打診

 ステラとミリーを含むDランクの試験を受けた冒険者5名は、誰が言い出したでもなく、自然にまとまってギルドに戻ることになった。


((気まずい……))


 ステラを除く、4人は最初から別々に移動すれば良かったと後悔している。けれど、ここまで来て「はい、解散」と、分離するわけにはいかない。


 ミリーは、ステラに唆されたとはいえ、普通のEランクらしくない実力を見せてしまった負い目のような何かを3人に対して抱いている。

 他の3人は、明らかに実力の違う自分よりも年下の女の子に、どう接していいのかわからずにいた。


 ましてや、昇格試験しか接点がないのにも関わらず、試験の内容に関して話すのも憚れる雰囲気。


((早くギルドまで運んでくれ、私の足よ!))

 とぼとぼと進んでいく無言の団体。

 

「あ、見てあれ」

 ステラが何かを指差し、その重い沈黙を破った。

 その指の先には屋台があった。

『黒猫渓谷屋』の看板があり、黒猫の絵が描いてある。

 硬めのパンを使った食べ応えのあるサンドイッチが売りのようだ。


「あ! そうそう。昨日言っていた思い出の店は、確かにあの店よ。よかった無くなってなかったのね」


「「グーー……」」

 一同の腹の音が鳴った。


 午前中の昇格試合から解放された安堵感からか、5人全員は急激な空腹を感じた。


「あはは。悪いが、寄って行ってもいいか? 我慢できそうにない」

「わたしもいいかしら」

「……じゃあ、おれも……」

 豪快に笑いながら男の冒険者が声をあげると、それに便乗するかのように他の2人も店。


「コイントスしない?」

 ステラが言う。

 こういう場合のコイントスは外した者が奢るというお決まりのやつだ。

「いいわね。みんなはどう?」

「おう、いいぜ」

「俺こういうの強いよ」

「わたしものったわ」

 ミリーが賛同すると、他の3人も頷いた。


「じゃあ、行くね。せーの!!」

 代表者が一個のコインを投げて、その結果を予想していき、外したものが残っていく。最後の1人になったらその人が奢るというものだ。

 代表として魔術師の女性冒険者に投げてもらうことにした。

「「裏」」

「「「表」」」

 ステラたちは、魔法を使えばコイントスはズルができる。

 もちろん、そんなことはしない。ただ、コインを直視すれば分かってしまう場合があるので、その瞬間は目を閉じておく。


 結果、ミリーが負けてしまった。

「えー、私ぃ!? コイントス苦手なのよね。ほら、遠慮したら許さないわよ!」

 ミリーが笑顔で肩を竦めて見せる。


「ご注文はなんなのにゃー?」

 ころころとかわいい黒猫のセランスロープの店員は、手際良くサンドイッチを作ってくれた。




 ギルドに戻ってくる頃には、5人パーティのように打ち解けていた。

『この5人なら役割としてはバランスがいい』『もし今のパティーが解散したら、その時は拾ってね』というような冗談も言えるようになっていた。


 5人はアンナに応接室で待っているように言われ、しばらく待っていると、試験官テールと白髪の少年が部屋に入ってきた。


 5人は立ち上がり、2人と正対する。

「改めて自己紹介させてもらう。試験官を務めたテールだ。こちらのお方はコーラル冒険者ギルドマスターであるカンインだ」

「よろしくな。カンインだ。魔人属だ」

 カンインが見た目に反して低い声を出す。

 試験会場で聞いたあの声と同じ声だ。


((ショタジジイ!!!))

 ステラとミリーは、静かに興奮していた。

 実在していたのかと。


「今回の結果を通知する」

 そう言って、テールは5人にそれぞれ小さな封筒を渡す。

「中に合否が入っている。確認してくれ。もし、今回不合格でも一か月後に試験を受けることができる。その場合は紹介状は要らない。また、封筒の中にはそれぞれに対しての評価や克服すべき点が書いてある。では、精進してくれ」


 そういって、テールは早々に部屋を出ていった。

「ステラ、ミリー」

 カンインが部屋のソファに座り、2人にも座るように促す。

 その様子を見た他の受験者3人は、部屋を出ていった。


「先程の試験、見させてもらった。あれは『魔法』だな」

 カンインが探るような目つきで2人を見る。

「「……」」

「黙っていることは、時に肯定と同じだぞ。まあ、安心してくれ。俺は魔法を見たことがある。セーラムが使っていたからな。最近、弟子をとったと聞いた」


「セーラムと、師匠と知り合いなの?」

「ああ、昔一緒に旅をしたことがある。ここ何十年かは会っていないがな。あいつがくれるのは、たまの手紙くらいさ」

「もしかして『転輪の魔手』?」

「おお、知っているのか、嬉しいな。最近はそれで呼んでくれる者もいないがな」

「じゃあ、本当に師匠の知り合い、仲間なのね?」

 その言葉にカンインは笑う。


「はは。仲間か。『同じ部類』って意味でも、仲間かもな。しかし、よくセーラムが弟子を取ったな。昔のあいつなら考えられん」

「娘だから?」

 ステラは収納魔法からいつもの紅茶セットを出す。


「……今、娘といったか? 誰がだ?」

「もちろん私達じゃない。他にいるのかしら」

「なんだと!!!!」

 カンインは勢いよく立ち上がり、それに驚いたステラがソーサーに乗せたカップを落としそうになった。

「びっくりした」


「驚いたのはこっちだ!! お前らがセーラムの娘ということは、あいつは、あいつは……」

「紅茶飲んで。ママのお気に入り」

 紅茶をカンインの前に置くステラ。

「おう、すまんな。じゃなくてだな!!」

「お菓子もあるよ」

「これはこれは。って菓子じゃない!!!」


 その様子を見たミリーが笑いながら口を出す。

「よくわかんないけど、勘違いしてるわよ。私たち養子みたいなものだから、師匠は独り身よ」

「本当か」

 カンインは少年のように「ぱあっ」とした笑顔でミリーに迫る。

「う、嘘をついても、私達に利益はないわ」

 ミリーは迫ってくるカンインの顔から、目を背けた。


 見た目は少年だが、中身は確実におじいさんだ。

 おじいさんの無邪気な笑顔、いや、見た目は美少年だから悪くはないのだが、カンインのそれは見てはいけない気がする。

「子供みたい」

 紅茶に口をつけながら、さらっと言うステラ。

「すまんな。我を忘れていた。というか、本題も忘れていた」

 ソファに座り直って咳払いをし、自分を取り戻すカンイン。


「今回の試験は合格だ。試験官はテールだけではなく、観客席にも採点係として4人いたんだ。そいつらの評価と私で合否を決定するんだが、4人全員が君たちは、Cランクでもいいと言っている。私もそう思う。試験の立ち周りを見れば、Cランクのテールと同等、それ以上の戦闘力はあるだろう、とな」


「「……」」


 どこかでそうなるかもしれないと思っていた2人だが、実際に言葉にされると咄嗟に声が出なくなる。


「俺個人としてはDランクでもCランクでも構わないが、どの道直ぐにCランクになるだろう。どうだろう、今Cランクで登録していいか?」

「でも、依頼1個しかしていない」

 ステラが気になっていたことを呟く。

 ステラたちが受けたのは蝙蝠マウスの討伐だけであり、冒険者としてこのままでいいのかと懸念するのは当然だった。


「それは気にしなくてもいい。依頼の数は経験の数だ。しかし、依頼をしなくても強い者はいる。そして、Cランクまでは戦闘力の強さが求められる。どうせここでCランクにならなくても、すぐになるんだ。手間かかるだけさ」


「「うーん」」


「Cランクの利点もあるぞ」

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