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「はい、次はステラの番よ」

 ジョブ選択用の石板のブースから、ミリーは離れてステラに順を回した。

「うん」


 ギルドカードを石板に置くと、選択できるジョブが表示される。

「う……結構ある」

 ステラは表示されるジョブの数に辟易する。

 魔法をセーラムに学び、剣術を王都の騎士ライアンに師事していたのだ。ざっと見たあたりでは、剣に関する職業が多い。


 セーラムの『魔女は想像と経験が大事』という信念から、様々な武器もある程度は触ってきた。そのせいもあって選択可能なジョブが多い。


「私も、思ったよりも沢山あってうんざりしたわ。ゆっくり選んでいいからね」

「ミリーはどういうやつにしたの?」

「私は、魔術特化のものにしたわ」

 剣を振るうのが好きなステラの性格も考えて、ミリーは魔術師職を選択した。セーラムに出会う前までは魔術のことしか知らなかったし。

 剣よりは魔法の方が性に合うのだ。


「サムライとかニンジャとか、ないのかな」

「それって奇書の中の話でしょ?」

 ステラがジョブの詳細を確認しながら、むむむとうめき声を漏らす。


「おい、遊んでないでどきな」

 いかにもな小物といった感じの、やせ細った剣士の男がステラの後ろから声をかけた。

「新人冒険者にはジョブは選択できねえんだよ。どけって」

「ちょっと待ってて」

 ステラが首だけ横に向けて、男に言う。


「ああ? 聞いてなかったのかよ、意味ねえんだって」

 男はステラをどかそうと肩を掴もうとするが、その手をミリーが止める。

「待てって言ってるんだから待ちなよ。ちっさい男ね」


「おいおい。ガキ、口の利き方に気をつけろよ? 俺はDランクの……」

「別に雑魚の名前とか聞きたくないわよ」

「雑魚だと!? この俺を雑魚だと!?」

 ミリーに掴まれた腕を、乱暴に振りほどく男。


「雑魚じゃないの? 自分が格下だと思った相手にしか、粋がることしかできない雑魚でしょ。少しの時間も我慢できない『お子様』はどっちなのかしらね。それに私たちのカードは銀色よ」


「銀色? くははははは!!」

 男はミリーの言葉に笑い声をあげる。

「知らねえのか? 冒険者ランクを偽ることは重罪なんだぜ? お前らが銀色なら、俺はとっくにAランクになっちゃってるぜ」


「嘘じゃないわよ。悪いんだけど、Dランクの雑魚さん、本当に黙ってくれない? ちょっと、息が臭うわ」

 ミリーは鼻をつまむ。

「て、てめえ!!」

 男は腰に差していた剣を握る。


「……」

 ミリーは男が剣を握り、どうするのかとしばらく待つことにした。


 しかし、これと言って何かをするわけではないようだ。

 殺気もこれっぽっちも出ていない。ただ単に良きり散らしているだけだ。

 その様子にミリーは、ため息を吐く。


「ステラ、もうすぐ決まりそう?」

 男に興味をなくしたミリーは、何事もなくステラに話しかける。

「うん、決めた。もうちょっと」


「おいコラァ! 無視してんじゃねえ!! いまさらビビりました、許してくださいって言っても許さないねえぞ!」

 男はそうとう頭に来ているのか、唾を飛ばしながら叫ぶ。

「ごめん、終わった」

 振り向いて、男に場所を譲るステラ。

 ステラも、男が剣を握っていることに気づき、眉を顰めるが攻撃する気配もないので無視することにした。

「良いよ。どうぞ」


 だが、剣に手をかけたままの男は、平然と通り過ぎようとするステラの前に割り込んで、その進路を塞ぐ。

「良いわけねえだろ!」


「……良いって言ってるのに」


 ステラが大きくため息を吐き、予告なしに男の顎を右斜め下から殴った。

 顎からの衝撃のせいで軽い脳震盪を起こした男は、力なくその場に崩れ落ちる。

「て、てめえ、ギルドのなかで……こんな事して、許されると思う……なよ」

 なんとか男が喉から声を絞りだした。



「そうだな、許されるわけないな」


 カンインの低い声が階段から聞こえる。


「自身の行為に対して責任は持つべきだよな」

 階段を降りてきたカンインは、男の前に立つ。

「お前が」

 カンインは軽く腰を追って、Dランク冒険者の視線に合わせる。


「剣に手をかけるのは、まさに抜こうとしている行為。相手に殺すという意思を示していると同意なんだ。つまりだ。お前は嬢ちゃんたちを殺そうとした意志表明になる。ギルドの中で殺人をしようとしているわけだ。しかし、それをな、せっかく当人の嬢ちゃんたちが『良い』と許してくれていたんだぜ。お前はそんなことにも、気付かなかったのか?」


 男の喉がごくりと鳴った。

 カンインは男の顎を持ち上げる。

「嬢ちゃんたちの気持ちを汲んで、今回は許してやろう。まあ、既に殴られているしな」


 カンインはステラ達に正対する。

「ステラ、ミリーもそれでいいか?」

 ステラとミリーはそれに、無言で頷く。


「皆も良いな!?」

 一部始終を見ていたギルド内の冒険者にも告げると、皆一様に無言で頷いた。



「それとだ……」

 カンインはステラとミリーを人睨みし、ギルドの中の冒険者ひとりひとりを睨みつける。


「お前たちは暇なのか? 仕事をしろ! 依頼を受けろ! さもなくば……」

 キアラがうんざりした様子でため息をつき、両耳を手で塞いだ。

「酒を飲めぇぇええー!! 宴会だ!! 俺が持つ!! 嬢ちゃんたちの昇格祝いだ!!」

「「「おおおーーーー!!!」


 待ってましたとばかりに、エールをドンッとカウンターに置く、飲食店ブースのおばさん。

 ジュウっと豪快に肉を焼きだす恰幅のいいおじさん。

 どうやら、コーラルのギルドではこういう時にやる、ある種のお約束のようだ。




 すっかり宴会の様相をなしているギルド内は、大いに盛り上がっていた。

 ステラたちの周りを、冒険者が入れ替わりに取り囲み、

「やるな。こっちもスカッとしたぜ!」

「俺ならあそこまで、我慢できなかったぜ」

「ねえ、私のこと、『お姉ちゃん』って呼んでみてくれない?」

「僕らのパーティーに入る気はないかい?」

「え、肌白い……。なにか特別なもの使ってるの? おばさんにも教えて」

「……俺も、殴ってくれない?」

 というのに対して、ステラたちは適当に、曖昧に返事をする。

 

 宴会に加わらずギルド業務をしているキアラに気づいたミリーが、キアラに声をかける。

「いつもこんな感じなの?」

 キアラが仕事の手を止め、何度目かのため息を吐く。

「たまに。少年には仕事してほしいんだけどね」


「そうなのね。別に宴会なんてしてくれなくてよかったのに」

 ミリーが呟くと、キアラが頬杖をつく。

「そう言わないの。これはあなた達のためにやっているものでもあるのよ。さっきの騒ぎをうやむやにするためにね」

 ああーと、ミリーは納得の声をあげる。


 あのまま終わっていたら、私たちは他の冒険者たちにどう見られたのだろうか。

 いい関係を作れたとは思えない。

 カンインは、男が悪いとは言ったが、実際に手を出したのはステラだ。

 それを丸く収めてくれたのだろう。


「でも、少年には他の目的もありそうだけどね」

「ああ、それはありそう」

 ミリーは思い当たることがあった。

 多分、師匠絡みだろう。


「何の話してたの?」

 ステラもキアラのもとに来てたずねる。

「ギルドマスターは、良い人って話よ」

 ミリーは笑う。




 かららん。


「およ。これはどういう騒ぎなのな?」

 舌足らずの声が、ギルドの入り口から聞こえた。

「依頼に来たんだけど……」


 困ったように騒がしいギルドの中を、キョロキョロしている黒い耳猫の少女。ボサボサの長い黒髪を振り回しながら、ギルドの様子を観察している。可愛らしい黒と白を基調とした服が、どこか異国の雰囲気を漂わせている。

「あ、すみません。こっちこっち、こちらへどうぞ」

 キアラが手を挙げて、少女を呼ぶ。


 その手を頼りにカウンターまで来た猫耳少女が、ステラ達を見て笑顔になる。

「おお! さっきはありがとうなのな」

 ステラたちを見てお辞儀をする少女。


 少女はステラよりも少し背が低いようだ。

 猫種は背が低い種族なのだろうか。

 近くでみる少女は幼く見えるが、実際は何歳なのだろうか。同い年かもしれない。


「さっき?」

「何かあったかしら?」

 合点が行かないステラとミリー。


「おお、このカッコじゃわからないかにゃ? ほれ」

 少女は、腰に掛けていた帽子を被る。

 深い藍色の瞳がくるんと光る。


「あ、あなた、昼の『黒猫渓谷屋』の店員じゃないの!」

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