価値なんて

 ステラが魔法の素質を見つけたことを知り、ミリーは焦った。

 何かに手を付けようとも集中出来ずに、また、試験をやってもコップの水に変化は見られない。


 ライアンやセーラムと一緒に散歩に行っても、銀の森で珍しい花を見ても、ステラとセーラムと3人でハームの町の屋台で食べ物を口にしても、一向に試験の結果は出なかった。


「魔法の適性がなくても、魔術師として立派に生きればいいんだよ。私はそうなって欲しいと思うけど」


 セーラムはそう言うが、自分がいくら頑張っても王宮魔術師や、騎士団の魔術師として採用されないことは分かっている。そういう魔術師のほとんどはお金のかかる魔術学校の出身で貴族であるからだ。だから、自由に生きるためにも、『夢』を叶えるためにも魔女の弟子になりたかった。


 魔女になることが出来れば、その『夢』が必ずしも叶うわけではないが、子供の彼女が思いつくことと言ったら、六花の魔女の弟子になるほか道はなかった。

 



 明日の朝が試験の最終日の夜。セーラムはミリーを自室に呼んだ。


「明日でお別れかもしれないから、今のうちに話しておこうかなってね。座って」

 セーラムはベッドに腰掛けるように勧め、セーラムもミリーの隣に座る。


「話ってなんですか?」

「ステラの事なんだけど、この間……あの子の身体を確認してたよね」

「……そう、ですね。魔法の素質の事で忘れてたけど」

「ステラは私の本当の娘じゃない。それも人間なのか魔物なのかも分からないの」

「魔物……」


「そう。ハームの町に出かける時とかは、私の作った魔法具で誤魔化してはいるけど、あの子の存在は人間と魔物の中間といってもいいかな」

「ステラは、そのことを知っているんですか?」

「話したよ。本当は私が最初にそれを教えなくちゃいけなかったんだけど、昨日の魔法の試験で知っちゃったんだよね。ステラは相当ショックだったと思う」

 ミリーは小さく、そうですかと呟く。


「あの子の本当の親はどういう人なのか、どうしてあの子が銀の森にいたのかは、分からない」

「ステラは、銀の森にいたんですか?」

 頷くセーラム。

「ステラを見つけたのは3年前。ステラは言葉も話せず、服も来ていなかったの。それから、あの子と2人で努力した。生きるための方法を何一つ知らなかったんだもの。何が食べ物なのかも、私の言っている言葉の意味も、なにもかも知らなかったから。

 ステラは拾われる前のことは、何も覚えていないんだって。私と会ったあの夜が一番古い、最初の記憶だって言ってたかな」


 ミリーは何も言えずにいた。

 自分だけが不幸だと、自分だけが理不尽な思いをしていたと思っていた。

 でも、ステラの抱える、自分が何者かのかわからない不安はどんなものだろうか。自分はどうやって生きてきたのか知らない恐怖は? それが何も予告もなく知ってしまった衝撃はどのようなものなのか。


「ミリー」

 声を掛けられ、セーラムの瞳を見る。綺麗な緑色の瞳だ。


「私は、ミリーの背負っているものを無理に聞こうとは思わないし、ステラと比較しては行けないものだって理解してる。最初はちょっと失礼な女の子が来たなって思ったけど。でも、ミリーを見ていたらさ、なんとなく分かっちゃったんだよね。本当は叫びたいのに我慢していることとか、泣きないのに泣けないことが、痛いくらいに伝わってくる。甘えたくてしょうがない赤ん坊なのに、どうやって甘えたら良いか知らない。そんな風に見えるかな」


 気付かない振りをしていた自分の心の痛みに、セーラムが触れてくれた。

 そのことに驚きつつも嬉しくて、ミリーは目に涙を浮かばせ、青い瞳を揺らした。


 セーラムはミリーの震える手に自身の手を重ねる。

「魔法の素質なんて関係なく、ミリーが望むんだったらここにいてもいいんだよ」


「え」


「ステラだって友達が必要なんだ。ミリーがよかったら友達になって欲しい」

「そんな……私なんか……」

「一緒に町に行ったの楽しくなかった? 森ウルフに乗ってすごくはしゃいでいたじゃない」

「たのし、かった。けど……」


 これはズルじゃないだろうか。

 私は何も成果を出していないのに。

 何もセーラムやステラにしてあげられないのに。


 今までずっと魔術の勉強をしていた。

 魔術書を読み漁り、魔術詠唱を必死に覚えた。

 友達なんて、家族なんていらなかった。

 必死に自分の『価値』を見出そうとしていた。

 自分は無価値ではないことを証明したかった。


 けれど、セーラムに言われて気づいた。

 この森に来てから楽しいことばかりだった。

 一緒にご飯を囲むのも、お茶を飲むのも凄く楽しくて心が安らぐ時間だった。銀の森で見たことない花を見つけた時は嬉しくて、思わずセーラムに名前をきいたっけ。屋台の食べ物をステラと半分ずつ食べたのだって。ステラを押し倒したことも、きっと笑える思い出になるだろう。


 

「ミリー、よく頑張りました」

 セーラムは、ミリーを抱き寄せ頭を撫でる。

 ほっとするようなぬくもりがミリーを包み込む。


「あの、わたし、わた、し……」

「うん……」 

「くうっ、ううっうっ、うわぁぁん」


 まるで母親にすがるような泣き声が部屋に響いていた。






 次の日、ミリーは時間いっぱいまで水に魔力を注いでいた。

 朝、ステラに目の下が腫れているとか、目が赤いとか言われたが適当に誤魔化した。

 親和性を高めるには想像や、文献などの本を読むことでも十分であるため、片手はコップに、片手には本を持っていた。

 前向きな、破れかぶれである。

 最後まで諦めたくはなかった。

 ここで諦めれば、自分を許せないだろう。

 セーラムにせっかく認められたのに。


「ミリー、もう……」

 セーラムが声を掛けた。

 ステラとライアンも、ミリーの様子を見守っている。

「分かってます。これで最後にしますから」

 ミリーは両手をコップに向けて、魔力を注ぐ。


 銀の森に来て、たくさんの経験をした。楽しいことが多くて、貴重な時間だった。

 自分の『価値』だと信じていた魔術が取り上げられた状況だけど、それのない生活は新鮮だった。魔術なんてなくても、楽しく生きることができた。そう思えただけでも……。


「……」


 ミリーが魔力を込めた水には変化がなかった。

「やっぱり駄目か、そうよね」

 力なく笑ったミリーの目には涙がうっすらと溜まっている。

「わかってた。私には魔法は無理だって」


「ミリー……」

 ステラがミリーに駆け寄る。

「気にしないでよ。ステラが気に病むことはないんだから。私のせいだから。仕方ないもの」

 目に浮かんだ涙を手でふき取り、ミリーはライアンに向き直った。

「ライアン。魔女の弟子になれなかったんだから、しっかり約束は守るわよ」


「待って。ミリー」

 立ち上がったミリーだが、コップを持ち上げたセーラムに呼び止めらてる。

「セーラム様?」

 ミリーが困惑した様子で見ると、セーラムはおもむろにコップを逆さにした。


「「え?」」


 驚愕の声を上げたのはミリーとステラだった。


 逆さにしたコップからは、水が一滴も垂れずにいた。


 セーラムがコップをぞんざいに降ってみるが、やはり水はコップから出てこない。


「うんうん、これはおそらく阻害魔法かな。水が動けない様にする効果の魔法が掛かっている状態だね。私がずっと、ミリーに『魔術使用不可の制約魔法』をかけていたから、阻害系統の魔法と親和性が高くなったのかも。ミリー。もう一回やってみて」


「は、はい!!!」 


 喜びと興奮のあまりに、笑顔のまま我慢していた涙が一気に流れ出すが、ミリーは気にしない。

 セーラムが新しく持ってきた水に魔力を注ぐと、水に阻害魔法をかける事が出来ていた。


「ライアン。ってことでこの子は私が引き取るよ。いいかな」

 ライアンは当然といった笑顔で肩を竦める。

「良いですよ。文句は最初からありませんから」


 セーラムは、ステラとミリー2人に向き合う。

「では。ステラ。ミリー。あなた達を新たな魔女の卵として、六花の魔女セーラム・セプティムが弟子をして迎え入れます」


 セーラムが宣言すると、2人の左上腕に冷たい感覚が走る。

 服をまくって見てみると、水色の花にも見える雪の結晶が浮かんでいた。

 

「ミリー。これから、あなたもセプティムを名乗ってね。あなたは私の弟子、そして娘なんだから」


 ミリーの手を取りセーラムが笑うと、ミリーもステラもセーラムに抱き着き、しばらく離れようとはしなかった。

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