2つのギルド

 コーラルの町に着いたのは昼を過ぎたばかりの時間だったので、2人はまず、空腹を満たすためにも屋台を冷やかすことにした。

 ミリーは以前、王都の騎士達に連れられコーラルの町に来たことがあり、広場でおいしい屋台があることを覚えていたから、それを期待していたのもある。


 ハームの町の屋台は、小麦を使った簡単な料理やお菓子が多かったのだが、ここ、コーラルの町の屋台は肉を串に刺して焼いたもの、魚を炭火で焼いたものなど素材の味を活かしたような、シンプルなものが多い。

 魚介類を扱っている店からは「新鮮なものが手に入るから焼くだけ」、肉を使っている屋台からは「貿易先の国のスパイスや味付けを楽しめるように焼くだけ」と、声が聞こえてくる。


「どの屋台が美味しかったのか覚えてる?」

 ステラが屋台を眺めつつ。

「うーん、パンで挟んだ奴だったってのは、なんとなく覚えているんだけど。数年前だったし、もしかしたら無くなっちゃったのかしら」

 屋台はころころと変りやすい。人間の舌は慣れやすいし、飽きやすい。


「ミリーが言ってた屋台なかったね。串焼き食べる?」

「そうね。残念だけどそうしよっか。半分こにしよ」

 しばらく回っても目的の屋台が見つからなかったので、結局は串焼きを食べることにした。

 ステラが最初に見つけ、気になっていた『異国スパイスの串焼き』は、商品の種類も多く、一番値段が高い串焼きは魚介類も肉も野菜も楽しめる贅沢な商品だ。看板にも書いてある通り、まさに迷った時はコレ! という商品だった。2人で分けて食べるには丁度いい。


 

 その他の屋台の甘味も食べ、お腹も膨れた二人は宿を確保してから、商業ギルドに向かった。

 

 ちりりん。


 建物の異質な雰囲気に、早くもどうしようと迷う二人。


 目の前には上に続く階段、左右には廊下が伸びている。

 階段の横にあるのが、吊り下げ看板からして受付なのだが、人が立っている様子がない。明らかに人の気配はあるのに、ひっそりとしている。

 

 頭上には、廊下の方向を案内するかのように看板のようなものが掲げられているのだが、それを見ても目的地がどこになるのかがわからない。

「~審査」「入国~」「~届」「~権利」やら、単語としては読めるのに、意味が正しく読み解けない言葉が多い。


「せめて、『ギルド入会』とか『ギルド登録』とか書いてあればいいのに!」

 少し頭痛を感じたミリーが、頭を抱えて怒鳴った。

「あ」

 何かに気づいたステラが、ちょんちょんとミリーの服を引っ張る。

「え、何?」

 ステラが指さした受付には、ちょこんと兎の耳がわずかに見えている。

「耳じゃない? セランスロープ?」

 獣人という表現は、『獣』という文字を使用するため差別的表現とされ、最近では『セランスロープ』と呼称するのが一般的となっている。意味合いは同じなのだが、気持ちの問題なのだ。


「ギルドの登録に来た」

 ステラが受付に向かってそう言うと、兎のセランスロープの女性が顔を向けた。

「え、ああ。登録ですね。ここ一階の右手奥から二番目の部屋になります」

 受付嬢は簡単な見取り図を見せ、説明してくれる。

「ありがと」

 ステラは受付嬢の頭を撫でたい衝動に駆られたが、なんとか我慢した。

 見た目に反して彼女が年上の可能性もあり、頭を撫でるのが侮辱行為にあたるかもしれないと判断したので。


「いつもこんなに静かなの? 人がいないわけじゃないんでしょ?」

 ミリーが受付嬢にきいた。

「人はもちろんいますよ。この施設の中では、不用意に声が聞こえないよう、部屋毎に魔法具での音声遮断をしているんです。商談の時は自然と声が大きくなりますし、商業秘密の保守や、もっと聞かれたらマズいものがあるので」

「なるほどね」

 考えたら確かにそうするのが、正しく感じられる。


 受付嬢に改めて礼をして、二人は説明された場所に来た。

「登録にきた」

「おう、ここに座んな」

 ガタイの良い男性が、カウンターに座るように片手を挙げて呼ぶ。

「今回はギルドへの個人登録だけでいいか? 商品とか、商会登録もしていくかい?」

「個人登録と商会の登録をお願いするわ。商品登録はハームの町でやるから大丈夫よ」

「おう。そこらへんは知っているようだな。助かるぜ」

 そう言って男性は書類を差しだす。

「これに書いてくれ。当たり前だが正確にな。いざと言う時に虚偽があった場合、困るのは嬢ちゃんたちだかんな」


「これ」

 ステラは冒険者ギルドカードを出し、それに続いてミリーもカードを出した。コニーから聞いた話では、冒険者登録をしている場合、商業ギルドの登録も早く済むらしい。

「うお、Eランクの冒険者なのか。見た目じゃわかんねえもんだな? 確認するが、ヒト属だよな?」

 男は冒険者カードを裏表ヒラヒラと見ながら、確認する。


「うん、ヒト属」

 ステラが答えると、男は、ほえーと関心する。

「ま、冒険者登録もしてるなら、個人登録はもう済んだもんだな。商会の名前とか決まっているのかい?」

 男は石板にステラたちの冒険者カードと、緑色の真っ新な商業ギルドカードを置く。

「商会の名前は、『銀雪商会』にしようかと思っているんだけど、空いているかしら」


「銀雪ね。他に登録がないか、ちっと確認してくるから待っててくれ。その間にこの約款に確実に目を通しておきな」

 20ページ位の冊子を渡し、席を外す男。

「何事もなく登録できそうね」

 安堵するミリー。

 アンナに「商業ギルドは変なことが多いから気を付けて」と釘を刺されていたのだ。


 しばらくすると、男が戻ってきた。

「銀雪ってのは、使っていないな。『銀雪商会』で登録するってことで良いんだな」

「うん、お願い」

 石板に対して魔力を送り込んで、操作をする男。

「おう、じゃあ、ちと書き込みに時間食うからよギルドカードの説明をしてもいいか」


「まず、個人カードに関しては期限はねえが、今登録している商会カードに関しては気を付けにゃあならんことがある。

 商会カードは一年間無条件で所持することができるが、次の年に持ち越すためには、商会登録をして、一年以内に特定の金額の売り上げを達成するか、一年間安定した売り上げ金額を継続する必要がある。

 その金額ってのは町や地域によって異なるんだ。ハームの町で商品登録するなら、ハームの町の派出所に確認するといい。

 2年目から、つまり、商会として正式に認められると、商会カードは緑からブロンズになる。そこからは規模や売り上げによって、銀、金と変っていくんだな。

 まあ、これが商会登録と商会カードの説明だな。

 んで、個人カード。いわゆるこっちが商業ギルドカードって呼ばれるもんだな。一般的には商業カードって言っているものだな。これがあれば、商品を商売のために卸したり、売ったりすることができる。これも最初は緑だが、一つでも商会として成功させればブロンズになる。これも規模によって銀、金とカードの色が変化していく。

 簡単だけどよ、こんなもんだな。詳しい約款とか、説明に関してはそこらの職員にきけば大体は押してくれるさ。お、カードができたぜ」

 

 男は、3枚のカードをカウンターの上に置く。

「こっちの2枚が嬢ちゃんたちの商業カード、んでもってこっちが『銀雪商会』としての商会カードだな」

「ほー」

 ステラが受け取ろうとすると、男がカードを引っ込める。

「あー、待て待て。カード発行の金が要るんだ」

 男が慌てたように言う。


「……そうなの? いくら?」

 ミリーが腕組をする。

「カード1枚当たり銀貨2枚。登録手数料が1件当たり銀貨2枚。カードが3枚、登録が3件だから、全部合わせて銀貨12枚になるな」

「銀貨12枚ね」

 ミリーは、思わず道具袋に手を伸ばす。


「ミリー」

 ミリーの手をステラがつかんだ。


「出さなくていい」


「え? なんで」


「早く頂戴。暇じゃない」

「いやあ、嬢ちゃん。何言ってんのさ、もしかして銀貨12枚もないのかい? 財布を忘れた訳じゃないだろう?」

 男は肩をすくめる。


「……ステラ、どういうこと? どうなってるの?」


「ギルドにお金なんて払う必要ない」


「え?」


「ミリー、約款見てないの?」

 ステラは、緊張を解くようにため息を吐いた。少し困惑しているようにも見える。


「『商業ギルドは、カードの登録及び発行に関しては無償で行うものとし、……』って書いてある」


「え」

 ミリーは約款を確認してみる。

 確かにそういう記述がある。


「だから、悪ふざけなのか何なのかわかんないけど、これは不当行為。渡してくれなかったら、『窃盗』とか『業務上の不当なる臨時収入』とか? にあたるから、この男は罰せられる」

 ステラが淡々と告げる。


「おいおい、わかったって。渡すよ。悪気があったわけじゃねえんだ」

 男はそそくさとカードをステラに渡す。


「そんなに睨まないでくれ。これは、毎度やる試験みてえなもんさ。俺らの愛情さ。商談の際、約束事が書かれた書類ってのは絶大な効果を発する。その重要性を教えるためにやってんのさ。流石に盗人扱いされたのは初めてだがよ」


「……びっくりした」

 何事もなかったように言うステラ。


「驚いたのはこっちだぜ。つーわけで、手続きは以上だ」

 まさに満面の笑みといったようにニカッと笑う男。


「ありがと」

「おう、頑張れよ!」


 ステラは、ぼうっとしているミリーの手を取り、空いた手を男に振って部屋を出ていく。


「ミリー、どうしたの?」

 廊下に出て、依然ぼうっとしているミリーの様子をおかしいと感じて、顔を覗き込むステラ。


(ステラのきりっとした表情たまんない!!)



 ステラに連れられて冒険者ギルドの鐘の音を耳にするまで、ミリーはぼうっとしていた。

 冒険者ギルドに着くまで、ステラは「何か飲む?」であったり、「宿に戻る?」などミリーの体調を考え、色々と質問をしていたのだが、ミリーからの返答もないし、疲れていそうな表情でもなかったので、とりあえずギルドに来たのである。

 コーラルの町のギルドに来るのも、目的の一つだったから早めに済ませておきたかった。


 かららん。


「はれ? ここは?」

「冒険者ギルド。やっと気がついた?」

 ステラは、ミリーがたまにこうなってしまうのを知っているから慣れたものである。


 ギルドの職員と冒険者たちは、ちらりとステラたちを見やると、元の作業に戻るために首を戻すが、はっともう一度ステラたちを見る。

 綺麗な二度見だ。

 町娘の格好の可愛らしい少女たちが、手を繋いでギルドにやってきたのである。


 ステラたちは、一番暇そうな女性のギルド職員に対してカウンター越しに話しかけた。本日2回のセランスロープのようだ。

 丸い耳が頭についており、白目部分が微かに青く染まっていて黒目が小さい。

「ここで、私たちDランクへの昇格試験を受けたいんだけど、いつ受けられるのかしら?」

 ミリーは自身の冒険者カードを、道具袋から出そうと探す。

「えと、本当? 2人とも冒険者なの?」

 ギルド職員が、まじまじと2人の服装を確認する。


「本当よ。紹介状もあるし、ほら、これがギルドカード」

 ミリーがギルドカードをカウンターに出すのと同時に、ステラも自分のカードと紹介状を出す。

「紹介状ね……ちょっと確認するから待ってて」

 そういって、ギルド職員は中身を確認するために背中を向けた。


 職員が紹介状を確認している間に、ステラは改めてギルドを見回してみる。

 ハームの急造ギルドとは違って、最初から冒険者ギルドとして設計してあるのか、効果的な配置になっている。

 依頼ボードや情報ボードは入り口付近に設置してあるのは同じだが、その横に回復薬や携帯食料を売っている店がこじんまりとある。


 ギルド職員たちのカウンターが設置してある向かい側の壁には、飲食物を提供するブースもあり、その間にはざっと30人座れるようにテーブルと椅子がある。

 入り口から入って直ぐ右手には各種ボード、売り場と冒険者ギルドカウンターが並び、左手には飲食店の各店のブースがあり、その前には沢山のテーブルがある、という具合である。


 ギルドの中は、喧噪、という程ではないが冒険者たちの笑い声や、話し合う声が聞こえてくる。

(俺らと一緒に組まないか? 今ちょうど魔術師が欠員でよ)

(あんたさぁ、まだ前の町の宿屋の娘のこと、忘れてないの? いい加減諦めさないよ。)

(あー、やっぱこの刃毀れ気になるな。矢の補充もそろそろだから、次の依頼の後にパーティー資金で新しいやつ買っていいか?)


 これが普通のギルドなんだなと、ステラが目をキラキラさせる。

 ハームの町ではこういったやりとりではなく、新人独特のそわそわしている空気が流れていた。


「お待たせ。紹介状に問題はないわ。アンナ先輩、元気にしてた?」

「知り合いなの?」

「ええ、去年の研修の時に指導員としてお世話になったの。わたしはキアラ。よろしくね、ミリー、ステラ」

「よろしくお願いね。アンナは元気にしているわよ。それで、昇格試験はいつできるの?」

「希望者が多ければ、申請した次の日には出来るわ。ただし、試験は午前中に行われるわ。試験官も冒険者兼ギルド職員だから忙しくて時間が取れないのよ。明日受ける?」


「明日でお願い」

「了解、と。明日の青から緑の刻(6時から9時)までにギルドに来てくれればいいから」

「うん、ありがとう。ところで試験って一体何するのかしら?」

「えっと、アンナ先輩から聞いてないの?」

 苦笑いのキアラ。

 先輩はどこか抜けてるのよね、という内の声が聞こえてきそうだ。

「実力試験としかきいてないわ」

 ミリーは肩をすくめる。


「Dランク昇格試験は、試験官と模擬戦闘を行うのよ。Dランクの冒険者として、体力や魔力、駆け引きができるのかを測るためにね。単純に戦闘力があるかどうかの試験ね」

「危険じゃないの?」

「大丈夫よ。試験官は致命的な攻撃はしてこないし、受験者の方からも棄権も出来るわ。もちろん状況に応じて試験官とか他の監督官からも、中断の指示も出るから」

「そうなのね」


 ミリーはカウンターから離れて、キョロキョロとステラを探す。

 ステラはいつの間にか、傍からいなくなっていた。

 おそらくはキアラと話し始めたあたりで、ミリーから離れたのだろう。


 向かいの飲食ブースで目ぼしいものがないか物色していたステラを見つけて、ミリーはそちらに向かった

「ミリー、何か食べる?」

「え、まだそんなにお腹減ってないわよ。さっき食べたじゃない。何か気になるものあるの?」

「アレ」

 ステラが指さした先には、ステラの身長ほどのある長いビスケットだった。直径は3cmほどで、木の実味、果実味、肉味、野菜味、竜(ドラゴン)というバリエーションになっている。

 暖簾には「冒険のお供にしても良し、酒のつまみにしてよし、模擬戦の武器にしても良し! ブレードブレット」と書いてある。


「竜って?」

 ミリーは眉をひそめる。

「辛いんだって」

 ステラが見てとばかりに視線を動かした先では、屈強な冒険者が「うおーー!! かれーーー!!」と叫びながら、赤い長いビスケットをエールビールで流し込んでいる姿がある。


「食べない?」

「食べないわよ! 私が辛い食べ物苦手なの知ってるでしょ」

「残念。介抱してあげるのに。行こ」

 仕方ないとステラがその場から離れた後、ミリーはそのビスケットをしばらく凝視していた。


(アレを食べたら、ステラが膝枕で銀色の髪の毛を掻き上げながら……『私のせいでごめん。水飲ませてあげる。ほら、口開けて』とか言ってくれて……)


「ふごっ!!」

 妄想のせいで耐えきれなくなったミリーの変な声がギルド内に響いた。

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