ジョブ

「Cランクの利点がある」


「箔が付く?」

 ステラがお菓子を頬張る。

「それもあるが、もっといいものだ」

「なによ」


「ジョブの選択肢の幅が増える」


「「ジョブ?」」


 二人は何それ? という顔でカンインの頭上に視線を移す。

 そういえばカンインには魔人属の角がない。

「なにそれ? それと角は?」

 ステラは気になったことをそのまま口にしてみた。

「質問は一個にしろとセーラムに言われなかったのか? 角はあるが、隠してるんだ」

 髪をかきあげると、確かに小さな角があった。


「ジョブってのは……いや俺じゃなくて、ギルド職員に聞いてくれ。俺も暇じゃない。代わりに他のものを寄越す。待ってろ」

「キアラがいい」

 カンインはキアラ、キアラと何回が呟くと、記憶との合点が言ったのか頷く。

「わかった。キアラを呼ぶ」

 ドアに向かうカンインの後ろ姿に、ミリーは悪戯心が芽生えた。

 この機会を逃したら、カンインに会えないかもしれないので。


「師匠、私たちが旅に出るって言ったらすごく寂しそうにしていたわね」

 ピクッとカンインは体を振るわす。

「そ、そうか。一人で寂しくしているのか。仕方のない奴だな」

 カンインは、振り向くことなく独り言のように呟き、何度か頷くと部屋を出ていった。


「でも、ランクかぁ。Cランクだと目立つわよね」

 ミリーはステラが出したお菓子を口に運びながら言う。

「でも、もう、いまさらだと思う。ミリーだってしっかりと目立ってる」

 ステラもお菓子を食べ、紅茶を飲む。


「何言ってるのよ!! いつもステラが悪いんじゃない! ステラが最初に目立っちゃうし、けしかけるのもステラじゃない」

「なんかほら、楽しくなっちゃって」

 恥ずかしそう、気まずそうに顔を背ける。


「ま、いいけどね。ステラは、ランクどうしたいの?」

「Cでいいと思う。聞かれたときには、『冒険者ランクD』って言ったら嘘になるからダメだけど、『銀色』って言えば嘘にはならない」

「あ、確かに。それはありね」

 冒険者ランクを偽るのは、犯罪行為に当たる。

 しかし、都合のいいように誤魔化すのは、冒険者として身を守るためにも許されている。



 しばらくして。

「はーい、キアラさんですよ」

 キアラは、ギルド職員が良く携帯している、分厚い本を持ってきた。

 冒険者の条件や依頼書の受付方法、ギルド職員や関係者に関する規定など、冒険者ギルドに関することを網羅している、らしい。

 すごいでかい。


「キアラさん、こんにちは」

 2人が挨拶すると、キアラが先程ギルマスが座っていたところに腰を下ろした。

「少年から聞いたけど、ジョブに関して知りたいんだって?」

 本をパラパラと捲りながら、キアラがため息を吐く。

 ギルマスを少年と言ってしまう辺りに、2人は不思議と好感が持てた。

「ええ、ジョブなんて初めて聞いたわ。師匠もアンナさんも言ってなかったし」


「もう……アンナ先輩ったら。あの人のことだから、ただ単純に説明が面倒だったってことでしょ。じゃあ、説明するわね。

 Dランクからは、ギルドにある特殊な石板を利用して、ジョブを設定することが出来るの。ジョブを設定することで、Eランクまでには無かった、ステータスの補正や特有のスキルが使用できるのよ。

 例えば、Eランクで選択できる『剣士』を設定した場合は、筋力や生命力の上昇補正、霊感や魔力の下方修正が掛かるわ。剣を扱ううえで、魔術に関する能力値は不要だからね。まあ、霊感が下がると状態異常に掛かりやすくなるけどね。大体の剣士は、装備でカバーするわ。

 そして『剣士』の上級職の代表として『重剣士』と『軽剣士』があるわね。その名の通り『重剣士』は生命力に多大な上昇するけど、敏捷性が落ちるわ。『軽剣士』は、その逆で敏捷性の代わりに生命力は落ちる。

 ここからが大事なんだけど選択できるジョブは、その人の適性や経験、思想に大きく左右されるわ。簡単に言えば、魔術適性のない人間は『魔術師』になれないし、もともと集中力の低い人間は『弓使い』にはなりにくいとかかしらね。

 そして、ジョブを設定しないEランク以上の冒険者はいないわ。利点の方が多いからね。

 ジョブの切り替えをして一定の程度の期間は、体が馴染まないから本領を発揮できないけど、依頼に合わせてジョブを変更することも可能よ。

 質問はある?」



「その上級職ってのが、Cランクじゃないと駄目ってことなのね?」

「うん。そうね。だから今後のためにも今、Cランクになっておいて損はないわ。というか、ならないと損ね」

 キアラは一息つくように紅茶に口を運び、小さくおいしいと驚く。


「人のジョブを聞くのはNG?」

 ステラがきく。

「ダメってことはないけど、本当のことを言ってくれるなんて期待しないほうがいいわ。ジョブを明かすことは弱点を教えることと一緒。魔物相手だと関係ないけど、対人であれば致命的よ。それに、ジョブによっては、自分の出自、出生を明かしてしまう危険性もあるの。ジョブの適性は遺伝するものもあるから」

 遺伝する。その言葉にミリーは、体を強張らせた。

 ”あの男”と血が繋がっている。

 血のせいで、自分のジョブが決まるかもしれない。

 逃げられない加瀬のようなものを感じ、ミリーの心に黒く冷たい泥が落ちた。


「……出生がわかる……」

 ステラが呟く。 

 ミリーは隣に座るステラを見遣る。

 俯いたステラの表情は、銀髪に隠れてうかがうことは出来ないが、自分自身の正体を知らないステラが思うことは推測できる。

 自分が何者なのか、それを探すための旅。

 目的に一歩近づくことができるかもしれない。


 ジョブで自分の出自、出生が明かされるかもしれない。

 それはステラにとっても、ミリーのとっても有難くも、怖さを感じるものだった。

 

「だから逆に言えば、自分のジョブに関して嘘をついても大丈夫。まあ、パーティには教えておかないと戦略、作戦、戦術の組み立ても出来ないから、そこは信頼関係の問題だけどね」

 と、肩を竦めるキアラ。


 ミリーはステラに任せようと


「ミリー」

 ステラは顔を上げ、ミリーに正対する。

 赤い瞳が揺れているのがわかる。きっと緊張しているのだろう。

 

「私、Cランクになりたい。全く経験とか少ないけど、知りたいことがある。確かめたいことがまだたくさんある。ミリーには迷惑掛かるのはわかってる。でも、頑張るから」

 ミリーは首を横に振る。

「何言ってるのよ。ステラ」


 ステラの手を握るミリー。

 彼女の手は微かに震えている。

「Cランクにしましょう。それに、ステラのことが私の迷惑になることなんてないし、頑張るのはステラひとりだけじゃない、私と一緒に頑張るのよ。寂しいこと言わないで」

 ステラは、よくミリーを振り回すことがある。

 しかし、本当に迷惑にかかるようなことはしないし、自分がこうしたいと我儘は言わない。

 そんな子がお願いをしているのだ。

「ミリー、ありがと」

「私も迷惑かけちゃうかもしれないけどね」

「ふふ、お互い様」


 咳払いが聞こえる。

 コホン。


「あのー、いきなり目の前で、イチャイチャしないでくれる? これ、渡しておくわね」

 そういってキアラは、Cランクのギルドカードを机に出す。

 銀色の星のついたカードだ。


「ギルマスが言っていたわ。『彼女らはCランクになるだろうから、Cランクカードを準備して置け』って」


「「……」」


 自分たちが、悩んでいたことは一体なんだのだろう。


 カンインはギルマスで、セーラムと同等の力を持っている存在なのはわかる。ましてや、自分たちよりも長い年月を生きている。年の功なのか、能力なのかわからないが、いずれにしても釈然としない2人。


「2人とも、いい加減、手を離したらどう?」

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