って傷ついている。

「あたしのせいで….…」



「ミリー、あとどれくらい!?」

「100はないと思うわ!」

「次の20匹頂戴!」

 ステラは何がなんでも、スズを守らないといけない。

 それはミリーも同じだ。

 魔法を放ちながらも、魔法から逃れ、自身に攻撃を加えようとするキラービーをナイフで切り裂いている。


 スズの近くの地面に、上空で戦闘するミリーの血が落ち、赤い点がいくつも出来上がっていく。


「もう、やめて。二人を傷つけないで……」

 こんな時のための『護衛』だが、誰がキラービーの大群に遭遇するを想定するだろうか。

 こんなことなら護衛を頼まなきゃよかった。

 あたしのせいで誰かが危険になるなんて、誰がが死んでしまうなんて。そんなのは嫌だ。あたしのせいだ。弱くてすぐに逃げ出すあたしのせいだ。

 自分を変えたくて、他の誰かを守りたくて、ハームの町に行くつもりがかえって危険な目に遭わせてしまうなんて。


「うぐっ!」

 声に気づいて、そちらに視線を寄越すと、ステラの腹にキラービーの針が刺さったのが見える。

 カラン。

 キラービーの攻撃を受けて、ミリーのナイフが地面に落ちてきた。

 こんなにも弱いあたしのために、傷ついてしまう2人。

 あたしが弱いせいで家族を傷つけ、関係を失ってしまった。

 味方をしてくれたのは、母親だけだった。その母も……。もう誰も失いたくない。

 目の前で何も出来ずに失うのは嫌だ。

 失うのが怖い、怖い、怖い。

 だから、もう2人を傷つけるのをやめて! 

 お願いだから!


「この、もう、ちょっと、なのに!!」

「さすがに数が多い!」

 ミリーがキラービーの針を避けきれずに、その身に受けつつも、魔力で精製した炎をキラービーに放っている。

 キラービーをスズに近づけまいと、必死に剣を振るうステラと目が合ってしまう。敵の数は確実に減っているが、2人の体力も限界に来ているだろう。

 虫の体液と自らの血で、冒険者の服を汚した2人は、肩で息をしつつ疲労と痛みで顔を歪ませている。


 いやだ! 失いたくない! 

 お願いやめて!



 ぶちっ……。

 

「ああああ!!! もうやめろっつてんだろうがよおお!! ブンブンうっせえんだよ!!」


『ウォォォォォオオオオオ!!』


 怒りに任せたスズの雄叫びが響くと、呼応するかのように遠吠えが聞こえ、キラービーの群れの中に、黒く飛び跳ねる大きな影が見えた。


「やちゃった! ごめん! ステラ、ミリー! アレから……あの黒いのから逃げて!」

 我に返ったスズが、ステラたちに向けて叫ぶ。


 スズの叫びに、2人は目を凝らして黒い影を見ると、お互いに目を合わせ、コクリと頷く。


「一気に行こ!」

 ミリーに予備の剣を放り投げるステラ。

「もうひと頑張りね!」

 スズの忠告を聞かずにステラたちは、黒い影の許へと近づく。

「なんで、なんで聞いてくれないのな! あの黒いやつのせいで、あたしは……」

「「大丈夫!」」


 完全に勢いを取り戻した2人は、鋭い牙でキラービーを屠っていく黒い影とともに、確実にキラービーの数を減らしていく。

「はい! これでおしまい!」

 ミリーの一閃で最後のキラービーを下した。


 戦闘が終わると、ステラが魔力で滝のような水を出し、それで身体の汚れを豪快に流すステラとミリー。

 服の乾燥も、当然魔法で行う。傷も治って、一気に元通り。


 

「おいで」

 ステラは黒い影に向かって、手を伸ばす。

「あ、危ないのな!」

「危なくないわよ」

 ミリーが、自分の怪我を魔法で治しながらスズのところに戻ってくる。


「でも、あの子は何なの?」

「あいつは……よくわかんないけど、あたしが危ない時とか、怒ってキレちゃった時に勝手に出てきちゃうのな」

「そうなの? それなら、きっと……」

「きっとあたしの呪いなのな!」

「あー……」

 ミリーがどう言ったらいいのかわからないと、額に手を当てる。物凄い勘違いをしている。



「この子はスズの召喚獣でしょ?」

 ステラが黒い影を撫でながら、スズ達のもとへとやってくる。

「召喚獣?」

「そう、黒虎っていう召喚獣。伝説上の生き物って言われてる」

 スズは、ステラの言葉にポカンとしている。


「この子はスズを守るために働いてくれる。まだまだ子供みたい」

「召喚獣に詳しくはないけど、でも、やっぱり召喚獣を従わせるのに必要な『パス』がちゃんと繋がっていないみたいね。本ではそう書いてあったのだけど」

 ミリーは、スズと黒虎の間の虚空をマジマジと観察している。

「何をいってるのな? 『召喚獣』? 『パス』って何なのな?」

「『パス』はスズと黒虎を繋ぐ魔力。それがないと召喚獣が言うこと聞いてくれない」


 黒虎がスズに近づいてくる。

「え」

「頭撫でてあげれば?」

「ええ、怖いのな!」

 恐怖のあまり後退るスズに、しゅんとする黒虎。

「いじけた」

「あーあ、かわいそうじゃないの」 

「だって、こいつ私の家族を!」


「「……」」

 沈黙。


「本当?」

『ウォン……』

 ステラが虎に質問をし、虎が何か小さく吠える。

「じゃれてたって。驚かすつもりだったって」

 何か昔にもこんなやり取りがあった気がするステラ。セーラムと一緒にいた時だろうか。


「じゃあ、どっからきたのな! 本当に魔物じゃないの?」

 虎が小さく吠える。

 耳が完全に垂れている。

「説明したいから、パス繋いで欲しいって」

「ぬぬぬ。それが怖いって言ってるのにゃ……」


 

「あー、すっごいきもちがいいー。ミリーも触って」

 ステラが黒虎を撫でる。演技なのが見え見え。

「わあ! すっごい気持ちがいいわね。私のペッ……じゃない、召喚獣にならないかしら」

「顎の下がいいの?」

「ゴロゴロ鳴いている! かわいいわね」


「だあああ! 止めるのな。なんだか、あたしが撫でられている感じでぞわぞわするのな!」

「ほう。じゃあ、あんなところも」

「お腹とかも、撫でちゃおうかしら」


「いい加減にするのな! わかった! 撫でるから!」

 スズがそう叫ぶと、ステラとミリーは動きを止め、解放された虎はスズの前に立つ。

「噛まないで、なのなよ?」

 震える手を恐る恐る虎の頭に置く。

 黒虎が何もしないとわかると、ゆっくりと頭を撫で始めた。

「お前、意外とかわいいのな。ん? 『ごめんなさい』って?」

『ウオン』

 スズと黒虎がコソコソと会話をしている。


 会話を邪魔しては悪いと、ステラとミリーはスズ達から少し離れた。

「ミリー、これどうする?」

 ステラがキラービーの残骸を眺める。

 虫の体液くさい。

「私のスキルでかき集めるわ」

 ドヤ顔で、ミリーが仁王立ちになると魔物の核である「魔石」、素材として使えるであろう針と翅をかき集めた。


「スキル?」

「私、ジョブを『結界術師』にしたの。今やったのは、別のスキルの『拾集』だけどね。ステラが単体接近に特化するかもって思って、私は逆の広域遠距離のスキルが使えそうなジョブにしたの」

「すごい、ミリーかっこいい」

 ステラが目を輝かせている。


「こんなこともできるわ」

 使い物にならない死骸をかき集め、結界で閉じ込めて一気に焼いた。

「便利そう」

「ステラの踊りも綺麗だったわ。銀色の髪がなびかせて優雅に流れる体。もう一度みたい!」

「いつでも踊ってあげる」


 ミリーとステラが戦闘後の片付けを終えると、スズが黒虎に抱きついて泣いていた。

「そうかそうか、お前はあたしのために頑張ってくれていたのか。ありがとうな。それに引き換え、あたしは……、そんな勘違いもしていたにゃんて」


 さっきとは打って変わって一気に仲が良いようで。




 スズは黒虎に「アズキ」と名前をつけた。

 アズキは呼び出される前にいた場所、つまりスズの魔力の源である体内には戻ることが出来なかったが、黒猫サイズに小さくなることは出来るようだ。戻れない理由がなんなのかは、ステラ達も良くわからなかった。


 キラービーとの戦闘地を離れ、すぐに野営の準備をすることにした。

 街道から離れた、ついでにキラービーの死臭から離れた場所に野営にちょうどいい場所を見つけたから。

 野営場所には当然、スズの屋台もある。


 セーラムの家の魔術書等でも、召喚ができる人間はごく稀であり、召喚自体もまだ研究が進んでいないとのことだった。

 ということで、ステラ達の中では、召喚ができるスズも『こっち側の人間』と認定して、特に隠すことなく収納魔法からテントの資材、薪、食料、食器を取り出した。

 料理は基本的にスズがしてくれるということなので、ステラ達は野営設置と風呂の準備をすることにした。


「スズも、お風呂入りたいよね?」

 ミリーが興奮したように、料理中のスズにきいた。

「え、それは入りたいけど。こんな場所じゃ無理なのな」

「まあ……ね、でも、もし出来るとしたら? 別に女同士だし裸くらいいいよね、ね?」

「にゃははは、もし出来るなら、是非ともさっぱりしたいのな」

「と、言うことで! お風呂、作りました!!!」


 ミリーがバッと、手で示した先にはムスッとした顔のステラと、深さ1メートル、縦と横が3メートルくらいのお湯が、そこに『浮かんで』いた。

「湯船は『結界』で作ったのよ。便利だわあ。ねえ、ステラ! スズも裸でいいって!!」

「本当に? 騙してない? スズ、裸はまずいよね、外だよココ」

「いーじゃん、開放感!!」

「えと、あたしもちょっと怖いかな」

 スズが完全に料理の手を止めている。


 ステラがバッと寄ってきて、スズの手を握る。

 だから、顔が近いのな。

「だよね。せめて仕切りっていうかさ。目隠し欲しいでしょ?」

「う、うん。あれステラって、そういう喋り方だったかにゃ?」

「欲しいよね? 欲しいって言って!」

「ほ、欲しいにゃ!」


 今度はミリーがムスッとする。

「わかったわよ。ちょっとした遊び心でしょ? いい案だったと思うけどな」

「「ミリー、何でもう服脱いでるの!?」」

「あ、ご飯まだだったわね」

(でも! 一緒に入れば、ステラの裸を見れる!!)


 そしてステラの魔法によって、周囲に土の壁が出来た。


「もう一体なんなのな。自分の目が信じられないのな」

 足元で猫になったアズキがにゃあと鳴いた。

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