リンスの件

 上級調合師は国家資格だ。

 資格を取得してから、数年間後進育成のために調合学校勤務に就くか、国に対して利益のある役割を果たす必要がある。


 リリーは、そのどちらかを選択するのか考えるために休暇を貰ってハームに帰ってきていた。ハームの薬屋は、年の離れた姉が継ぐことになっていたから、リリーの今後はリリー自身が決めていい。

 もしかしたら、今回の化粧水の件が国に利益のあるものとして認められるかもしれない、ダメだったら指導員として勤務すればいいだけのことだ。


 話し合いの結果、ステラとミリーが共同で経営者として立つことになり、リリーが化粧水の調合とその販売をする店長、コニーは販売に関する知識支援と、竜宮屋本店に掛け合って了解が取れ次第自身の店でも販売することになっている。



 素材の採集は冒険者ギルドにお願いすれば問題なく手に入る。

 素材はすべて銀の森や近隣の鉱山から採れるものだ。

 また、調合担当が一人でもさほど問題ではない。大容量を売るつもりは初めからなく、高級感を出すためにもわざと少量での販売をする。

 これはコニーの案でもある。

 そもそも、調合の比率を出来るだけ正確にするためにも大量の材料を使用するため、一回の調合でかなりの量が出来上がるので、調合師は腕のいいリリーだけで十分だった。



 決起集会兼初依頼達成の食事会の次の日、ステラたちはギルドに来ていた。昨日とは打って変わって、初心者の大半が銀の森での指南を受けるために出発しているため、ギルドの中は空いていた。


 目当てのアンナが他の冒険者の対応中だったため、ステラとミリーは依頼ボードや情報ボードを眺めて時間を潰すことにした。

 定期的に情報ボードは確認した方がいい。

 魔物の出現だけではなく、他の町で起きた事件や物資の流通状況などのおおよそのことがわかる。

 そろそろ、依頼ボードや情報ボードにも飽きてきたので、昨日話題にも上がった武器屋などの出張所でも冷やかしに行こうかと思ったあたりで、アンナに声を掛けられた。


「お待たせ」

 カウンターに来るように手招きされたので、ステラたちはそれに従った。

「それにしても、何その恰好?」

 アンナからの第一声がこれである。

 2人は冒険者ギルドの中にもかかわらず、昨日のものとは違う落ち着いた町娘の恰好をしている。


「このあと、コーラルに行くから」

「コーラルって港町の? 何しに?」

「商業ギルド登録のためよ。冒険者ギルドでは冒険者の恰好しないといけないのかしら?」

「そ、そんなことはないけど」

 問いかけたい内容が複数あるが、どれから質問すればいいのやら。

「昨日の件、どうなった?」

 ステラの言葉で当初の目的を思い出したのか、アンナは書類を取り出した。


「そうね。蝙蝠マウスの討伐依頼は問題なく終了しているから、問題なく成功ね。ちなみに討伐依頼の判定は、特異種の発見とか特殊な場合はそれに上乗せして報酬出たりするけど、今回はそれはなし。

 そしてリンスの件だけど、彼女らの『好意的』な供述によって、奴隷ほう助に関わっていたという裏付けが取れたわ。以前から、女性の初心者冒険者を狙った誘拐まがいなことをしていたらしいの。依頼の最中に魔法具を用いて冒険者たちを催眠状態にさせ、何事もなく共同での依頼の終了報告をする。そして、その後に催眠状態のまま奴隷商人に売りつけていたそうよ」


「でもそんなの直ぐにバレるんじゃないかしら?」 

 ミリーの言葉にアンナは首を横に振る。

「初心者が初めての依頼をしたものの、職業としての冒険者が合わないからって辞めるケースも少なくない。冒険者はいつだって危険が付きまとうもの。だから2回目の依頼で命を落としてもおかしくはない。そのせいもあって、リンスに疑いの目が向きにくかったのね。道理で、リンスが受けていた依頼がGランクとの共同が多かったのね。

 奴隷商人の行方に関しても、ギルドの方で追っているところよ。うまく行っていれば昨日のうちに処理は済んでいるかもね。

 あとは……なんでリンスの魔法具がステラたちに効かなかったのかっていうのは、まあ、いっかこれは。単純にステラたちの魔力量のせいよね」


 ここまで言ってアンナは、薬草茶をコクリと飲んだ。

 普通のギルド職員なら、業務中に飲み物をカウンターに持ち込むなんて、普通はしないがアンナなら許されるのだろう。

 ステラもミリーも特に気にはしなかった。


「今回の件で、あなた達のランクは特進でEになったわ。

 リンスの件は、新規冒険者の確保の面から、ギルドに貢献してくれたと認められたわ。Dランクのリンスを捕縛したのだから、力量としてはDランクでもおかしくはないんだけど、Dランクになるためには紹介状と試験を受けなくてはならないから、そこは理解してね。

 紹介状は、ギルド主任以上の者が作成したものって規定があるから、これは私がもう作っておいたわ」

 アンナはブロンズの星が付いたギルドカードと、紹介状をカウンターの上に差し出す。


「Dランクへの試験は、近場でいうと王都かコーラルあたりかしら。確かコーラルに行くのよね? ついでにDランクにでもなれば?」

 アンナは悪戯っぽく笑う。

「まだ、1個しか依頼していないのにいいのかしら?」

 ミリーは不安そうにこぼした。


「大丈夫よ。そのための紹介状と試験なんだから。そういえば、どうして急に商業ギルド行くことになったの? 昨日の今日じゃない、もうちょっとゆっくりしたら?」

「これのため」

 ステラはアンナに化粧水を渡す。小瓶は全部で5つ。


「これって、今朝ギルドの若い子が話していたやつじゃないの!?」

「あげる。これ売るために、商業ギルドの登録する」

「そうなのね。やっぱ、これもあんたたちの仕業だったのね」

 頬杖のまま、小瓶を一つ摘まみ上げ、ため息を吐く。


「仕業って人聞きが悪いわ」

「冗談よ。正直驚くだけ無駄だと思い知ったわ。セーラム様の娘さんだものね。じゃあ、これは喜んで頂くわ」

「うん、じゃあね」

 2人は手を振り、ギルドを出ていった。

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