乗合馬車
町娘の格好のステラとミリーの二人は、乗り合いの馬車に乗っている。
港町コーラルまでは、馬車で丸1日掛かる。
なので必然的に野宿をするし、その間の食事も準備しないといけない。
乗り合い馬車の場合、料金さえ払えば毛布や携帯食料を分けてくれるが、商売の都合上、質はそこまで良くないのに値段はそこそこする。なので、自前の毛布を持ってくる者や、まずい携帯食料を食べるくらいなら自分で用意する者も、当たり前にいる。
この世界では、乗合馬車の1泊は短い方なので、利用者は慣れたものであるが、荷物はその分大きくなってしまう。
町と町を結ぶ街道は、利用する人間の匂いが染みついているため、魔物は近づいてはこない。魔物も人間を駆逐するために生きているわけではないので、冒険者と戦って命を失うリスクを冒しに、態々人間の前に姿を現すわけがない。
馬車で移動する時に魔物よりも危険なのは、人間である。
盗賊や馬車での窃盗、馬車の乗っ取りのほうがこの地域では、魔物よりも遭遇する危険性が高い。
多くの馬車は、盗賊用にわずかな金銭と食料を確保している。いざと言う時に、これで勘弁してくれという交渉に使用するためだ。盗賊用のこういった「土産」は、決まり事ではなく暗黙の了解として浸透している。
利用者はステラとミリーの他に、若い男女、冒険者という容貌の男性3人、老母と小さな女の子といった具合だ。
12人乗りに、9人なので多少はゆったりと座れる。
時々、馬の休憩のために馬車は停まり、乗客も一緒に休憩をする。
ただ乗っているだけというのも、退屈なうえに疲れてしまうものだ。気晴らしに近くを歩いてみたり、時には軽食を取ることもある。
収納魔法の恩恵を受けているステラとミリーは、他の乗客に比べて荷物が少なく、肩掛けの小さな鞄は持っている。鞄の大きさを超えるものを収納魔法で出さない限り、不審に思われることはない。
女性の鞄は異次元なのはどの世界でも共通である。多少は無理しても許される。
中の人数や冒険者の有無を盗賊に悟られない様に、馬車の荷台には幌が被せてある。
ただし、暗いと乗客の精神衛生上良くないうえ、内部での窃盗の危険度も上がるため、荷台の上部には光を取り込むように穴が開いている。雨が降らない限り荷台は明るく、揺れを我慢すれば軽い手作業くらいは出来る。
若い男女はコーラルの町の案内本を手にして楽しそうに話し、3人の冒険者たちは地図を確認している。老母は女の子に話しかけ、2人の町娘……もとい、ステラとミリーはそれぞれ本を読んでいた。
セーラムの家には本が多く、魔法の肥しとなるため読書をすることをほぼ強要されていた為、2人は暇なときは本を読む習慣が身についてしまっている。
本は高価なものだが、魔女として知識を蓄えておくために必要な経費であると割り切っているのだ。邪魔されない限りは二人にとって、馬車は快適な空間だ。揺れだって、バレないように魔法で浮いてしまえばいい。
ステラたちに疑問を持つものが現れるのも時間の問題だった。
一心不乱に本を読み、休憩時間には女の子と遊んでもくれる少女2人組。
金髪碧眼の少女は、女の子が退屈に我慢できずに騒ぎ出すと、馬車全体が聞き入ってしまうような面白い話をしてくれる。
馬が足を痛めたと御者が言えば、銀髪赤目の少女が患部を擦っただけで痛みを引かせてしまう。
極めつけには、野宿をする場所で夕飯の準備を各々がしていると、ろくに準備するでもなく、御者に携帯食料を貰うでもなく、真っ先に食事を取っている。
こういった乗合馬車のために、野宿する場所は街道に幾つか設けられている。次回使用する者のためにと、ある程度の薪や石で作ったかまどはあるが、ステラ達はそれらを使わず火をおこしお湯を沸かし、食事を始めたのだ。
ステラ達は思い違いをしていた。
この程度なら目立たないだろうと。そして、面白がって馬車に乗ったことを後悔していた。2人ならもっと移動は早いし、食事も異次元から持ってくるだけなのに、と。
2人だけの方が快適かつ、移動も早いのなら次回からはそうしよう。今回は馬車に乗りたかっただけだから。
若干の後悔しながら食事をする2人が、他の乗客の様子を見てみると、若い男女は火を起こすことに苦戦しており、冒険者たちは今まさに料理を作り始める頃だった。
老婆と女の子は、御者と一緒にかまどで料理を済ませ、食事をしているところである。
「ねえ、ステラ。もしかしてだけど、私達やっちゃったのかしら」
「たぶん。早すぎたかな」
2人ともどうするという顔で見合す。
冒険者達はいい。もうすでに料理を始めている。問題なのは男女だ。あの様子だと日が落ちる前にご飯にありつけないかもしれない。
その様子を見ていると男女を挟んで反対側に位置する、手が空いた若い男の冒険者の1人と目が合った。
冒険者は何とか火を着けようとする若い男を気付き、その後にステラたちに視線を戻し、意味ありげに首を横に振る。
「あれはどういう意味?」
「多分だけど、『まだ手伝うな』ってことじゃないかしら」
「もう駄目、って意味かも」
と、言いつつステラが立ち上がると、先程の冒険者が首を大げさに振る。
「ほらね、やっぱり邪魔しちゃマズいみたい。男の人にいいとこ見せてあげてやれってことよね」
「なるほど」
そう話していると老婆が寄ってきて、女の子と遊んでくれたことに対して礼を言い、スープを少し分けてくれた。
老婆と女の子は2人としばらくの間話した後、自分のかまどに戻っていった。
ふと、男女の方をみると、やっとかまどに火が着いたようだ。
これから料理をするわけだが、時間が掛かりそうな煮込み料理にするようだ。既に日は落ちかけ、薄暗くなっているが間に合うだろうか。
様子を見ていると、女の子と一緒にテントを張ろうとしている老婆と目が合う。老婆も気にしているようだ。
そして当然のように首を横に振る老婆。
「手伝っちゃダメだって」
ステラも可笑しくなったのか、ふふと笑う。
「見ちゃうから気になっちゃうのよね。ステラもまだ本読むでしょ。光源出すわよ?」
ステラは頷く。
物語が気になるところで中断しているため、まだ読み進めたいと思っていたのだ。
ミリーは魔法ではなく『魔法具』に見せかけるため、適当な石を拾って輝かせ、近くの木に括りつけると、周囲には薄暮くらいのくらいの明るさが広がった。
隣の男女の方まで適度に明るくなっている。
「ミリー、優しい」
「何が? 暗いと目が悪くなるっていうじゃない? 私のためなんだからね」
「ミリーの目つきの話?」
「目つき、違うわっ! 視力の話よ!! んもう、気にしているの知ってるくせに!」
「そう? かわいいと思う」
「何急に」
「純粋にかわいいよ。ミリーの目」
「え……ありがとう。……って、そんなことはいいのよ。テント立てるんでしょ。パッと立てるわよ」
一応男の人もいるのでテントを立てることにした。
少女がその辺で適当に寝るのは目立つし。
テントの資材がどこから出て来たのか、それは小さな鞄からである。
枕の中の綿は、取り出す前と後でその体積が明らかに違う。
そんなものだろう。
そう、あの鞄の中にうまく収まっていたのだ。
……そう思うことにしたステラ達以外の面々だった。
次の日の朝、一番遅く起きたのはステラ達だったが、一番早く出発の準備が終わったのもステラ達であった。
ステラたちにとって、準備と撤収の時間はあって無いようなものだ。
その後も、順調に馬車は進んでいき、コーラルの港町が見えてきた。
町の近くに来ると、もう盗賊の心配は無いので、荷台の幌を外してある。
緩い勾配の下り坂の先に町が見え、そのさらに向こうには海が広がっていた。
「青い」
ステラは、初めて見る海に目を輝かせる。
「いい天気でよかったわね」
コーラルの町には検問所がある。
出るときも入るときも、荷物の中に不審なものが入っていないのか、どこから来たのかギルドカードを所持しているかなどの確認を受ける。
コーラルは他の国との貿易を行う町であり、商人の出入りも多い。
そういった中で、魔薬や許可されていない武器、奴隷目的の人身等を輸出入することがないように管理しているのである。
ステラとミリーのEランクの冒険者カードを見た検問職員は、「町娘の少女に扮したEランクの冒険者が『何かしらの依頼』を頼まれている」ものだと勝手に勘違いし、急にうやうやしい態度になったが、それ以外は何事もなくスムーズに町に入ることができた。
そしてやはり、近くでその様子を見ていた同じ馬車で乗っていた乗客と御者は、何なんだあの少女たちは? という疑問をより一層深めたのであった。
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