遭遇

 「へえ、昨日の広場で、そんなことがあったのな」

 スズは、自分の屋台を引いている。

 屋台の左にはミリー、右にはステラが歩いている。

 朝に出発して、既に日はてっぺんを過ぎ、時刻は黄の刻(15時)近くになっているようだ。

 屋台は畳んでいるが、スズの小さな体で引くには十分に大きい。

 ステラ達が引いてやってもいいのだが、そのせいでスズ自身の護衛を疎かにしてしまっては本末転倒になってしまう。

 だからスズから、許可というか引いてほしいとお願いされない限りは、屋台を引かないことにしている。


「ミリー、私って怒りっぽい?」

「そんなことはないけど、ステラのこと知らない人は、表情が読み取れないから、急に怒ったって思うかも」

 悪戯そうにミリーは笑う。

「む、練習してる」

「練習って何の練習なのな?」

 八重歯のような牙を覗かせるスズ。

「表情を作る練習」

 ステラが言い難そうにする。


「でも、ステラの表情分かりにくくはないと思うのな」

「え?」

「そうかしら」

「あ、いや、あたしがセランスロープだからかも。感情の変化に気づきやすいんだよね」

「おお。なら、人類全員、セランスロープにしちゃおう」

 手をポンと叩くステラ。

「ステラが言うと、冗談に聞こえないからやめて」

 出来なくもないのが怖い。


「でも、私、怒る前には『怒るよ』って言ってるつもりなんだけど」

 その言葉にスズが笑う。

「にゃはは。それってもう、怒ってるじゃん?」

「う……」

 ステラは自分の頬をふにふにする。

 表情筋を揉んでも、感情のコントロールには関係ないのだが、そうせずにはいられない。


「にゃはは。ステラって可愛いのな。見た目は、清廉な美少女って感じだけど」

「でしょおお!! スズも分かる!?」

「うわわ! あぶ!」

 いきなり顔を近づけてきたミリーに、驚いたスズが屋台のバランスを崩す。

 ステラの手が、すかさず屋台を支えた。

「おお、助かった。ありがとなステラ」

「良かった。ミリーは、全く……」

 ミリーは、小さくごめんと両手を合わせている。


「屋台が傷つかなくて良かったのな」

「スズは、大丈夫?」

「お、おう。大丈夫、なのな」

 心配そうにしているステラの顔を、真正面から見て言葉に詰まるスズ。

(この2人は不用意に顔を近づけてくるからビックリするのな。同じ女でもドキドキするのにゃよ)




「! ステラ」

 険しい目になったミリーが、はるか遠くを見つめてステラに呼びかける。

「うん」

 ステラも探知魔法を使ってみると、小さな点がたくさん見える。

「小さいわね。ウルフの子供くらいかしら」

「この音……蜂?」

 スズが耳をピンと伸ばしている。

「蜂。もしかして、キラービー?」

 ステラが苦しげに言う。

 明らかに数が多い。


 巣を作らないキラービーは、適当な土の中や唾液で溶かした岩の中に、卵を大量に産む。そうして卵を様々な所に産みつつ、キラービーは過ごし易い気候を求めて広い地域を周遊する習性を持つ。

 厄介なことに、その周遊の際に100匹単位でキラービーが集まるとキラービーは『暴徒化』する。

 ただでさえ予測が難しいキラービーの周遊だが、暴徒化したキラービーの飛行速度は早く、予測は不可能になってしまう。

 反応から見る限り、眼前のキラービーの数は300はありそうだ。


「でも、大丈夫よね。ここから結構、離れているし、キラービーは好物は近くにない限りは、近づいてこないんでしょ?」

 ミリーが安心したように肩を竦める。

 

「……キラービーの好物って知ってるのな?」

 スズが震えた声を出す。


「代表的なのは家畜全般よね。でも、ここは街道だし、今回は馬車じゃないから馬の心配もない。幸運といってもいいわ。ここで少し待って、やり過ごして、ハームについたらギルドに報告しましょ」


「こっちに進路変更した」

「え?」

 ステラとミリーらの予想に反して、探知魔法のキラービーの影がこちらに向かっている。

 ステラとミリーの耳にも、微かに羽音が聞こえはじめている。


「ねえ、あたしのこと忘れてない?」

 2人がスズを見る。

 スズはだらだらと汗を流し、目をぐるぐる回している。


 まさか。

 猫耳、そして、このキラービーに対するスズの反応。一直線にこちらに向かって来ている。

「きっと……あたしに向かってきてるのな」


「マズイじゃない!! でも、私の新しいジョブの出番かもしれない!」

 ミリーが声高らかに、ガッツポーズをする。

「はあ!? 何言ってるのな! キラービーの大群になんて敵うはずがないのな! 私のことはその……きっと、大丈夫だから逃げるのな!」


「駄目。逃げても、蜂の大群は、このままコーラルの町に行ってしまう」

 ステラが唇を噛む。

 町に行ってしまえば、被害は甚大になることは確実だ。

 コーラルの町には、セランスロープが多くいた。ここで駆逐するしか、選択肢はない。

「でも……でも……」

 半ば懇願するような表情でスズは、ステラとミリーとを交互に見遣る。


「大丈夫!! 任せて!!」

 ミリーが叫び、浮遊魔法で上空へと飛ぶと、地上でも確認できる距離にキラービーがやってきた。

「うぬぬぬ、気持ちが悪い奴らなのな」

 スズが蜂に対する嫌悪感から、低く呻いている。


「エクスプロージョン!!」

「な」

 ミリーが叫んだ魔法に、ステラが声を漏らす。


 ミリーの得意な爆発系の魔法、エクスプロージョンは威力はさることながら、余波による熱風が酷い。ステラは障壁で軽減できるが、体重も軽いスズは、その風で吹き飛んでしまう恐れがある。


 キラービーの先頭集団に大規模の爆発が起き、爆音が微かに届いてきた。

「エクスプロージョン!!!」

 ミリーはもう一発、魔法を放つ。


 その爆発は、まるで空間を賽の目状に区分け、その四角い部屋の中で起きているようだ。爆炎もその形に合わせて立方体に光っている。

 見えない透明な壁で、爆発を押さえこんでいるらしい。

「はい!」

「ほい!」

「そこ! 今度はそっち!」

 ミリーは楽しくなってきたのか、どんどん爆発を起こしている。

 しかし、ステラが予測していた爆風は一向にこちらまで届いてこない。


「な、なんですか。アレは?」

 思わず敬語になっているスズ。

「うーん、なんだろう」

 ステラもそう答えるしかない。

 ただ、スズの抱いている疑問と、ステラのそれは全く違うものだが。

 

「ステラ、取りこぼした!!」

「了解!!」

 ミリーの声に合わせて、ステラが剣を構え走って行く。


 取りこぼしたキラービー10匹に、ステラはまるで踊るように切りかかった。真っ二つになったキラービーが、ぼとぼとと地面に転がっていき、死骸の山を作っていく。

 ステラは、スキルで形成した足場を蹴って、縦横無尽に飛び回り、他のキラービーを駆逐し、華麗な動きでスズのところに戻ってくる。


「な、なんですか。いまの?」

 スズが先程と同じ口調で質問する。

「舞ってきた」

 いやいや、確かにステラが舞っている間に、キラービーがバラバラになったように見えたけど、あたしが聞きたかったのはそう言うことじゃないのな。


(この2人はなんなのな)



 しばらくして、ミリーも何発もの爆発魔法に疲れてきたのか、出力を抑えた魔法を使い始めていた。

 しかし、キラービーの数も順調に減ってきている。

 あとはミリーの集中力の問題だ。


「ミリー、20匹くらいなら平気!」

 ステラがミリーに言う。スズを護衛しながら、確実に処理できるのは20匹だろうというステラの読みだ。

「わかった!」

 ミリーが、透明な壁を操作し、20匹程度キラービーをステラの方に流した。


 ステラはキラービーに接近しつつ、魔法で風の刃を飛ばし一気に5匹を屠った。そして、駆けた勢いをそのままに剣を振い、その一振りで2匹を切り裂いていった。

 軌道を少しずらした魔法の刃を、剣の左右に纏っているから、一振りでも攻撃の範囲は広い。


「うっく!」

 ステラに体にキラービーの針が当たり、血が出た。10匹以上のキラービーに囲まれているのだ。いくら気を付けていても、完全には防げない。

「ステラ!」

 毒を含んでいるため、その様子を見たスズが顔を青ざめる。ステラは、少し顔を歪ませたものの構わず剣を振るっていく。

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