今なんて?
「で、では? 森ウルフはじゃれたくて街道に姿を現していただけ、と?」
「そうみたい。人間と一緒に遊びたかっただけだってさ。でもそのうちに、剣で斬られたり、矢が当たったから、本気なっちゃったんだって。まあ、人間でも遊んでいた友達に殴られたら、普通は殴り返すよね。そんな感じかな」
「そんな感じって。こっちは迷惑ですよ!?」
宴会がとっくにお開きになった、静かなギルドのバーカウンターにアンナとセーラムは向かい合って座っている。
ステラはもう2階の宿部屋で眠らせている。
寝させる前にはもちろん、ベッドがヨダレで汚れないように、魔法で体を綺麗にして清潔な服に着替えさせてある。
「大丈夫、大丈夫。そのことはちゃんと向こうにも説明……というか、説教しておいたから。人間は玩具じゃないし、人間の町に来るのは非常識だって」
「そ、それなら、いいんでしょうか? もう、この町を襲うことはないんですね?」
「うん、そもそも街道に強そうな相手がいたら遊んでもらっていただけで、町には近づかなかったて言ってたかな」
「遊びだと? 俺らは死にかけたんだぞ!!」
近くのテーブルに座っていた『荒野の矢』の剣士、ディックが樽ジョッキを叩きつけて、叫ぶ。
「ディック、静かにして。他の方が起きちゃうでしょ。今はセーラムさんの話を聞きましょうよ」
「チッ」
「魔物にも人間にも、それぞれ事情があって生活がある。森ウルフの長も今回の件は、けしかけた自分たちが悪いからと言って謝っていたよ」
軽く肩を竦めつつ、出されたカクテルに口をつけるセーラム。
「お、これ美味しい」
「でも、なぜ町の入り口に森ウルフがいるんだ!? なんで一緒に連れて帰ってきた!」
冒険者の一人が、たまらず立ち上がる。さっきまで腕を骨折していた弓使いだ。
「あー、『荒野の矢』の皆さんと遊びたいみたい? 久々にはしゃげて楽しかったみたいで……。付いて来ないでって言ったんだけどね。一応、手加減するようにお願いしてるし、無駄に人間を襲わないって約束しているから心配しないで」
苦笑いのセーラム。
「マジかよ……。溜まったもんじゃないぜ。俺たちゃ、おもちゃかよ」
もう一人の剣士が漏らす。
「何言ってんのよ、依頼を出したギルドの責任もあるけど、幸か不幸か仕留めきれなかったあなた達の責任でもあるのよ」
「好かれたくないもんに好かれちまったな」
魔術師がちびりと酒を飲んだ。
「つーか、さも当然のように嬢ちゃんは森ウルフと会話できるみたいだけど、アンナは本当に嬢ちゃんのことを信じているのか?」
ディックが当然の疑問を投げた。
「信じるしかないのよ。これを見ちゃったらね」
そういって、アンナが先程の石板に視線を移す。セーラムの情報が表示されているのだろう。
「なんて書いてあるんだよ」
テーブルから立ち上がり、こちらに向かってるディック。
「待って。他の冒険者の情報は、許可なしに閲覧してはならない、かな」
「そうです。私は見れるけどね」
誇らしげに胸を張るアンナ。セーラムにはない部分で主張している。
いや、セーラムにもあるよ? でも自慢できるほどではないのだ。
「あ、ああ。そうだったな」
頭を掻き、ディックは元の椅子にどかっと座った。
「うーん、でも私が自分で言うには問題ないから、言っちゃおうかな」
その言葉に、一斉に顔を向ける4人。
「私、魔女だから。って言ってもたいしたもんじゃないけど」
「……」
「………」
「…………」
「いや、魔女なわけないだろう。魔女はあれだろ? 魔術に精通していて、不可能を可能にする存在。御伽噺のなかのモンだろ」
「俺もこんな綺麗なお嬢ちゃんが、魔女だなんて信じられんね」
「嘘なら、もっとましな嘘をついてくれ」
それに対して、アンナがため息を吐く。
「セーラムさんの言っていることは、本当よ。それに若いっていってもセーラムさんはエルフだから」
「そう、私はアンナより、サリーよりも年上だんだよ?」
そういって、髪を掻き上げて三連のピアスが並んだ耳を晒す。ヒトの耳ではなくエルフの耳がついている。
年上なのだ。『嬢ちゃん』はこそばゆいのでやめて欲しい。
敬うが良いぞ。ドヤァ。
「確かにエルフだが、サリー婆さんよりも年上? お嬢ちゃんじゃ無くて、セーラム『婆さん』なのか。一体何歳なんだ?」
「は?」
ぴしっ
場が凍った。
呼吸をすることさえ、許されない威圧感が部屋中に満たされた。
不敵な笑みを浮かべたセーラムは、
「今なんて言ったのかな。聞き間違いだといいんだけど。ああ、検問所の森ウルフにお願いしようかな。冒険者4人と遊ぶ時は、手加減しないようにって。ああ、それも必要ないかな。だってこの場で私が氷漬けにして森ウルフの長のところへ連れて行ってあげるから。きっと痛い思いをするだろうね。長も謝っていたけど、やっぱり4人を恨んでいると思うし。ね? 今『婆さん』て言った? 言ってたら即実行なんだけど」
早口で捲し立てた。
それに対して、勢いよく首を横に振る4人。
「……私の聞き間違いってことでいいのかな。ね?」
今度は首が取れんばかりに、首を縦に振り続ける男達。
「じゃ、いっか」
にこりと、笑うセーラム。
「お、おい。アンナもういっぱいエールをくれないか? なあお前らも飲むよな!? こんな美女と酒を交わせる機会なんてないからな。セーラムお嬢も飲まないかい? 俺らが持つからよ」
ディックが他のメンバーの顔を伺いながら、なんとか声を縛り出す。
「お、おうよ。俺にも同じやつを。いやあ、こんな魅力的なひとがいるとはね。生きててよかったぜ」
「銀髪も綺麗で見惚れちまうよ」
「そんなに、言わなくてもいい、かな」
あからさまなヨイショに、ムスッとしながらも顔を赤らめるセーラムであった。
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