いや

2人がソファーに座ると同時に、ドアがノックされる

「ギルマスを呼んだの」

 アンナがドアを開けると、50代くらいの男性が入ってきた。

 ロマンスグレーの髪を雑に縛ってあり、左目には眼帯。スーツに身を包んているが、屈強な体つきをしていることは隠しきれていない。

(あ、ヤクザだ。奇書で見たことある)

 ステラは直感的にそう思った。


 ギルマスとアンナが座ると、ギルマスが口を開いた。

「俺がハーム支部のギルドマスター、ガルクだ。待たせてしまってすまないな。少し確認することがあってな。君達にしたい話がいくつかある。まずはアンナ、頼む」

「はい。まずは私からひとつ。ミリーはステラの事について、セーラム様から聞いているのよね?」

「ステラの出生が、謎に包まれているってことは聞いてるわよ」

「なら、大丈夫ね。まず、冒険者として登録するうえで、セーラム様から条件としても出されていた、ステラの年齢については問題はないわ。

 一応は冒険者登録は13歳からっていう、暗黙の了解はあるものの、これは子どもを危険な目に合わせないためのものなの。エルフとかドワーフ、獣人……今は、セランスロープと呼んでいるけど。人類はその種族によって同じ年齢でも成熟度合いは異なるわ。だから年齢は問題ないわ」

「よかった」

 セーラムに心配いらないと言われていたけど、自分だけが特別じゃないことが少しうれしかった。


「ステラ、13歳で登録するけどいい?」

「うん、それでいい」

 頷くステラ。

 ステラの年齢をどうするかに関しては、既にセーラムと相談してある。見た目も13歳なら違和感はないし、色々と都合が良いからだ。


「あともうひとつは、種族をどうするかってことよね。これも場合によってはギルドの方で書き換えすることができるから、気にしなくていいわ。

 血の濃いハーフエルフをエルフとして認識してしまったり、セランスロープの科目を修正する場合に、書き換えをするの。いずれにしても、しっかりとした系図を提出してもらうことになるけどね」

「ステラは、なんの種族だと判別されたの?」

 ステラがききにくい質問だろうと察したミリーはあえて質問をする。


「それが、何も表示されなかったの。厳密にはエラー表示がされたけど。だけどこれから冒険者として生きていくのに、種族は必要だから選んで欲しいの」

 ミリーとアンナはステラを見る。

 ガルクも顔は向けないものの、視線はステラに向いていた。

「ヒト属がいい」

 これも、前から決めていたことだった。セーラムもステラをヒト属として育ててくれた。それに他の種族に比べて、ヒト属の特徴が多い。

「わかったわ。じゃあ、登録してくるわね」

 アンナは部屋を後にした。



「しばらく待っててくれれば、ギルドカードが出来上がるだろう」

「それで、ギルドマスターの用事って何? 今の話の立会人になりたかったわけじゃないんでしょ?」

 ミリーがソファに深く座り直す。

 自分の事じゃなかったのに、気が疲れてしまった。

 正直もう宿場に帰りたい。


「まあ、そう急くな。遅くなったがお茶を出そう。菓子も出す」

 ミリーの眉がピクリと動く。何か、きな臭い。

「そんな気を使わなくても大丈夫よ。ね、ステラ」

「うん、こっちで出す」

 そういうとステラは次元魔法のひとつ、収納魔法を使って紅茶セットを異次元から取り出した。

 お湯は簡単に魔法で出せる。

 ミリーは自分の道具袋から、焼き菓子を取り出す。

 さっき広場で買ったものだ。


「口に合うかわからないけど、ギルマスもどうぞ」

「お、おお。頂くぜ。それが収納魔法か。便利そうだな」

 顔を引きつらせながら、お茶に口をつけるガルク。

「ほう、これはいいものだな」

「うん、ママのお気に入り」

 ステラは当たり前だろう、と頷く。

「それで、話ってなんなのよ」

「ああ、お前さん達に依頼をしたいのだ。受けてくれるか?」

「依頼内容も聞かずに受けるわけないでしょ」

「そ、そうだな。それはそうだが」


 ギルドマスターからの依頼は、冒険者としてギルドから信頼されている証であり、ステータスである。なので、通常は断る者はいない。むしろ内容を確認するでもなく、喜んで受ける者が大半だ。

 ギルドから依頼される内容は、『この冒険者であれば、間違いなく成功させてくれるだろう』と判断されているものなのでリスクも少ない。

 ギルドとしても依頼は失敗されると困るため、無暗に依頼を紹介はしないからだ。

 なので、ガルクは少々面食らった。


「お前さんたちには銀の森に行ってもらいたい」

「「ぎんのもり?」」

 二人の声が揃う。


「……なんで」

 ステラが呟く。


「銀の森での初心者冒険者向けの指南に参加してくれ。特別なことはなにもしなくていい。お前さんたちが慣れ親しんだ森を歩いて帰ってくるだけでいいんだぜ。

 お前さんたちはベテランから冒険者としてのノウハウを学べるし、ギルドとしては将来有望なお前さんたちが、ハームギルド主催の指南に参加していたとなると、このギルドの宣伝にもなる。いい話だろ」

 にやにや顔のガルクは、顎を撫でながら話を進める。


「今後の指南は、明後日から1泊2日の計画だ。よろ……」


「「いや!」」


「え?」

 思ってもいない二人の反応に目が点になるギルマス。今までいた森だろう? 断る理由なんかあるわけない。


「「銀の森は嫌っ!!!」」

 青ざめた二人が叫ぶ。


「百歩譲って、初心者指南は参加してもいいわ。私達が初心者なのは自覚しているし、ギルドには色々気を使って貰ったから、勿論依頼は受けたいのよ? でも……」

「銀の、森だけは無理」

 ステラは震えながら、首を横に振った。


「どうしてだ? セーラムさんと一緒に『楽しい』時間を過ごした場所だろう」



 ピシッ


 場が凍結する。


「楽しい……そうね、確かに楽しい時間を過ごしたわ。師匠は普段は優しくて厚かましい程過保護な時もあるけど、修行となると……」

「あれは、悪魔。うう……」

 二人は魔法の鍛錬を思い出して頭を抱える。



「楽しかったなあ。朝起きたら真っ暗な魔物の巣穴で、魔物と一緒に一か月過ごせとか言われて。魔物と一緒に食べた芋虫の味は今でも忘れられない良い思い出ね」

「何も着ないで一か月間、森の中で過ごす修行もした。ママは服着てたくせに」

「森の奥の滝つぼに向かって、何度も何度も落とされたっけ。『死なないよ?』って笑っていた師匠の顔。思い出すなあ」

「起きたら、雪山とか砂漠のど真ん中にいるのはお約束」

「予告もなしに、毒草茶を飲まされたこともあったわよね。あの時見た、天使は幻覚だったのかしら。今でもわからないわ」

「魔法で作った戦闘機でドッグファイトもさせられた。高Gで失神して、目が覚めたら地面が目の前に。4回目の死を覚悟した時」

「師匠が連続で投げる野球バールを、ひたすら避ける訓練もあったわよね。どこの格闘家だっての」


 なにやら銀の森とは関係のない事も交じっているし、知らない単語が出てきたが、二人が銀の森に行きなくない理由はなんとなく分かったガルクであった。

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