食事と飲み物と
目下の問題であった剣の購入も済ませ、試し切りで色んな剣を触れられて大満足のステラ。
店を出てもう一度ミリーの場所を探知魔法で探ると、どうやらこちらに向かっているようなのだ。合流するために、待とうと足を止める。
「ほおっ! 本当に居たのな!」
スズが耳をピクピクさせながら、ステラを見て驚いている。
「ん。どうしたの?」
ステラは首を傾げる。
「ミリーが、もう少しで会えるよっていうから、不思議に思っていたのな。普通この町で迷子になったら、なかなか出会えないのに」
なるほど。確かにこの人の多さもあって、はぐれたら大変だ。
探知魔法があるから、ミリーとはぐれることはまずない。でも2人とも迷子になったらどうしようもないけど。
「私たちは色んな本屋を回っていたんだけど、ステラはどこ行ってたの?」
「武器屋。新しい剣を買った」
もう本屋に行っちゃったのか。出来ればミリーと一緒に本を選びたかったのに。
「これから、お昼にするんだけど、ステラは何か食べたいものはない?」
「うーん」
さっき食べたばかりと思ったけど、もう昼か。
試し切りで少し動いたし、さっきの屋台の料理の量は少なかったから、食べられないことはない。
「決まってなかったら魚料理はどうかにゃ? この町の魚は美味しいのな!」
スズがドヤ顔で提案をする。
「魚かあ、私はそれで良いかな。ステラは?」
「私もそれでいいよ」
スズの案内で店に向かって歩いて行く3人。
「そういえば、昨日見たけど、2人の冒険者服って変わっているのな。普通の店とかじゃ、なかなか見ないデザインだったのな」
今日はステラもミリーも、冒険者の服ではなく休日用のお洒落な服を着ている。
一見してみれば、外見に気を遣う商人の娘に見えるだろう。
「私達のはオーダーメイドだから。細かい装飾とかは店員と相談したけど、衣装のデザインは自分たちで決めた」
ステラが答えた。
コニーと一緒に時間を掛けて、デザインを決めたのだ。
何度も何度もデザインの見直しをしたっけ。
「そうにゃのか。あたしが前にいた大陸に似たようなデザインの服があったから、この町で買った渡来品なのかと思ったのな」
「スズはここに来る前、どこにいたの?」
「ラカンていう国だよ。そこから港をいくつか経由してここまで来たのな」
「結構遠い?」
ステラが興味津々といった様子で、スズの顔を覗き込む。
「遠いのな。ほとんど寝てたからあんまり覚えてないけど、1週間は船に乗ってたと思うのな」
「なんでわざわざそんな遠いところから、この国に来たの?」
「それは……あ! あそこのお店なのな!!」
スズは店を見つけると、ステラとミリーを置いて走って行ってしまう。
「自由ね」
「猫みたい」
その様子に、2人は肩を竦めて笑った。
3人は店に入ると、そのまま席に案内され、それぞれが注文をすると、あっという間に店内は満席になった。
それだけ人気がある店なのだろう、3人は運が良かったようだ。
メニューを見ると、料理は魚だけでななく、魚介類全般を取り扱っているようだ。
尻尾をリズミカルに左右に振り、耳をピンと立たせているスズ。
「嬉しそうね。やっぱり、スズは猫種だけあって魚が好きなの?」
「あたしは好きだけど、魚が嫌いな猫種のセランスロープもいるのな。肉の方が好きな人もいるし、『猫種は魚好きだろ!』っていう偏見のような何かに反抗して、外では食べないって人もいるのな」
「……猫種も大変なのね」
「まあ、それと猫種に限った話じゃないけど、頭を撫でられるのが嫌っていうセランスロープは多いのな。親しい人ならともかく、頭を撫でられると侮辱された気分になるのな」
「……あの時、撫でなくて良かった」
ステラはこの間の商業ギルドでのことを思い出した。
受付がウサギ種のセランスロープの女性だったので、可愛さのあまり思わず手を伸ばしそうになったことを。
そうこう話していると料理が運ばれてきた。
「ほわあ! これこれ!!」
スズは、新鮮な生魚を薄く切ったものを、炊いたコメに乗せた「カイセンドン」と言う料理にキラキラと目を輝かせている。
ステラもスズにオススメされたが、生の魚を食べるのは怖いから遠慮した。
「ステラはこの後、何するの?」
ミリーの注文したものは、ホワイトソースに魚介を絡めたものに、チーズで風味付けをした異国の料理だった。
「本屋。ミリーはどんな本買ったの?」
小麦の麺と貝類をピリッと辛いソースで絡めた料理を口にするステラ。
出来れば買う本は、被りたくない。
本は高級品なのだ。この世界の本は魔法具で印刷しているものもあるが、人の手で写本したものが格段に多い。いずれにせよ、手間や魔法具を使っている以上、どうしても値段が高くなってしまう。
「私が買ったのは、推理ものよ。最近読んでるシリーズの新作」
最近ミリーがそれを読んでいることは知ってるし、借りて読んだこともある。
「それだけ?」
「そうよ。後は気になるものは無かったわね」
「ミリー達は、この後どうするの?」
ステラが辛い料理の口直しのために、水を口に運ぶ。
思ったより辛い。美味しいけど。
「私は、今日のうちに、ギルドの情報ボードを確認しておこうかな」
そうか、明日は朝早い。
「あたしは旅用のマントを買いに行こっかな」
それも大事なことだ。
「じゃあ、バラバラだね」
食事を取り終えた3人は、店を出ると、それぞれが目的地に向かって歩いて行く。
2人に手を振ったステラはふと、思い出す。
(スズがこの国に来た理由、聞きそびれた)
しかし、依頼人の事情を深く知る必要はないし、それを知らなくても、これからの護衛依頼に支障をきたすこともないだろう。
本屋についたステラは、見たこともない本が多くあることに驚いた。
海を渡ってきた本は、小説やその地方の風土記、料理本が多い。
それらの中には、ステラの興味の引くものはなかったが、『魔女は経験』とはセーラムがよく言っていたことだ。
想像したことを現実にしうる力……魔法。
様々な事を知ることが能力の上昇につながる。例え、本が面白くなくても、知識として蓄えることが大事なのだ。
「うーむ」
ただでさえ高い本が、渡来のものとなるともっと高い。
『一応』で、買って置くというには、財布へのダメージが多い。
(本は読み終わったら、売れるからまだいいけど)
ステラはどうにか自分を納得させ、他国の風土記と小説を何冊かと、気になっていた新刊を購入した。
ステラは本屋を出た後、広場のベンチに腰掛けて本を読んでいた。
宿の部屋でゆっくりと読書に耽っても良かったのだが、木漏れ日が気持ち良さそうな広場を見つけたため、屋台で柑橘の果実飲料を買って、ベンチで本を読むことにしたのだ。
(こうやっていると、ママと一緒にハームの広場で遊んだこと思い出す)
木漏れ日が気持ちいいベンチの上で、ステラが本を読みつつウトウトしていると、女性の声に起こされる。
「起きて!」
「ふえ?」
はっとして顔を上げると、メガネを掛けたボサボサ頭の20代の女性がいた。
「え、なに?」
よだれがないことを確認するために口元を拭う。大丈夫。垂れてないみたい。
「さっきの姿勢に戻ってください! 困ります」
寝起きの耳に痛いほどの大声。
どうやら女性は怒っているようだ。
「なんで?」
まだ寝ぼけたままの思考で必死に考えるが、良くわからない。
何か悪いことでもしたのだろうか。
「私、あなたを描いていたんです! だから、さっきの姿勢じゃないと困るんです」
予想外の言葉にステラは戸惑う。
「……なんのこと?」
女性がホラと、描きかけの絵を見せてくる。
うん、確かに私のことを描いていたみたいだ。
「はあ……」
ステラはため息を吐き女性のお願いに反し、立ち上がる。
「え、ちょっと?」
女性は呆気に取られているが、ステラは本をカバンにしまって立ち去ろうとする。
「待って!」
女性の手がしっかりとステラの腕を掴む。
「なに?」
「困るって言ってるじゃないですか!」
「……いい加減、怒るよ?」
ステラは赤い目で、冷たく睨みつける。
「許可なく私を描いたうえに、気持ちのいい微睡を邪魔した。そのうえ、自分の都合だけ押し付けてくるなんて。あなた、勝手だよ」
ステラの言葉にキョトンとしていたが、ステラの覇気と怒りを読み取ってうっすら涙を浮かべるメガネ女。
「だって、だって……」
女性は静かに泣き始めた。
人を泣かせてしまうと、どうして周囲の視線が気になるのだろう。
むう、これじゃ私が悪者みたいだ。勝手なのはこの人なのに。
「わかった。描いてもいい。けど、新しい飲み物買って?」
空になった飲み物の容器を掲げるステラ。
「あ、ありがとう! 買ってくる!」
ぱあっと明るく変化したメガネの表情。
「甘くないやつがいい」
「わかった!」
気持ちを落ち着かせるために深呼吸をし、座り直したベンチで小説を取り出すステラ。
ちらと見ると、さっきの女性が屋台で注文しているのが見える。
(私、もしかしてキレやすい?)
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