旅立ち

冒険者登録

「ほら、ミリーが先。早くして」

「わ、わかってるわよ。まだ、気持ちの整理が……」


 ステラは、13歳になったミリーとともにハームの町のギルドに来ていた。

 

 あの夜の森ウルフのことがきっかけになったのか、「荒野の矢」は冒険者を引退した。現在では初心者冒険者の指南役として活躍している。

「荒野の矢」はBランクを間近にして長い間、Cランクパーティーで足踏みをしていたが、ベテラン冒険者である彼らとともに、銀の森で実地に行われる指南は、注目を浴びた。

 セーラムとギルドの交渉の結果、指南のダンジョンとして銀の森が利用できることになったことも「荒野の矢」の指南が注目を集めた要因のひとつだろう。


『あのベテラン冒険者「荒野の矢」が、立ち入ることのできなかった銀の森で初心者指南をしてくれるらしい。銀の森はエルフが管理しているから、指南役と一緒にいれば危険度はないと言ってもいい』

 こんな噂が噂を呼んで、ハームの町は初心者冒険者として有名になっている。ハームの町の宿屋は初心者冒険者でごった返し、ハームの町は活気あふれる町になっていた。


 指南場所として銀の森を使用できるのは、ギルドとしてはこれ以上のない効果をもたらす。周辺の平原では、出現する魔物は限られているし、採集できる薬草や食物も品質の良いものではなかったからだ。

 セーラムとの協議の結果、「銀の森への立ち入りはギルド通すこと」が条件のひとつとして提示された。

 セーラムとしては、銀の森の立ち入りをある程度制限でき、管理も容易くできる。ギルドとしては、「ハームの町の初心者指南で、銀の森へ立ち入った」という経歴がギルドカードに残ることで、「ハーム出身の冒険者」という実績が増える事は、ギルドとして名を売る絶好の機会だった。


 ギルドとセーラムの間にはもうひとつの条件があった。

 ミリーが13歳になったら、ステラとミリーを冒険者として登録すること。

 ステラの歳がわからないため、ミリーに合わせて登録してくれという内容だった。ギルドは二つ返事で了解した。そんなことで銀の森が使えるのなら、お安い御用であった。



 ということで、初心者冒険者がごった返すギルドにステラとミリーは来ていた。

 ちなみに、初心者の町として有名になったハームの、冒険者ギルドは別の大きな棟に移設された。

 以前とは比べ物にならない、立派な屋敷のような建物だ。


「ミリー、早く。次の人待ってる」

「ええ!? あ、あと一回深呼吸させて。お願い!」

 ミリーは後続の男性たちにお願いする。

 男性たちはイライラしていたが、ミリーにお願いされると顔をほころばせ、「おう、ゆっくりでいいぜ」と言ってくれる。中にはミリーに見とれている者もいた。


 13歳になった2人は、まだ幼さが残っているものの、周囲の目を引く程度には美しい姿になっていた。


 ステラは銀の髪を背中まで伸ばしており、相変わらず表情は豊かではないものの、大きな赤い瞳がかわいらしい印象を与える。

 軽剣士の動きやすい装備を参考にして、灰色の短い外套の下は、赤と黒の軽快な雰囲気の和装に近いデザインの冒険者服に身を包んでいる。

 マティス国には和装がないため、奇書をもとにステラ自身がデザインした。竜宮屋でのオーダーメイドなので、どこの支店などでも予備が購入できる。

 本当は剣ではなくカタナが欲しかったのだが、この世界では頑丈な両刃の「ソード」が主流であるゆえか、ハームの鍛冶屋からは技術的な問題で入手できなかったので剣を主装備としている。

 魔法での精製も試みたが、ステラでは精製出来なかった。


 ミリーはステラよりも少し背が伸び、金色の髪は癖のあるボブのままだ。ツリ目の青い瞳は少々キツイ印象を与えるが、かわいらしい髪型のおかげでいい塩梅になっている。

 瞳より濃い青のマントを着け、如何にも魔術師という風貌だ。

 マントの中には、白と空色を基調にした動きやすい冒険者服を着ている。武器は杖だが、懐にはナイフも忍ばせている。

 この世界の杖は、自身の身を守る為に打撃攻撃もできる用の、太く大きい防衛杖と、携帯にも便利で魔力を放出することに特化した細くて短い攻撃杖があるのだが、ミリーが好んで使っているのは、細い攻撃杖だ。


 見た目は完全に、軽剣士と魔術師。

 実際は両方とも魔法も剣術も出来るのだが、2人の好みもあってこのような役割に見せることにした。他の冒険者に声を掛けられるのが、面倒だったからでもある。


「ミリー、この石板に手を置いて。心配しなくても個人に関する情報をギルドは漏らすことはないし、きっとミリーなら大丈夫よ」

 ギルド職員のアンナがミリーを落ち着かせる。

 今ではもうギルドの受付ではなく、現在は主任として職務についているが、「ミリーとステラの冒険者登録は私がやる」と後輩を押しのけ、強引に登録係になったのだった。


(セリーナさんの娘さんたちですもの。きっとすごい魔術を持っているに違いない!! さっさと登録してうちのギルドの看板冒険者にしてしまえば! 2にんとも可愛いし、きっと注目間違いないわ!)


「よ、よし。置くわよ」

 緊張した面持ちで、石板にお手を置くミリー。

「ミリー、目は閉じなくても大丈夫」

「いいでしょ! 雰囲気よ!」

 

 アンナが石板からの情報を確認して、うんうんと頷く。

「やっぱりね。分かっていたけど、とんでもないのね。正直信じられないけど」

「次は私」

「はい、どうぞ」

 ステラは、すっと石板に手を置く。

「ふむふむ、ステラもやっぱりミリーと似たスキルが多いのね。えー、とおお……?」


 冒険者登録に必要な項目を、書類に記入していくアンナの手が止まる。

「アンナ、どうしたの?」

 ステラの顔をマジマジと見つめるアンナ。

「アンナさん、ステラがどうしたっていうのよ」

 顔を近づけ、さらに深くステラを見つめるアンナ。


「アンナの事は好きだけど、そういう対象じゃない」

 わざとらしく、目をそらすステラ。

「なんでそういうことになるのよ! とりあえず奥の部屋に来て」

 アンナは叫ぶと、奥の部屋を指さす。

「! なにするつもり、なの?」

 自らの肩を抱いて、目を丸くし驚くステラ。

 演技だが。

 

「いいから来て! ミリーも一緒に!!」


「さ、三人で!? そんな、どうしよう……」

 赤くした頬を両手で挟み込むミリー。

 これに関しても演技である。アンナとは一緒にランチを食べるほど仲がいいから、ついついふざけてしまう。


「何想像してんのよ!? 頭の中までおかしいの!?」


 アンナに手を引かれて、部屋に強引に連れていかれる二人。

 ギルド内の男性の半数はその様子を見守り、半数は気付かないふりをしている。頭の中では何を考えても自由なので、盛大に盛り上がっているのだろう。

 何故か女性陣の1割程の脳内も、盛り上がっているようではあるが。


 

 行きついた部屋の扉を開いて、アンナが口を開く。

「ここは、指定依頼や特別依頼の説明をするときとか、依頼者が直接、冒険者に依頼内容を伝えるための特別応接室よ。魔法具で話し声が漏れないように遮断しているから、どんな音も外には聞こえないわ。要は、大事な話をする時に使用する部屋ね」

「外に聞こえない……」

「ほ、本当に……何されちゃうのかしら?」

「いつまで続けんのよ!!」

 外には聞こえないと分かっているアンナは、ぶち切れである。


「あんた達がそんな子だと思ってなかった。セーラム様は何をしていたの」

 眩暈を感じ、額に手を当てるアンナを無視して、2人は剣やらナイフやらの装備を外し、外套とマントを脱ぎだした。


「え? ステラ、ミリー。何を!? な、何で脱いでるの?!」


「「え?」」

 呆れ顔の2人。


「こういう時は、武装解除するのが鉄則って師匠が言ってたのよ。音声遮断された空間は監視の目が届きにくいからね」

「お互いの信頼のため。アンナ、何で狼狽えてるの?」

「う、狼狽えてない! あんたたちのせいじゃない! いいから座って」

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