喧噪と沈黙

 言わずもがな、凱旋である。


 ステラ達は収穫した3人を乗せたウーちゃんを連れて、ハームの町を歩いてる。


 ステラとミリーはセーラムの娘として、そして、ハームのアイドルとしての地位を既に確立しており、歩くだけで子供やおばあさんが自然と寄ってくる。森ウルフの中でも小さいと言っても、人間よりは背丈があるウーちゃんは目立つし、背中に”す巻き”にした3人の大人を担いでいるならなおさらだ。

 

 認識阻害の魔法をかけようかと思ったのだが、結局は門番に説明をしないといけないため行使せずに来た。隠蔽した状態の人間を、許可なく町の中に入れてしまうと、それ自体が犯罪になってしまう恐れがある。


「奴隷商人の片棒を担いだ女冒険者達を捕まえた」と門番に告げると、頼んでもいないのに、門番が「ステラとミリーが功績をあげたぞ!」と町中に言いふらしながら、ギルドまで走っていったせいで、なおさらステラ達は注目を浴びた。

 その条件下で町を歩けば、自然と人が人を呼び、凱旋の様相を成すのは当然だった。


 ステラは平気な顔で手を大きく振っているが、ミリーは真っ赤な顔で照れ笑いを浮かべ、小さく手を振るのが精一杯だった。

 ステラたちは気付いていないが、気を遣って先導してくれたのは、非番の元冒険者、おっさん4人組「荒野の矢」である。



 ところ変わってギルドでは、連日通り多くの人がごった返していた。

 昼過ぎの時間帯とはいえ、ギルドは明日の指南のために準備をする初心者でもいるし、今日冒険者登録するために他の町からわざわざ来たものも多くいる。いずれにしても、銀の森の集客(?)効果は絶大だ。


 かららん。


 3人を担いだままのウーちゃんを外で待たせて、ステラ達が鐘を鳴らしギルドに入ると、さっきまでの喧噪が嘘のように沈黙が降りた。


「「「………」」」


 ギルドの中にいた冒険者は、息を切らし興奮した様子の門番が「Dランクの女冒険者を、奴隷ほう助として捕縛した冒険者がギルドに来ている」と報告した事は知っている。

 その冒険者が誰なのか、と話題に上がっていたのだ。

 

 そんな最中、ギルドに入ってきたのは、銀髪と金髪の可愛らしい少女2人組。


((いや、こいつらじゃないな))


 そう勝手に決定付け、幾人かがため息を吐きつつ、それぞれがもとの作業に戻ろうとしたとき、銀髪の少女の言葉に息を飲むことになる。


「アンナ、捕まえてきた」


 奥からアンナが出てきて、ステラたちに確認する。

「奴隷ほう助の冒険者を捕まえたのは、あなた達なのね?」

 無言で頷く2人。


「そいつらならギルドの外にいるわ。ウーちゃんの背中に乗ってるから確認して貰えるかしら。あと、蝙蝠マウスの依頼も達成したわよ」

「わかったわ。他のギルド職員にその3人の確認させるから、それに立ち会って。そのあと私のカウンターに来てね」

 アンナは他の職員に目くばせをし、自身のカウンターに戻っていった。


 ステラとミリーは、3人のギルド職員を連れて一旦外に出ていく。

 一部始終を見守りたいのか、ギルド内では職員の手続きの手も止まり、冒険者は静かにその様子を見つめている。


「この3人ですね。こちらで引き取りの後、事実確認をさせていただきます」

 ギルド職員がそれぞれ、す巻きになった女冒険者と男たちを抱え、ギルドの奥に運んでいく。鍛えているのか、こういう事態に慣れているのか、軽々と運んでいく。

 そのあとに続いて、ステラたちも再びギルドに入っていく。


「ち、ちょっと待ってくれ」

 ステラ達がギルドのカウンターに向かっていると、ギルド内の沈黙した時間を打ち破る若い男性の声。

「何?」

 ステラが無表情のまま答える。


「君たちが本当にやったのかい?」

「誰よ、あんた」

「き、昨日挨拶しただろう! 宿屋の食事場で!」

 あー、っと声を出す二人。そんなやつもいたな。

 無視してアンナのもとに歩き出す二人。


「いや、待てって!! 何をしたんだ!!」

 前に割り込んで喰いついてくる男。

「……捕まえた」

 ステラが怪訝そうな顔をする。

 機嫌が悪いときにする表情だ。ミリーには分かる。


「嘘を吐くなよ! Gランクのお前たちに、犯罪者と言えどDランク冒険者なんて捕まえられないだろ! そうだ! きっとズルをしたんだろ! 他の冒険者の手柄を色仕掛……!!? ……!!」

「うるさい」

 ステラは男の口を指差し、沈黙魔法をかける。

 何をされたのかわからない男は混乱したまま、声が鳴らない喉を押さえている。


「あんたに事情を話す利益も、時間も、義理もないわ。どいて」

 ミリーが吐き捨ててギルドの外を指差すと、男の足は彼の意図に反してギルドの外へと動く。


「それと……見世物じゃないわよ!!」

 ギルド全体にミリーが告げると、失った時間を取り戻す様に冒険者たちは、せかせかと動き出した。

 はあ、とミリーは肩を竦める。


 二人はアンナのカウンターに座った。

「応接室じゃなくて、ここで話を聞いていい? 音声遮断の魔法具使うから、いいでしょ?」

 懇願と困惑が入り混じった表情を浮かべているアンナに対し、困ったようにミリーが返答する。

「別にいいけど。蝙蝠マウス倒した後、リンスが男2人と襲ってきたから、それを撃退して、私達じゃ大人3人運べないからウーちゃん呼んだだけ……なんだけど」


「ど、どうやったらDランク魔術師を無傷で撃退できるのよ」

「リンスに聞いて。それに守秘義務の範囲」

 ステラの言葉に、うぐっといううめき声を上げるアンナ。


 確かに冒険者の戦い方やその装備の秘密を聞き出すのは、いくらギルド職員でもNGだ。ギルド職員に認められているのは、ギルドカードでの情報だけだ。場合によっては、ギルドマスターなら教える必要はあるかもしれないが。


「じゃあさ、リンスが最初から怪しいって思ってた? これくらいならいいでしょ?」

 ギルド職員の威厳を取り戻したいのか、それともただ単に事情を知りたいだけなのかは不明だが、アンナは別の質問を投げてきた。


 これに関しては、こちらに正当性があることを主張するためにも教える必要がありそうだ。

「何点か怪しいところはあったけど」

 ミリーが口を開く。

 教える、といっても魔法で知り得た情報を伝えるわけにはいかない。

 普通の冒険者でも気付くような内容である必要がある。


「確証はないけどね。まず、この町には宿場が一軒しかないのに、リンスはそこに泊まっていなかった。だから、もしかしたら他に仲間がいて、町の外にテントを張ってるのかもって思ったのよね。Dランクの冒険者と言っても女性が1人、宿屋に止まらないのは、おかしいなっていうくらいのものよ。だから警戒しておいたわけ」


 実際には、食事場ではずっとこちらを観察していたリンスの視線には気付いていた。

 そしてリンスは昨夜、町の外に仲間と一緒にテントを張っていたようだ。

 おそらく、そこで今日の打合せをしたのだろう。

 蝙蝠マウスの洞穴に向かう道中も、仲間2人はこっそり後ろから付いてきていた。

 すべて探知魔法のおかげで判明したことだが、何より二人の魔女としての勘というべきものが、リンスは「獲物」だと、ビンビンに反応していたのである。


「はあ、違和感があったから不審には思っていたってことね?」

「うん」

 アンナは頭を掻いて、本人に確認すればいいかと呟いた。

「わかったわ。後はこっちで処理するわね。明日、また来てくれる?」


「うん、お願い」

「ありがとう。お仕事頑張ってね。アンナさん」


 誰のせいで面倒になったのか、と言いかけたアンナだが、手を振って2人を見送った。

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