商売
とりあえず、蝙蝠マウスの件の報酬を受け取った2人は防具洋服店「竜宮屋」に来ていた。
体力面、魔力面でいえばほとんど消費していないので、宿屋で休んでしまうのはもったいない。それにゆっくりしようにも、リンスに向けられた変質した狂気に当てられた故か、落ち着かないのだ。
自分がどこの誰か知らない人間に、愛玩奴隷として扱われる。
少女なりにそれを否応にも考えてしまい、頭から消すためにも、何かパーッとすることをしたい! っという単純な理由で服を買いに来たのだ。
それにここなら、興奮した町の人に囲まれる心配はないので。
「いらっしゃいませ! あ、ステラ、ミリー!」
コニーが元気よく出迎えてくれた。
「こんにちは」
「こんにちは。コニーさんは相変わらず元気そうね」
「当たり前じゃん」
屈託のない笑顔のコニーは18になり、既に大人の女性の雰囲気を纏っている。ギルド職員として働く男性と結婚しており、セーラムと3人でステラたちも結婚式に参列した。
「今日なんかすごかったらしいじゃん? ゆっくりしていってね」
2人を商談用のテーブルに座るよう促したコニーは軽くウィンクをして、お茶の準備のために店の奥に入っていった。
コニーは服屋の店員ということもあって気が遣える女性だ。
着せ替え人形の如く色んな服を着せてくるものの、話したくないことを無理矢理聞き出そうとはしない。
しばらくしてコニーがお茶を持って戻ってきた。
「冒険者用のもの増えた?」
ステラが店内を見回しながら、気になったことを口にした。
「そうなの。この町のギルドも大きくなって冒険者も増えたから、うちでも多く取り扱っているの。前みたいに暇な時間が減ったのは残念だけど、売り上げがあがったから良しとするわ」
剣士の胸当てだけでも身長、体格ごとにサイズの違いがあるので、材質やデザイン毎に揃えるだけでも売り場は圧迫してしまう。
初心者冒険者はしっかりとフィッティングする『オーダーメイド』が出来るほど、金銭に余裕があるわけではないので既製品に頼るほかない。
「でもなんか、暇そうじゃない?」
店内には3人しかいない。
ステラとミリーとコニーのみ。
「実際に、ここの店に来るのは、女性の方が多いからよ。うちの旦那がギルドに口利きして、ギルドでも購入できるようになっているから、わざわざこっちには来ないってのもあるし」
確かにハームのギルドは、屋敷程度の広さがある。
出張所として武器、防具、薬品、携帯天幕などの野営用品、食料品店などが出店しているらしい。
いずれの店も、もともとこの町で商売をしていた商人か、その家系のものが販売しているので、陰険な関係にはなっていない……らしい。
「なるほど。うまくやってんのね」
顔馴染みの店のほんわかした空気に当てられたミリーは、ソファの上で力なく溶けた。
「どうしたの。疲れてるじゃない? 疲れは美容の敵よ」
知ってか知らずか、コニーはわざとらしく笑う。
「まだ若いから大丈夫」
「え、それって私が若くないって言いたいの?」
3人は笑う。
「でも、二人とも確かに若いけど、日焼けとかしないのね。冒険者は日焼けしているものだと思ってた」
ステラはもともとの陶器のような白い肌を保っているし、ミリーの肌は健康的なイメージを与えるものの、日焼けはせずに綺麗なままだ。
「ママに教えてもらった薬を使ってる」
「あら、どこの店で買ったの? 王都とか?」
ステラは「あ」という顔をした。
対して、ミリーは「あ~あ」という顔をする。
「どこのなの? 教えてよ」
ミリーは迷ったが、コニーにならいいかと話す。
「師匠に教えてもらった方法で作ってるのよ。自分たちで」
「そうなの? よかったら分けてくれない? 今日はサービスするから!」
ミリーの目がピクリと動く。
旅に出るから、いっそ新しいものを購入しようか悩んでいたのだ。流行りのものも着たいし。
「いいわよ! それなら嫌とは言えないわ。たくさんあるからひとつあげる」
そう言って、道具袋から取り出すふりの収納魔法で小瓶を取り出し、コニーに渡す。
「日焼けもそうだけど、これひとつで大抵の肌の悩みは解決するから重宝すると思うわ」
小瓶を受け取ったコニーは、じいと瓶の中身を見つめている。
「……そばかすとかも?」
「ママは治るって言ってた」
コニーは顔を上げ、目を見開いている。
「作り方はセーラムさんと二人しか知らないのよね?」
「え、ええ。薬師のサリーさんも知らないわ。サリーさんの専門は回復薬だから。……って、コニーさん顔怖いわよ? どうしたの?」
不敵に笑うコニーの目は、ギラギラと輝いていた。
「これ、売れるわよ!!」
その言葉に驚いた二人は顔を見合わせた。
ーーーーーー
女性4人は決起集会及び初依頼達成を記念して、夕食を取っている。
ステラとミリー、防具・服屋『竜宮屋』のコニー、そしてサリーの孫であるリリーである。
コニーとリリーは面識があるものの、ステラたちは初対面であった。
王都で調合の研究をしているのだが、現在は長期の休暇ということでハームに帰ってきているらしい。
コニーたちは話し合った結果、販売する化粧水を作るのは、対外的にも『冒険者ではなく調合師が良い』ということになり、リリーにその役を頼むべく呼んだのだった。
この話し合いの場で、今後リリーが化粧水を精製してくれるかどうか、勧誘するチャンスなのだ。
「改めて初依頼達成おめでとう、ステラちゃん、ミリーちゃん」
「おめでとう。2人の事はおばあさんから聞いていたけど、本当にかわいいわね。冒険者には見えないわ」
「「ありがとう」」
コニーとリリーが並んで座り、対面にステラ達が座っている。
ステラ達は、冒険者の恰好ではなく、先程コニーに選んでもらった服を着ていた。ステラは長い銀髪をミリーに結って貰い、ミリーは青いリボンを着けている。
昼間の件もあって、冒険者の恰好は目立つからと町娘の服にした二人は、『これで絶対に目立つことはない』と、自分たちの顔面偏差値を棚に上げて本気で信じている。
自分たちのテーブルに視線が集まっているのは、垂れた目が魅力の奥ゆかしい雰囲気の大人の女性リリーのせいだと疑っていない。
「リリーは王都でも優秀なの。この年で上級調合師免許を取得しているのは珍しいのよ」
「おお、すごい」
ステラはよくわからないが、驚いて見せた。
「優秀って程でもないわよ。たまたま運よく合格できたものだと思っているし、勉強されすれば誰でも合格できるわよ」
「でも、上級調合師ってどんな仕事するの?」
興味津々といったミリー。
ステラも気になるようでリリーを見ている。
「まあ、調合師って言うくらいだから、薬の調合が主な仕事ね。薬草や毒草の分布の研究とか、魔物に襲われた町や、戦争の負傷者が多い場所に薬の調合のために赴く場合もあるわ。調合師自ら薬草などの採集にも行くから、わりと調合師は戦闘もできたりするのよ」
「ずっと屋内にいるイメージがあったけど、そうでもないのね」
コニーが目を丸くして感心している。
「リリーさんも戦えるの?」
ミリーは剣を振る真似をしてみる。
「私は弓ね。調合師のほとんどは弓使いになるのよ」
弓を射る真似をしながら、笑って答える。
意外とノリが良い人なのかもしれない。
「もしかして毒矢?」
ステラが首を傾げている。
「そうよ。ステラちゃんは物知りなのね。矢にお手製の毒を塗って、魔物と戦うの。魔物の骨とか牙が材料になることはあっても、魔物の肉は私達にはあまり興味がないからね」
「結構たくましいんだ。びっくり」
コニーがリリーの右腕を掴みながら言う。
「それって女子が言われて嬉しい言葉だと思う? コニー」
リリーはぬっと微笑みを浮かべる。
冗談だってと、コニーは手を離し自分の腕をふにふに触っている。リリーの方が引き締まっているのは、やはり動いているからだろうか。少し焦る。
「で、でも、リリーは全身スラッとしているというか、引き締まっているわよね。研究職だとは思えない。私も気を付けているけど、最近気になるんだよね」
「調合してると肩凝りが酷いんだけど、弓の練習は全身の筋肉使うからいい気分転換になるのよ? 体形維持と肌の手入れは女子なら欠かせないものね」
ミリーとコニーはこれは頃合いだ、と視線を合わせた。
「女子力が高いあなたに良いものがあるのよ。リリー」
道具袋から、先程と同じ小瓶をテーブルに出すコニー。
「なにこれ? 化粧水?」
「ふっふっふ。お客様、これはただの化粧品じゃないんですよ? これさえあれば、日々のお手入れはもちろんのこと、不意な肌のトラブル、外出時の日焼け止め、肌が透明になるから綺麗にもなれる! お客様ならもっとお綺麗になって、男性からの誘いもひっきりなしになりますわ!!」
ピクリとリリーの方が震える。
「男性の……誘い?」
コニーは立ち上がり、店内をざっと見渡す。
あからさまにこちらを見ている女性はいないものの、耳をそばだてて居るのはわかる。
(ふふ、聞いているわね)
どこかの行商人が商品の良し悪しについて高説を垂れているのではなく、若い女性である「竜宮屋」の店員コニーが、化粧水を力説しているのだ。
もともとハームの竜宮屋は、女性の利用者が多い。
顔見知りの女の子が、化粧水の話をしているのだ。
思わず耳をそばだててしまうのは当然だった。
「二人とも立って」
コニーは、ミリーとステラに立つように小声で指示を出す。
二人は店内の状況がよくわかっていないので、素直に立ち上がる。
調合師であるリリーの交渉のためにも、必要なことなのかもしれない、と。
「見てよ。この子たちの肌! 私がこの子たちの歳には外で遊んで日焼けしたり、手入れなんかロクに知らなかったから、荒れに荒れていたんだけど、この子たちの肌はとても綺麗でしょう? それはこの化粧水のおかげなの!!」
後半は、店内の女性たちにも聞こえるように朗々としたものであった。
一斉に店内の女性の目がステラとミリーに向けられ、その視線はそのままコニーの右手に移動した。
(((アレが、その化粧水!!!)))
「でも、リリー、この化粧水売ってないのよね」
(((売ってないの!!?)))
「じゃあ、どうやって手に入れたの?」
「それは、商業秘密なんだけれど……上級調合師のあなたに是非作って欲しいの。そしたらこの町でも買えるから」
(((お願いします。作ってください!!そしたら買えるから)))
「でも本当に効果があるの、それ」
(((そこは、気になってた! 効果は大事よ)))
「だから、お試しでこれあげる。調合師だから危険がどうかも多分わかるでしょ?」
「それは、そうかもだけど。いいの? 貰っちゃって?」
(((要らないのならください。私が試しましょう!!!)))
「いいのいいの、ここにいる女性全員に、お試しで配ろうと思っていたから」
瞬間、食事場の椅子がガタッとなった。
「それ、頂きますわ!!」
「どのくらい使えばいいの?」
「シミも消える?」
「妻に持って帰ってやりたいのだが、いいだろうか?」
「この子の肌、本当に陶器みたいね」
「お姉ちゃんのお洋服、かわいいー」
ステラたちのテーブルに、人が群がってくるが、そのひとつひとつに丁寧に対応するコニー。さすがの商人だ。
リリーは研究職らしく、コニーから渡された化粧水を手に塗ったり匂いを嗅いだり使用感を確認している。
途中から置いてけぼりになったステラとミリーは突っ立ったまま、呆然としていた。
「「目立ちたくなかったのに!!!」」
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