色
セーラムは深呼吸をしつつ、背伸びをする。
少し子供には重い話だったかな。
「それで、実験をしてもらうよ。これは、今の話を聞かせてしまった私の責任でもあるんだけど。もし、二人に魔法の素質があった場合は、その魔法を悪用されないように措置しないといけないから」
「わ、私、悪用なんてしません!!」
ミリーが抗議するが、セーラムは動じない。
「悪いけど、子供の価値観を信じることは出来ないかな。それに、ミリーが悪用しなくても、他の悪い人に利用される可能性は排除できない」
ミリーは口をつぐんだ。
ステラは黙ったままだが、危険性については理解しようとしているらしい。
セーラムは、水の入ったコップを二人に出す。
「ステラは、やったことあると思うけれど、今度は魔術を禁止するからね。試験が終わるまで、『4日後の昼まで、二人は魔術を使えない』っていう制限魔法を使うけど良い?」
「「え?」」
「じゃあいくね」
「「ちょっと、心の準備…!!」」
「えい!」
セーラムが2人に向かって手を伸ばし、詠唱というには簡単で迫力のない「えい!」で、魔術を禁止する魔法を発動させた。
2人の身体がぼんやりと光ると、その光は穏やかに消えていく。
ミリーは自分の手の平や、全身を眺めている。
二人の魔力の流れ自体は今まで通りなので、体への違和感は少ないはずだ。
「……本当に魔法にかかったんですか? 変わっていない感じがするんですけど」
「信じられないなら、外で何か魔術使えばいいよ」
「わかりました。ちょっと、行ってきます」
毅然とした表情でミリーは外に出ていく。魔法というものが、セーラムが魔女であることが、まだ信じられないのかもしれない。
対してステラは、
「私は、ママを信じてるから! 私は行かない!」
「……うん。ありがたいけど、ね?」
いつもよりを目を輝かせて、うっとりとしている。
そうして、魔術が使えない、魔法の素質の試験が始まった。
魔法の試験はその方法を教えてから、3日間(今回は夜に始めたため、少し延長し、4日目の朝が期限)続けて行う必要がある。
とは言っても、試験につきっきりである必要はなく、他のことをしながら行うことになっている。
魔法には魔術でいう特性はないが、その代わりに『親和性』が魔法の得手不得手に直接関係してくる。魔術の初期段階においても親和性は重要な要素だが、それは『属性』を得るためのものとして捉えられている。
その親和性を高めるためには『そのもの』に触れることが一番良い。
魔術で例えれば、水魔術の親和性を高めるには、水に触れることが一番であり、土魔術であれば、土をいじることが親和性を高める。
魔法でも、属性に対する親和性もあるが、それ以外の物事にも親和性が関わってくる。
料理や掃除、歩くことや話すこと、生活のすべての部分が『魔法の親和性』にかかわってくる。
だから、この期間にはコップの水へ魔力を流すことだけに尽力するのではなく、可能な限り多くの経験を積む必要がある。
親和性を高めるには、実際に経験できなくとも想像することや、書物を読むことでも効果は発揮する。幸いにもこの家には、書物は大量にある。
望むならハームの町に行っても良いし、資源や魔物が豊富な銀の森で散歩するのも良い。
もちろん、町や森ではステラとミリーは、魔術が使えないただの子供なので、ライアンかセーラムが必ず付き添うことにはなるが。
次の日、ステラはライアンと剣の稽古をしていた。
ライアンに剣術の指南を受けるためである。もちろん魔法の試験は忘れてはいないが、経験をすることが重要なのであれば、いっそやりたいことをしようと思ったからである。
銀の森で毎日駆けまわっていたから体力はあるし、剣術に関しては奇書や蔵書に埋もれていた指南書などで知識はある。
ライアンは王都の武器屋から剣を5本調達してくれた。
その剣の中からステラに合うものを選ぶため、ライアンが稽古がてら剣の相性を見てくれることになったのだ。
ライアンも木剣ではなく鉄の剣だが切れ味は殺してあり、ステラの剣を受けるだけのつもりなので問題はない。
剣を持ち替えながら稽古をしていくと、ステラはライアンの予想を超えて俊敏な動きを見せた。
ライアンの剣術の技量であれば、素人剣術のステラの剣を受けきれないなんてことはないが、ステラの動きは洗練された……というよりは背丈が低いステラがライアンの動きを俯瞰しているような、そんな立ち回りだった。
「ステラ、一旦休憩にしましょう。それと一応魔法の適性試験をしたほうがいい」
「?」
ステラは首を傾げたが、ライアンの言葉にハッとし、いつでも試験ができるようにと、近くに置いてあったコップの水に魔力を込めてみた。
すると、コップの中に2つの丸い球体が浮かび上がった。
1つは緑色の球体。もう1つは黒い靄に覆われたような白い球体。
「おお、これは素晴らしいではないですか!」
ライアンは感嘆の声をあげていたが、無表情のステラはしかし、内心パニックなっていた。
これがなんなのか。
少女の頭でもその正体が理解できてしまった。
きっとこれはライアンと自分の影なのだ。水の中の球体はそれぞれの『生物としての特性』なのだろう。
自分の影には、自分の存在には黒い靄が掛かっているのを知ってしまった瞬間だった。
「ステラ。ライアンに聞いたよ。もう一回だけやってくれないかな」
心を落ち着かせるようなセーラムの声がして、ステラははっとする。ライアンがセーラムに伝えてくれたのだろう。
目の前の母親であるエルフは、泣きそうなそれでも何か決断したような複雑な表情をしている。
「うん。大丈夫だよ」
ステラはさっきと同じように、コップの水に魔力を注いでみる。
銀と緑の中間のような色の球体と、黒く汚れたような赤い球体。
ライアンは緑色だったが、セーラムは銀色が混ざっているようだ。やはり自分は……。
「これは、いわゆる探知魔法だね。私がステラと会った時の魔法だよ。そのせいなのか、それともたまたまなのかわからないけど、親和性が高いみたいだね」
セーラムにぎゅっと震える身体を抱きしめられ、少しステラは安心した。こんなにも汚い自分を温かく包んでくれることが嬉しかった。
「ちょっとその時の話をしようか」
ステラは迷うことなく頷いた。
セーラムの言葉でなら、救われるような気がしたから。
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