なにそれ
2人はハームの町から帰ってきていつも通りの日常を過ごしていた。
セーラムは依頼された薬を調合したり、足りなくなった材料を森の中に採取しに行った。調合に疲れたら、お茶を飲んでゆっくりしたり本を読んでいた。
ステラは短剣を持って魔物の狩りに専念している。
ステラは、ここ最近は魔術よりは剣術にハマっていた。
奇書で読んだサムライというキャラクターに憧れているらしい。
魔物の狩れない夜になると、ステラは倉庫にあった古い短剣で素振りをしたり、奇書に書いてある「必殺技」の再現を真似したりと、必死に練習をしている。
その様子を見て、我が子にためにセーラムは「王都から剣を持ってきて」とお願いの手紙を友人に送った。
そして、セーラム達は「掃除」をすることを忘れていた。
ハームから帰ってきて疲れからすぐ眠ってしまった彼女らは、掃除のことを忘れていた。
完全に。
掃除の事よりも「ステラのための剣」の方が楽しみになって、意気揚々と友人に手紙を送ったのだ。
「あ、来たかな」
調合をしつつ、探知魔法を発動していたセーラムが顔を上げ、窓の向こうのステラに教えた。
ステラは、今日来るという知らせを受け、銀の森の中には入らずに外で短剣の素振りをしていた。
「どのあたり?」
素振りをやめ、汗を拭いながらセーラムにきく。
「まだまだ遠いよ。ハームの町を出たあたり」
「そか」
答えを聞くと、また素振りを始ようと剣を振り上げるが、そこで動きを止めてセーラムに向き直った。
「ママ?」
「どうしたのかな」
「掃除しなくてよかったの」
そこから二人は、必死に掃除を、というか邪魔なものの移動をした。
異次元空間へ。押し入れの中にとりあえず荷物を適当に詰めるように。
この段階になってようやくこの日のためにわざわざ、着せ替え人形になってまで買った洋服を収納空間に見つけて、慌てて魔法で洗濯をして着替えた。
銀の森に向かう2人。
「本当にこんな森に魔女様がいるの?」
「いますよ。でもミリー、注意してくださいね。六花の魔女は気が難しい人なのですよ? それと何度も言いますが、弟子を取るかどうかもわかりませんよ」
「わ、わかってるわよ。会ったことはないけど、魔女様がどういった方なのか、理解はしてるつもりよ」
「そうですね。一生懸命文献を漁ったり頑張っていましたもんね」
1人は、如何にも魔術師らしい大きな杖を手にしているヒト属の少女だ。
少し癖のある金髪を、ボブ程度に切りそろえている。その瞳はステラとは対照的に、澄んだ水色で、少々ツリ気味の目からはキツメの印象を受ける。
もう1人は、エルフ属の象徴である耳が長く伸び、灰色の髪はごく短く刈り揃えられている。
長身でヒト属でいうところの40歳ほど見た目をしており、所々に皺が見て取れる。腰には剣を携え、背中には荷物が入った背嚢とは別に、贈り物用の袋に包まれた荷物がいくつがあった。
「本当にわかっていますか?」
「わかっているわよ! 魔女様はスラッとした長身の絶世の美女で、その瞳は見つめられただけでも、魅了されてしまうのではないかと思う程の新緑の色、そして雪のように綺麗な銀髪の髪の毛、そして凛として佇むその高貴なお姿!! ああ。もう早くお会いしたいわ!」
途中から、自身の言葉で興奮してしまったのか、早口になってくいく。
実際のセーラムは、とても成人しいるようには見えず、凛としている印象はない。むしろ庇護欲が駆り立てられるような見た目をしている。
(大丈夫なのですかね。妙なことにならないといいのですが)
綺麗な洋服に着替えたため素振りをするわけにもいかず、ステラは家の中で出来る魔力操作の練習をしていた。
コップの中に容れた水を、魔力操作で量を増やしたり減らしたり、色を変化させたりする練習だ。
水の量を増やすのは、水属性。
減らすのは、火属性の魔術を使う。
土属性で水の中に鉱物を発生させる。
難易度は上がるが、風属性や火属性を使えば凍らせたり、沸騰させることもできるようになる。
最初は容器を壊してしまう可能性があるため、丈夫な鍋で行っていたが、ステラの目の前にあるのは、ガラスのコップである。
もっと繊細な魔力操作できるようになれば、風属性で空中に浮かせつつ行う。
以前、セーラムがお手本を見せたときには、星の形やウルフの形に変形させた。構成しているものは水であるものの、一見して本物に見えるような精巧さだった。
魔力操作の練習をしていたステラも足音に気づいたのか、
「あ! ママのお友達、来た!」
と、声をあげて外に出ていった。
セーラムはその様子を微笑みながら見送り、紅茶の準備をするためにキッチンに向かった。
「お。かわいらしいお迎えが見たみたいですね」
魔女の家から出てきたステラを見て、剣士エルフは手をあげ笑顔を浮かべる。
「いらっしゃいませ。おまちしていました」
お辞儀をしながら、ステラは丁寧に挨拶をする。練習をしたのだ。
「これは丁寧なあいさつを有難うございます。私はマティス国『灰の騎士』ライアンと申します。こちらは魔術師見習いのミリーです」
ライアンは左手を臍に当てて腰を軽く折る、騎士の礼節に則った挨拶をした。これは腰の左に据えた剣が抜きにくい体勢であり、相手に敵意はないという意思の現れである。
紹介されたミリーは軽くお辞儀をする。
「私は、ステラ。よろしく」
練習した挨拶以外は、いつも通りの言葉遣いのステラ。
「ママが待ってるから、入って」
「魔女様は中にいるのね!?」
「そんなに慌てないでください。魔女は逃げませんから」
ミリーを先頭に家の中に入っていく三人。
「あら、養子でも取ったのかな。ライアン」
家に入ると、紅茶のポットを持つセーラムがいた。
「魔女セーラム殿、あなた様の変わりない『小さな』お姿を拝見できましたことを嬉しく思います」
騎士の挨拶をするライアン。
「む、そっちはいつも通りに堅苦しいね。髪の毛もまるで岩みたいに綺麗に整えて。まるで融通が効かないあなたを表現しているみたいね」
「騎士ですから。全員この髪型ですよ」
「あなた、部下に刺されないようにしなさいよ」
ミリーとステラは、二人の顔を見比べる。エルフ二人は真顔だ。
「……」
「………」
「「ふふっ」」」
二人同時に笑い出す。
「あは、あははは。ほら、紅茶冷めちゃうから座って。ハームの町のクッキーもあるよ」
「ふふっ、そうさせてもらいますよ。あなたに頼まれた荷物、結構重かったんですから」
「ほら、二人も座って。こんにちは。魔術師さん、私はセーラムだよ」
「ミリー……です」
ミリーは上目遣いでセーラムの笑顔を見上げ不思議そうな顔をする。
「いやはや、薬の調合方法送っていただいて助かりましたよ」
「それは良かった。手遅れにならなくてよかったかな」
話し込んでいるライアンをじっと見つめるミリー。
「ああ、ミリー。申し訳ありません。セーラム、この子は魔女の弟子になりたいようでして、どうしてもとせがまれて連れてきたのです。魔術の才能は私が保証します」
「魔女の弟子ね」
胡乱げな目のセーラム。
「あの、セーラムさん。魔女様は一体どこに?」
ミリーは家の中を見渡す。
「えっと、ライアン?」
セーラムは胡乱げな目はそのままで、ライアンに助け舟を求めた。
「ミリー、この目の前のお方が、六花の魔女こと、セーラム・セプティム、その人だ」
「えっ」
ミリーは驚いた顔でセーラムを見つめる。
「た、確かに銀髪で瞳、目を見張るほどの美人だけど……」
もう一度、セーラムを観察しなおす。
「小っちゃくて、なんかこう間抜けな顔よね」
「ミリー!!!」
ライアンが止めようとするが、時すでに遅し。
「あは、あはははは……そんなに、間抜けに見えるかな……」
目が座った暗い笑い声をあげるセーラム。
「で! 本当の魔女様はどこ!?」
「ミリーーー!!」
ライアンがミリーの口を抑える。
さっきそれをやっておけばよかったのに。
「ふ……私なんて所詮耳が短いだけのエルフだよ」
(貴重な闇落ち表情のママ!! ミリーに感謝)
それから、面々は銀の森の中の開けた場所にいた。
ここは、森の中でも日が当たる数少ない広場で、休憩ができるようベンチがある。
ミリーの言葉にショックを受けたセーラムが「ちょっと外の風にあたってくる」と行ってこの場所に避難し、ライアンの説得とステラのママ自慢で、ようやく自分の失態に気づいたミリーが、セーラムを追う形でこの場に集合したのだった。
勿論ステラが案内した。
「ごめんなさい! 私失礼なことを言ってしまって」
ミリーは顔を赤くし謝罪をする。
土下座の概念があれば、そうしていただろう。
しかし、土下座は奇書にしか乗っていないからミリーは知る由もない。
「ああー。いいのいいの。間抜けなのは知っていたし、私も大人げなかったかな」
セーラムは溶けたようにベンチに寄りかかっていた。
「それで、私……私……」
「悪いけど、私、魔術の弟子は無理かな」
「!! ど、どうしてですか!?」
ベンチに座りなおしたセーラムは、ライアンを見る。
「ライアン、私の説明してないのかな」
ライアンはため息を吐く。
「あの事ならば、説明なんて出来ませんよ。冒険者としても国家騎士としても、あなたのことは禁則事項に当たります」
「あ、そっか。そうだった」
よいしょと、ベンチから立ち、広場の中央に立つセーラム。
「ステラにも言わなきゃいけなかったし。ちょうどいいかな」
あたりを見渡すセーラムは、木を指さす。
「じゃあ、ステラはあっち、ミリーはそっちの木に向かって魔術を放って。延焼しちゃうから火属性はダメ。それ以外ならなんでもいい」
頷く二人。
「風よ風、我の力となれ。刃となり敵を切り裂け。ウィンド・カッター!!」
「水よ水、我の力となれ。氷となり敵を貫け! アイス・シュート!!」
ステラはよく使う風の魔術を、ミリーは水属性の魔術を放ち、木に命中した音が聞こえた。
二つの木には、その魔術が命中した跡がくっきりと残っている。
「ふむふむ。二人ともいい感じじゃない。じゃあ今度は私ね。ほい!」
セーラムは、右手から風の刃を、左手から氷の塊を飛ばしそれぞれステラとミリーが目標にしていた木に当て、なぎ倒した。
風の刃も氷の塊も見た目は、二人のものと変わらないのに威力は桁違いだ。
「凄い……」
「無詠唱魔術!? 初めて見た」
驚いている二人に満足したのか、セーラムは笑った。
「あはは、これは魔力と技術があれば、まあ、なんとかできる範囲だから。本当に見て欲しいのはこれからだよ」
セーラムは、倒れた木に向かって手を伸ばす。
飛び散った木の破片や、横倒しになっていた木の幹が浮かび上がり、もとあった場所に戻って行く。
全てが組み合わさったのように、そこには元通りの木が立っていた。
セーラムは直した木に歩いていき、幹に耳を当てる。
「うん、ちゃんと水を吸ってるね。ごめんね、ありがとう」
セーラムは木の幹を撫で、ステラとミリーに向き直る。
「さて問題です。私が今やったのは何かな?」
ステラは拍手をし、ミリーは目が点になっていたが、セーラムに質問され、固まった。
「……ママがやったこと?」
「そう、私はなにをしたのかな」
「セーラム様は、無詠唱で水魔術と風魔術で木を倒して……」
「うん、それから?」
うーんと考え込む二人。
「木を元通りに直したわよね。木を直すなら土魔術? でも、木を動かせる魔術はないわよね。風魔術で空気を使って動かしたとか?」
「でも、木は今も生きている。回復魔術が木に効くか試したことはないけど、木が生きるためには、幹の中に水を通さなきゃ出し、確か光も必要」
考える二人に、満足そうに頷くセーラム。
ライアンはベンチに座って、持ってきた本を読んでいる。
剣の騎士であるライアンによって魔術云々は専門外なのだろう、あんまり興味がないのかもしれない。
((何の魔術を使ったんだろう。使うにしても同時にいくつもの魔術をつかえるのだろうか))
考えすぎて頭が痛くなった二人は、その場に座り込む。
そして二人は見つめ合い、頷いた。
「「わかりません」」
そう、わからないことはいくら考えてもわからないのだ。
セーラムのようにエルフが長年の研究の末辿り着いた魔術なのかも。
魔術を極めた者の考えていることなんて、少女たちにはわからない。
「それはそうだよね。これが分かる魔術師が居たら、私もびっくりしちゃうかな。王宮魔術師とか、国家魔術師でもこれはできないと思うから」
「「え」」
「今私がやったのは全部、魔術じゃありません」
「「ええ!?」」
「魔法です」
「「ま、魔法!!?」」
なにそれ。
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