魔法の恐怖

 ライアンが町に戻っていくのを見送った後、セーラムは家の前で思案していた。

 目の前にはもう、家の扉があるのだが、入っていくのが躊躇われた。

 重い雰囲気には耐えられない。

 落ち込んだミリーの顔が見れない。私は魔術の師匠なんて無理だ。期待を裏切ってしまったようで心苦しい。


「はあ……、よし!」

 意を決して、扉を開けた。


「「「!!!」」」


 扉を置けた先では、ミリーがステラを押し倒していた。

 

 ステラは静かな赤い瞳で何事でもないようにミリーを見つめている。

 対してミリーの顔は真っ赤で、その青い瞳からは動揺しているのが窺える。


(ステラのあの表情! ま、まさかステラが誘い受けした!? ステラ恐ろしい子!)


「き、キノコ採りに行こうかな。あは、あははは……」

 セーラムは静かに扉を閉めた。口笛が吹けるなら吹きたい気分だ。


(普通だったら「ママ、これは違うの!」とか、「セーラム様、転んでしまっただけです!」とか言って、すぐに扉を開けるはず。……そう、すぐにでも……?)


 待ってもお決まりの弁解がないのを不思議に思ったセーラムは、扉に耳を当てて中の様子を窺った。


(ほ、ほら! もう行ったから確認させてよね)

(本当に脱ぐの?)

 え、まさか本当に!? 噓でしょ!? 私に見られたのに続けるつもり? さっきミリーと目が合ったよね?


(そうよ! 早く脱いで。すぐに終わるから)

(ミリー……怖い)

(怖くないわよ!)

(……痛くしないでね?)

(しないわよ! 何考えてるのよ)


 そして、聞こえてくる衣擦れの音。セーラムの鼓動が高鳴っている。


(綺麗ね)

(え、うん)

(どれどれ……)

(ひゃっ!)

(変な声出さないでよ!!)

(だって、我慢……できない)

(お尻も綺麗なのね)

(も、もうやめて……ミリー)

(まだ駄目よ。もっと……)



「もうダメえええええーーー!!!」


 我慢できずに、扉を開けるセーラム。

 目はジッと閉じられている。


 きっと、間違いだ。

 これは私の過剰な妄想力が働いてしまったせいだ。

 ステラは服なんて脱いでいない。

 ミリーは痴女じゃない!! 

 そう。妄想とはいえ、二人を穢してしまった私を許して!


 セーラムは恐る恐る、そーっと目を開ける。


 

 全裸のステラと、未だ押し倒した状態のミリーがいた。


 二人とも微かに頬を上気させている。


「「「いやああああーーーー!!!」」」


 三人の声が銀の森に響いた。





 夕飯をテーブルに運びつつ、セーラムは口を開く。

「で、ステラの種族が気になったから全身を確認していたと」

「はい。それだけだったんですけど……本当にすみませんでした!」

「もういいよ。一応納得したかな。私はてっきり…」

「ママ」

 ステラがそう呟き、シチューを口にする。

 今日の夕飯は、シチューとパン、香草入りのサラダという簡単なものだ。動揺しすぎてナイフを使えなかったのだ。

 ミリーの気持ちもわからないでもない。常識で考えてもステラは一見して魔人属なのだが、角らしいものもない。だからと言って尻尾もないし、ドワーフのように肌が褐色のわけでもない。


「娘のゆりゆりを見ちゃダメ」

「そんな言葉使うんじゃありません!」

 微かに高揚するセーラム。

「? ユリ? 花がどうかしたんですか?」


「何でもない。今日もママの料理はおいしい」

「ふふ、でしょ? ミリーもいるし材料は奮発したかな」

 ミリーが二人の様子を見て、

「二人とも仲がいいんですね」

 呟く。その顔には若干の影を落として。


「家族だからね」

「家族……ですか」

「ママとずっと一緒」

「そうなのね」

 完全に俯いてしまうミリー。


「そうだ! ご飯を食べたらお風呂に入って、そのあと実験しようかな」

「実験ですか?」

「コップの水を増やしたり減らしたり、色を変えたりする実験かな」

「ママは、コップの水でオオカミを作れる。まるで本物」

「それが出来たら、水でオオカミが出来たら弟子にしてくれますか!?」

 立ち上げるミリーの顔は真剣そのものだった。

「ええ? それは……」

「ママ、私も弟子にして!」

「ステラ? どうしたの急に」

「私もママみたいに、なりたい!」


「うーん……」

 さて、どうしたものか。

 ステラが魔法に興味を持つことは覚悟していた。私のやっていることに興味を持つ子だから。

 けれど、魔法はそう簡単には教えられない。

「とりあえず、今はご飯を食べようか。実験の前に改めて魔法について説明させて欲しいかな。それでも魔法が使いたいっていうなら、考えてみよう」


 2人はその言葉に目を輝かせ、急いで夕食を平らげた。

 

 夕食の後、ステラが一緒にお風呂に入ろうと誘ってきたが、セーラムは断った。

 ステラとミリーのあの光景を見た後に、ステラの裸を見るのは何か……こう……いけない気がしたのだ。

 なので結局、3人は別々に風呂に入った。




 テーブルの上に乗っているランタンは、優しくも頼りない光源で部屋を照らしている。

 それを囲むようにステラとミリーがセーラムに向き合う様に座っている。


 セーラムは薬草茶を淹れ、2人に飲ませた。

 銀の森の少し奥に行った採取場所でとれる薬草を混ぜ合わせたもので、集中力の上昇と、体内の魔力腺の流れを整えてくれる効果がある。

「よし、じゃあ始めるよ。いいかな」

 セーラムの声に、頷く二人。


「昼間、説明出来なかったところから行くね。疑問があったらいつでもいいから質問してね。

 まず、回復魔術についてかな。

 実は、回復魔術はそもそも『魔法』なんだよね。魔術6属性のどの系統にも属しない魔力の行使。つまり『魔法』に該当すると考えていいかな。

 それと、上級属性魔術って呼ばれているものだけど、これも場合によっては『魔法』にあたる場合がある。魔術書の説明によると『温度を支配する火属性と、水属性とをかけ合わせる』とか、単純に『魔力を増幅させた水属性の上級』として記述されているけどね。これはある意味水魔術を2重で掛けているとか魔術の研究では言われているみたいね。

 でも、属性魔術を掛け合わせた上級属性として、ではなく『氷』をイメージしている場合、これは『魔法』に該当する……ここまでは、理解できる?」

「セーラム様に話を聞くと、魔術は無駄な手順を踏んでいる気がしてきますね。それに比べて魔法は単純な気がします」

 両手を合わせ嬉しそうにするミリー。セーラムは魔術には詳しくないとは言っていたが知識が豊富なことに喜んでいるようだ。


「私は回復魔術出来るから、既に魔女!」

 ステラは、胸を張っている。

「ステラが最初に回復魔術……、回復魔法を使用したときはびっくりしたかな。でも、だからと言って魔法を簡単に教えるわけには行かないし、使わせたくない」

 一旦ここで区切り、セーラムは深く息を吸った。


「魔法は使用者の魔力を消費して、使用者の想像したものを実現させることが出来る。だから、危険が伴う。

 私が仮に、『マティス国の魔物をすべて消す魔法』を使えば実現してしまう。それの対象が魔物じゃなくて人間でも同じことかな。偽の硬貨を作り出すことも、正体不明の疫病を作り出すこともできる。

 悪いことだけじゃなくて、もちろん良いことも魔法では出来るよ。でも、その危険性を理解出来ないなら魔法どころか、私は2人の魔力線を一生使えなくしてもいい」

 

 二人は静かにセーラムの話を聞いていた。

 セーラムの言葉を受けた少女達は魔法の危険性に関して、想像を巡らせて恐怖しているのだろう。

「魔法は怖いんですね」

 ミリーが静かに呟く。

 それを聞いてステラも神妙に頷いた。


「さらに魔法を行使した場合、使用者の残存魔力量を考慮してくれない。魔術の場合は、魔力が足りなければ発動しないか、威力が減じたものが発動するのは知っているよね。

 けれど、魔法はそこまで親切じゃない。

 さっきの例の、マティス国の魔物を全滅させる魔法を行使した場合、消費する魔力は、とてつもなく膨大なものになるのは確実。十分な魔力がない場合、使用者の何かを代償にしてまで魔法は発動してしまう」

「代償? どんなもの?」

「簡単な例でいえば生命力かな。最悪死ぬ、かな」


「それでも魔法発動のための力が足りなかった場合は?」

 ミリーが質問をした。聡い子だ。

「それでも足りなかった場合は、使用者の近くにいる者の生命力を奪うことが多い。時には、大事な人を無くしてしまうこともある。でも魔法発動の代償に足を失ったり視力を失った人もいるみたい。私は、私の師匠しか知らないけど、過去の魔女は皆そうやって命を落としている」


 セーラムは、緑の瞳をさらに深い色に落としていた。

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