着せ替え
森ウルフが町にやってきた次の日。
事の始末はどうであれ、「荒野の矢」は、町の若い男達や冒険者の注目の的になっていた。
昨夜の件は「荒野の矢」が、セーラム達を救出して森ウルフを撃退したという話になっていた。
その方が町の人達が信じるし、無駄に注目されたくなかったセーラムに取ってはこれ以上のない筋書だった。既にギルドとは口裏を合わせている。
森のウルフを手懐け、魔物と戯れるほどの実力と気鋭をもった勇敢な冒険者。
それが町の人が抱いている「荒野の矢」の姿だった。
森ウルフは単体では強くはないが、その群れとなると厄介な魔物として脅威ランクもそれなりに高い。森ウルフは狩りの時に仲間と一緒に連携を取る魔物だからだ。
そんな森ウルフと戯れることが出来る実力を「荒野の矢」が持っていることは確かだし、森ウルフも飽くまでも玩具としてだがディック達に懐いていた。
「荒野の矢」のリーダーは、昨日酷い怪我をしていた弓使いのリックなのだが、リックは基本的に無口なので、よくディックがリーダーだと勘違いされる。
戦闘の時に周りがよく見える弓使いが、パーティーのリーダーになることは少なくない。
リックは冒険者としての知識も経験も豊富で、元々は剣士だった彼は近接では予備の剣に持ち替え、時には魔術師の盾にもなる。
盤面から一歩引いた立場で指示を出すリックは、「荒野の矢」の正真正銘のリーダーである。
兎に角、ディック達は今、町人に囲まれて森ウルフに遊ばれている。
「この町は、平和でいいね」
セーラムはステラと手を繋ぎながら、町を歩いている。「荒野の矢」が森ウルフと遊んでる姿を横目にしながら。
セーラム達は、もともとの目的でもある服を買いに行く途中だった。サリーもついて行くと言っていたが、「昨日の件で疲れているから、休んでおいてね」とセーラムに説得され、今は家でゆっくりしているはずだ。
「ママ、私もウルフと遊びたい」
「じゃあ、後で行こうか。まずは可愛い服を買わなきゃね」
「うん!」
アンナから事前に店の場所を聞いていたので、迷うことなく目的の店に来ることが出来た。
「この店かな」
目の前には、『竜宮屋 ハーム支店』の看板を掲げた店がある。
ちりりん。
ドアベルが鳴る。竜が鐘を咥えているようなデザインのベルだ。
「いらっしゃいませー」
店に入るとすぐに、店番の女の子がセーラム達のもとへやってきた。
15歳くらいの茶色の髪をツインテールにしている子だ。背丈はセーラムよりも少し小さい。
「うわあ、かわいい二人。何かご入用ですか? 防具? それともご洋服でしょうか?」
「うん、この子の洋服を選んで欲しいかな」
「おおー、この子のですね。あ、申し遅れました。私竜宮屋のコニーって言います。よろしくお願いします」
「私はセーラムだよ」
「ステラ」
「ステラちゃんだね、じゃあ、ちょっと採寸するからこっちに来てね」
ステラの腕をとって、奥の部屋に入っていくコニー。
売り場に残されたセーラムは、売り場を眺めることにした。
コニーが言っていた通り、ここは冒険者用の防具と一般的な洋服が並べられていた。
「これにも、竜の刺繍が施してある。どれどれ」
セーラムは、竜の刺繍に手を当てる。
(これは、ごく少しだけど、形状維持の効果かな。確かに防具は壊れにくくなるし、衣類は破れにくくなるかな)
それにしても、今はこういったデザインが流行っているのか。
ワンポイントの刺繍はシンプルなのだが、服の作りは体形が出やすい形状になっている。
「はーい、採寸終わりましたよ。お次はお姉さんですよ」
コニーに連れられてたステラがトテトテと、セーラムの元へ駆け寄ってくる。
「あ、私はいいんです。この子だけで」
「採寸しましょう」
「いえ、大丈夫」
「採寸しましょう!」
「えと、聞こえてるかな?」
「採寸しましょう!!」
「ママもはかろー」
「……はい」
しぶしぶ、採寸室に連れられて行くセーラム。ステラは、後をついてきた。
「測りますねー」
メジャーを使い、手慣れた様子で身体中を測って行くコニー。
他人に自分の体を測られるのは、何か気恥ずかしいものがある。
コニーの手に持っているあの紙には何が書かれているのだろうか。私の知らない私の情報……。
「終わりましたよ。お姉さんはなんでも、お似合いなると思いますよ」
それは、いいことなのだろうか。
セーラムには判断がつかなかった。
「次はこの服です!」
「……また着ないと駄目なの?」
ステラの服はすぐに決まった。ステラに合うサイズが少なかったので、今後のことも考えてまとめて買ったのだ。
今は、白いワンピースを来ている。
「セーラムさんは、本当にお人形さんみたいで綺麗ですね」
「というか、まさに着せ替え人形にしているよね。遊びしてるよね。コニー」
「はい! ごめんなさい。 その通りです!!」
気持ちのいいほど、コニーはあっさりと認めた。さすがに5着も着せられ、セーラムの好みでもない服を勧められれば気づく。
しかもなぜ、メイド服や、奇書に出てくる様な女子学生の服があるんだ。
そして、ステラはそんなセーラムの姿を見て、
「ママ。綺麗」
「ママ、いい!」
「ママ、至高の存在!!」
「ママ、ママ!!!」
「あ、鼻血でちゃった……」
大興奮です。
かくして、ステラは「全部似合うから、全部買おう?」と主張したものの、セーラムは派手なものは苦手なので、結局は試着した中でもシンプルなものと、自分が選んだ何着かに止めた。
会計の時に、コニーが服を畳んでくれながらセーラムを覗き込む。
「そういえば、お二人は普段何されているのですか? お仕事とか」
「仕事?」
「はい。もし、お仕事で使用する服がご入用なら是非、ご相談してくださいね。ここになくても、別の支店や本店から仕入れることもできますので」
「あー、うん。その時はよろしくね。今は間に合ってるから大丈夫だよ」
セーラムにその時が来るのかはわからないが、覚えておこう。きっとステラが旅に出たいと言ったら、その時が来るかもしれない。
大量の洋服は、バレない様に『収納魔法』を使って異次元に保管した。
これで大きな荷物を持ったまま、平原を歩かないで済む。
ーーーーーーーーーーーー
「「ただいまー!」」
やっぱり我が家は落ち着く。
竜宮屋で服を選んだあと、サリーに銀の森に帰るという挨拶をしに行った。
サリーとは、会うことは少ないものの、手紙のやり取りは定期的に行っているし、今後は町に来ることも多くなるだろう。
エルフであるセーラムと、ヒト属であるサリーの間には流れる時間が違う。既に老体であるサリーとの別れはそう遠くはないかもしれない。
だからこそ、その絆を大切にしよう、とセーラムは心に決めた。
ギルドにも顔を出した。
昨日世話になったことだし、今後の事の考えて冒険者としての礼儀を一応、通しておくべきであると判断したからだった。冒険者は町に来た時と離れるときはギルドに顔を出すことがお約束になっている。
昨日の時の緊急事態に召集しやすいようにだ。
アンナに帰る挨拶をしたところ、「どこの町に?」とかの探りや、「実は、困ってるんですよ」という依頼を受けろという話をされたが、セーラムは、努めて無視をした。
町の門を過ぎ去る際に門番の詰所に出向いて、
「もしかしたら、王都から知り合いが来て、この町によるかもしれないからよろしく」
という話をした。
ステラは森ウルフの少女(?)とじゃれ合い、その場に居合わせた町の人はもちろんだが「荒野の矢」をも目を丸くさせ、唖然とさせてしまった。
そして、何事もなく銀の森の家に帰ってきた。
「町、楽しかった」
町で手に入れた新しい本を手に、喜んでいた。
「これからは、たまに遊びに行こうね。私も楽しかったかな」
町での楽しかったことを思い出そうと、異次元から保管した土産とか服を取り出すため、収納魔法と使おうとしたところ……。
「しまったー!!」
「ママ?」
頭を抱えているセーラムを不思議そうに見つめる、ステラ。
「場所がない……。せっかく買った服も、このクマの置物も、置く場所がない……」
「ほんとだ」
部屋の中には調合材料の魔物の牙や骨、薬草、毒草、鉱石や色とりどりの液体が転がっている。
調合材料があるのはまだ仕方ないが、床には異国の置物が雑多に置かれ、部屋のいたるところには書物が適当に放置されている。
セーラム達が歩く場所は最低限、確保されているものの、ハームの町で買ったものを置けないし、客人を招待するには狭過ぎる。
ソファも自分たちが座る場所のみしか空いておらず、食卓も半部以上が本や瓶などが占めている。
そう、端的に言えばセーラム達は、汚い部屋に帰ってきたのだ。
楽しい旅行の後に、自分の部屋が汚いことを再認識する。
一瞬にして旅の余韻も消し飛んでしまう。
そして、絶望するのだ。
それが今セーラム達に襲い掛かっている。
「「掃除しなきゃ」」
……でも、今日は休もう。そう決めた二人でした。
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