悪意
「さ、洞穴が見えてきたわよ」
目の前には、人が入れそうな大きさの洞穴があった。
洞穴の中から魔物の気配がしてくる。
ステラが試しに探知魔法で見てみると、洞穴の中から無数の影が確認できる。うじゃうじゃしている影が多くて少し気持ちが悪い。
その他にも探知魔法にかかった影が2つあるが、今は関係ないものだろう。
「仕掛けるわよ。準備はいい?」
杖を構えたミリーが、ステラとリンスに確認すると二人はそれぞれ武器を構えて、いつでも良いと頷く。
「それじゃ、火よ火、……ファイア・バースト!」
実際は魔法なのだが、魔術に見せるために詠唱のふりをするミリー。
魔法を使用できるのに、魔術の詠唱をするのはもちろん、魔術の詠唱を覚えるのは意味がない。魔法は想像することが何より大事なので。
ミリーもステラも魔術の詠唱を必死に覚えた時期があったが、今ではすっかり忘れてしまっている。
ミリーの放った一筋の光が洞穴に伸び、一拍置いた後、洞穴の中で爆発が起きた。洞穴の中から、目も眩むような光と熱風が吹き出した後、その余韻として残った火がちらちらと洞穴の中を照らしている。
確認するまでもなく、この威力では全滅しているだろう。
「ミリー、ずるい」
じっとミリーを見つめるステラ。
如何にも不完全燃焼の表情を浮かべている。
「い、いいじゃない! だって、こうするのは事前に決めていたじゃない? 次はステラに任せるから!」
「……え……」
明らかに困惑し、開いた口が塞がらないリンス。
「リンス、どうする?」
ステラが、顔を覗き込んできく。
「……え?」
「終わったみたい」
「と、とにかく、中を確認しないと! 残っている蝙蝠マウスがいるかもしれないわ!」
平然としているステラに、リンスは慌てた様子で答える。
一応発動した探知魔法では、洞穴の中の影は消えているのが確認できるが、リンスにはわからないのだろう。
「じゃあ、いきましょうか。ステラ」
洞穴の中の火を、ミリーは風魔法で消火する。
「わ、私はここで待っているわ。他に魔物が来たら危険だし……」
リンスの指示通り、素直に洞穴に入っていく二人。
「はあ、面倒ね。さっさと片付けてベッドでだらだらしたいわ」
「仕方ない。それに私まだ出番ないから、帰れない」
「ちゃんと働いているじゃない」
光源を出現させて中に入っていく2人。
中は魔法の影響でまだ温かく、獣の燃えた臭いがする。蝙蝠マウスの死体のほとんどは燃え尽きているが、骨や半端に燃えた翼の残骸が落ちている。
「ここが最奥のようね。どうする?」
「ちょっと待つ」
ステラの提案にミリーは肩を竦めて、洞窟の壁にもたれかかる。ここからはステラの出番だ。ステラは食事と戦闘に関しては異様に頑固になってしまうから従うほかない。
「土よ土、我の力となり敵の行動を止めよ。ロック・ロック!」
リンスの魔術詠唱が響く。
ステラとミリーの足を拘束するように、岩が纏わり付いた。
「どう、動けるかしら?」
ふざけた名前の魔術のくせに拘束する力は強く、足に痛みが走る。
コツコツと足音を立てながら、洞穴に入ってくるリンスと、初めて見る2人の男達。
「さっきの魔術には驚いたけど、その拘束を解いていないってことは、もう魔力は残っていないようね。いざと言う時のために魔力は残さないとだめよ? 先輩からの忠告」
不気味に笑うリンスに、押し黙るステラとミリー。
「本音というと、蝙蝠マウスの牙で傷つき、血だらけになったあなた達を見たかったのだけれど。色々と予定が狂っちゃった。何故かさっきまで私の魔術がうまく発動しなかったし……」
口元に指を当て、大袈裟な疑問顔を浮かべる。
「まあ、仕方ないわね、残念」
リンスはわざとらしくニタリと口を歪ませた。
「「……」」
黙ったままのステラたちに、リンスは眉を吊り上げる。
「ちっ、本当に可愛くないわね。反応くらいしなさいよ。それとも、もしかして怖くて声も出せないの? もっと泣いて叫んで欲しんだけど」
そう言うとリンスは、2人の男に合図をする。
「それもいつまで続くかしらね」
男たちは下品な視線を、ステラとミリーに寄せている。
下卑た笑みに思わず肩を震わせたミリーを見て、男たちの劣情はさらに引き起こされたようだ。
「どうする、つもり?」
ステラが最終確認をするように呟く。
「どうするだって!? きゃはは、本当に何も知らない生娘なのね。あなた達は奴隷として、商人や貴族どもに売られるのよ。是非とも私に感謝してほしいわね。危険だらけの冒険者より、きっと素晴らしい未来が開けるかもしれないわ! 愛玩奴隷が関の山だと思うけれどね! きゃははは」
リンスは我慢を堪えきれず高笑いをする。
「だけど、いきなり愛玩奴隷と生きていくのは可哀そうだから、この男たちで練習をさせてあげようってわけ。この男たちはDランク相当の強さだから抵抗しても無駄。辛いのは一瞬よ! 気が付いた時にはもう、新しいご主人様にもとで、奉仕しているでしょうね!! きゃはははは」
男達は舌なめずりをしつつ、ステラたちに接近してくる。
リンスの目は十分に見開き、その瞳はもはや狂気に染まっていた。
ステラ達の悲鳴を聞けることが、楽しみで仕方ないみたいだ。
「そう。よかった」
ステラが小さく呟くと、男達がステラの目の前で気絶したように倒れた。
「な……」
何の前触れもなく倒れ、起き上がる素振りのない男たちを見て、事態が掴めずにいるリンスは思わず後退る。
「この小娘、何をしたのよ!?」
「……」
静かにリンスを見つめるステラ。
「な、何か言いなさいよ!」
「奴隷になるのは……、そっち」
キンッ……。
金属の鳴る音が響き、その場に転げたリンスの眼前には、ステラが立っていた。
「な……うっ!!!」
何か言ってやろうとするリンスだが、肋骨の何本かが折れている酷い痛みのあまり、声を吐き出すことができない。
「峰打ちじゃー!」
鞘に収まったままの剣を掲げたステラが、にやりと口を歪ませる。
「あんた、その笑い方止めなさいって言ったでしょ」
洞穴から出てきたミリーが諫める。
「やっぱり胡散臭いと思ったのよね。宿屋でいきなり捕まえてもよかったけれど、依頼もこれで達成だし、まあ、良かったんじゃないかしら」
「一石二鳥」
洞穴から連れ出した男達を含め、地面の上で気絶している3人を思案する二人。
((どうやって連れて行こう))
気絶しているから、運ぶのは面倒。
なら、縛って歩かせてたらどうか……いや、それは目立つ。
ハームの町中を、少女2人が大人3人を連れまわしている光景はどう考えても目立つ。
とにもかくにも、少女達が大人達を連れていくのは目立つ。
うーん。
ハッとした表情のステラ。
「いい考えがある」
そして、ステラの指笛が響いた。
しばらくして、ステラたちのもとに森ウルフが現れた。
「ウーちゃん」
森ウルフは、ステラに撫でてもらおうと頬をステラに擦り寄せてくる。
このウルフはハームのマスコットにもなっている「あの森ウルフ』だ。
門番のウーちゃんは子供に大人気。子供の味方ウーちゃん。
なので、ステラの味方でもある。
「ウーちゃん、こいつら運んで」
ウーちゃんの顎を撫でながら、指示を出すステラ。
「きっとこれで大丈夫」
「大丈夫じゃない気もするけど……まあいいわ。どうあがいても少しは注目されてしまうだろうから」
ミリーが頬を搔きながら呟く。
「でも、これで早く帰れる」
ウーちゃんの身体は結構大きい。
大人3人乗せても問題なく走れるだろう。
その速度に合わせてステラ達が疾走すれば、往路の半分の時間でハームに戻れるだろう。
「そうね……でも……」
声を震わせるミリー。
魔女の弟子とは言えど、13歳の少女だ。
さすがに直接的な悪意を向けられ、恐怖したのだろうか。
男に蹂躙されると考えただけでも恐怖のはずだ。
「ミリー?」
ステラはミリーの手を握る。
「ステラの方がズルいわ!! おいしいところ全部持って行った!!」
「え」
そっちですか。珍しく困惑するステラ。
「だって、考えたらそうでしょ! 私、軽い魔法一発放っただけよ!? ステラは、おばさんの魔術をずっと阻害していたし、男2人を魔法でやっつけて、おばさんもぶん殴った!! そしてなにあの最後の捨て台詞!! ズルい!!」
「えっと……」
「なによ」
「ミリーがいたから成功した。私にはミリーが必要」
ステラは微笑んで、ミリーの青い瞳を見詰める。
「そんなこと言われても!」
「ありがと」
手を伸ばし、ミリーの頭を撫でるステラ。
「……うん」
「行こ」
「うん」
(わあああああ!!! ステラ成分補充完了おおお!! ステラ絶対私のこと好きじゃん!)
(ミリー、子犬みたい)
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