昇格試験
Dランクへの昇格試験場は、ビルドから少し離れた屋外の闘技場が指定されている。
冒険者、ギルド関係者、武器屋の店主や検問所の役員など、ギルドが許可した者なら、誰でも観戦できるようになっている。パーティメンバーの候補を探したり、同じパーティの冒険者を応援したり、商売人はこれからのお得意様を探すためだ。
Dランクになれば大抵の依頼を受けることが可能になるため、見習いからやっと一人前になったという暗黙の認識がある。今までお遊び半分でしてきた依頼がやっと仕事として認められるわけだ。
今回のDランク昇格試験の受験者は、ステラとミリーを含む5人だ。
すでにステラとミリーを残した3人の試験は終わっており、試験の公平性を期すために試験官は休憩している。
今までの3人は、全身全霊で剣を振るうものの、攻撃の全てを受け流されてしまったうえ、最終的に剣を弾き飛ばされてしまったり、魔術詠唱に集中しすぎて近づいてきた試験官に盾で殴られ気絶してかけていたり、じりじりと近づいて攻撃の機会を窺うものの、結局は試験官の間合いに入りきれずにいた。
それでも、3人の受験者は必死に食らいつき、制限時間いっぱいまで試験官に挑んでいた。明確な合格基準があるわけではないゆえに、受験者は持てる限りの力を持って試験に望んでいる。「試験官に一本入れれば合格」というようなラインがあれば、良くも悪くも諦めがつくというのに。
今までの試験を見ていたミリーは、危惧していた。
これは危険だ、と。
これまでの試験内容を振り返ると、試験官はほぼ初期位置から動かず、受験者の攻撃を軽々といなしていた。
体格の良い試験官は、背中には中距離攻撃用の槍を、左手に防御用に盾を、右手には受け流しと、メイン武器である片手剣を携えている。
受験者が無理に距離を詰めれば剣で応戦し、受験者がなかなか試験官の間合いに入らないものなら、槍に持ち替えて牽制する。
正直、試験官としては重装備すぎる気がするが、冒険者の依頼において対戦するのは格段に魔物が多い。魔物の力量を再現するために、武器を多く持っているのかもしれない。
ミリーにとって、何が危険なのか。
まず、ひとつめは目立ってしまうことである。
観戦者が予想を超えて多い。
そして、ふたつめ、『試験官が危険な目にあう』ことである。
受験者は全員、自前の装備を使っていた。ならば、ミリーたちも剣とナイフで戦わざるを得ない。
試験官のレベルなら、ミリー達の攻撃を受け、それが致命傷になってしまう確率は低いだろう。試験官とはいえ、冒険者なのだ。
いや、試験官を任される程の実力がある。
試験官に致命傷を与えることはきっとない。多分。
しかし、その前提として試験官が真剣にならなくてはならない。試験官と受験者としてではなく、一人前の冒険者同士の戦闘として真剣になる必要がある。
試験官が油断していれば、こっちのミスで死なせてしまうかもしれないのだ。
「ミリー、体動かそ」
ステラは、自分の剣と予備の剣の2本を持ち、ミリーを試験会場に誘う。
試験の時以外は、準備運動として体を動かすために試験会場の使用を許されていた。
「いいわよ」
剣を受け取りながら、ミリーも会場に進む。
会場には受験を終えた魔術師が、観戦に来ていた先輩魔術師に教えて貰っていたりと、何人かの冒険者が若々しい受験者に指導をしている。
パーティメンバーへの勧誘の一助としているのは、言うまでもない。
ミリーは、邪魔になるからと青いマントを外して異次元に収納する。
「剣だけでいいの?」
「うん、剣だけ。それと魔術と蹴り殴り当て身もなし」
「わかったわ」
ミリーとステラは、お互いが一歩進めば攻撃圏内という距離まで離れた。2人が接近戦の模擬戦を行う時は、この距離がお馴染みになっていた。
ミリーが剣を構え、それに応じる形でステラが構え、一呼吸置いて2人とも、同時に一歩踏み出す。
ミリーは横薙ぎに、ステラはミリーの剣を叩き落とすように振り下ろす。
ギンっという金属音が会場に鳴る。
不利な体勢になったミリーは、剣での力比べを嫌って体を反転させ、その反転の勢いのまま、剣をステラに向かって振るう。
が、ステラは攻撃を読んでいたのか、半歩後退して、軽々とミリーの剣を空振りさせる。
ステラは半ば振り下ろすような形で、ミリーの足元を切り落としにかかる。
ミリーは後方に飛び、攻撃を回避する。
「ちょっと! 今の本気で切り落とそうとしてなかった?」
ミリーは苦々しい顔をする。
「避けたから、いいじゃん」
「良くないわっ!!」
今度はステラから攻撃を仕掛けた。
ステラはミリーとの距離をひと跳びで詰め、ミリーの左肩に向けて剣を振り下ろす。
ミリーは、それに合わせるようにステラの左足を狙って突くと同時に、半身でステラの剣を避けた。
そうしばらく、剣を振るっていた2人だがミリーが大きく距離を取った。
「もう一回」
「もう終わりらしいわよ」
「えぇ、なんで」
試験会場には、いつの間にか試験官とステラとミリーのみで、他の冒険者たちは待機場所に戻っていた。
「もう試験をしても構わないかな?」
「ええ、どうぞ」
ミリーはステラに片手を振りつつ、待機場所に戻っていった。
試験会場に残されたステラと、試験官が向き合って立っている。
「これより冒険者ステラ・セプティムの昇格試験を行う。準備はもういいか?」
「いつでも大丈夫」
「では、いつでもかかってきなさい」
ステラは試験官が構えたのを確認して、一気に距離を詰めた。
試験官の右から、ステラは大振りに剣を振り下ろした。
試験官は剣でそれを受けるが、予想以上の剣の重さに声を漏らす。
「くっ!」
ステラは試験官と剣で力比べをする。
大振りの剣はそれが目的だ。試験官に見えるようにわざと派手な動きにしたので。
金属が金属を削る、ギリギリという嫌な音が会場に響く。
「くっ、力が強いな」
剣を合わせたままの、長い膠着状態が続き、試験官が思わず声を漏らす。
試験官はもはや盾を捨てて、両手で剣を持っているがそれでもステラの剣を返すまでには至っていない。
それならばと、試験官は体重で軽いはずのステラを押そうと、力を全身に込めるが、それもうまくいかない。
剣に集中している試験官に向けて、ステラは氷の矢を試験官に放った。
(無詠唱!? 剣士ではなかったのか?)
不意の攻撃に、試験官は大きく後退する他なかった。
試験官の腕は、重いものを運んだ後のような筋疲労のせいで軽く震えている。
(なんなんだ。この子は?)
「もう十分だ」
低く響きのある声が観客席からした。
「テール、もういい。その子は合格だ」
「ギルマス……わかりました。ステラ・セプティム、あなたはこの場で合格と認めます」
テールと呼ばれた試験官は構えを解いた。
ステラは、しぶしぶといった感じで剣を納める。
もう少し戦っていたかったのに
ステラと入れ替わるようにミリーが会場に入ってきた。
「なんかやりにくいんですけど」
ミリーがすれ違いざまにステラに言う。
「むしろ、やちゃえ」
ステラがいたずらに返す。
ミリーは杖を取り出して試験官に正対する。
「ミリー・セプティムの昇格試合を行う。 準備はいいかい?」
「よくないわ。その状態でいいの?」
ミリーは試験官の腕を指さす。
隠しているつもりの腕の震えを見抜かれた試験官は、驚きのあまり目を丸くする。
「多少の疲労は仕方がない。それにこの程度問題はないだろう」
「あなたが良くても私が良くないわ。ヒール!!」
試験官にもわかるようにと、ミリーはわざと魔術名を呼称し、試験官を回復させる。
(回復魔術!? しかも、この子も詠唱なしか)
「ありがたい。しかし、このことは直接試験の採点には関係しないが、構わないかい?」
「ええ、結構よ!」
杖を構えて試験官の動きを待つミリー。
(『やっちゃえ』……と、来ましたか。どうしようかな)
ミリーは考え込んだまま動かない。
一向に動かないミリーが詠唱していると読んだ試験官は一気に近づき、魔術を発動させないようにと剣を振る。
ミリーは見た目は魔術師に見えるし、回復魔術が得意な魔術師は、通常であれば、この世界の世間一般で言えば、攻撃魔術は苦手だからだ。
「わっ。びっくりした」
驚いた声とは裏腹に、軽々と後退し、さっと剣を避けるミリー。
ミリーは魔力で作り出した拳大の石を試験官に飛ばす。
『カンッ』
試験官はそれを盾で受けるが想像通り、威力が弱くて盾を持つ手には衝撃がこない。
「まだまだ」
立て続けにミリーは石を飛ばし、盾に”当てて”いく。
『カンカンカン!』
数発食らった盾は少しずつ重くなり、遂に試験官は持つこともできなくなって地面に落とす。
地面に落ちた盾には石が粘土のように無数に張り付き、まるで岩のようになっていた。
「なんだ? これは……」
こんな魔術見たことがない。
「えい!」
試験官のもとに、また石が飛んでくる。
試験官はそれを剣で捌こうとするが、盾のことを思い出し、横に飛んで回避した。
「やっぱり気づくわよね。でもそれに気を持っていかれちゃったわね」
そう言うミリーの声は試験官の後方から聞こえ、後方から風の刃を受け試験官は前のめりに倒れた。
背中に背負っていた槍は、真ん中から折れている。
「ど、どうやって背後に!?」
「えと、風の魔術でね、こう、ビューッと、飛んできたの!」
何かに言い訳するように、ミリーは言う。
「テール、その子もだ」
「はい、わかりました。ギルドマスター」
また低い声が聞こえ、試験官が膝を地面につけたまま降参するように両手を上げる。
「ミリー・セプティム。君も合格だ」
観客席の方からは、どよめきが聞こえてくる。
待機場所に戻ってきたミリーのもとに、ステラが駆け寄ってきた。
「ミリー!!」
「どうだった? やれてた?」
「うん! うまく誘導できてた。でも……」
ステラが珍しく険しい顔をする。
「あそこの決め台詞は『残像だ』でしょ」
「えー」
興奮気味のステラに対し、ミリーは若干引いている。
「だって、残像残してないじゃん……嘘はいけないじゃない」
論点はそこじゃない気もするが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます