森ウルフ
「荒野の矢」サイド
夜の町の中を全力で走る男達。
冒険者になって20年ほど、既に冒険者としてのピークを過ぎている面々は、そろそろ引退を考えていた時期でもあった。
狩りなれたオオカミ種だからと、舐めてかかったのが間違いであり、冒険者としては致命的な失態だった。
彼らは歳のせいか、それとも自分たちの力に慢心していたのか、手負いの森ウルフを侮り、その代償として手酷くやられたのだ。
なんとか、森ウルフの群れを討つことが出来たが、受けた怪我の状態は思ったより悪く、森ウルフを完全に掃討出来たかの是非を確認する余裕がなかった。
「荒野の矢」の面々は逃げるように、狩場を後にして帰ってきた。
そしてギルドで受けた、なんの見返りもない少女の回復魔術。
ただ困っているから、痛いのを治してあげたいから。
純粋な赤い瞳が男達の目に焼き付いていた。
聞けば少女たちの歓迎会だったというではないか。その少女が歓迎会に水を差した男たちの身を案じて治療してくれた。
回復魔術は高等な魔術だということは知っている。魔力量の消費も少ないくないはずだ。それなのに結局「荒野の矢」4人の傷を治してくれた。
何が、「森ウルフを退治してやったんじゃろうが!」だ。
なんという傲慢だったのだろう。
助けてやった。俺らはそれは単純な自己満足だ。いつから、栄誉や誇りではなく、謝礼と金銭を優先的に求めるようになった?
商売の才もなければ、鍛冶も出来ず、薬の調合も出来ない。だからせめて冒険者になって人の役に立ちたいと思った。他に取り柄がなかったから。
先程の少女の回復魔術のおかげで、魔物との戦いで受けた傷も、治療に時間がかかるはずの骨折も既に完全に治っている。
少女が治したのは身体の傷だけじゃない。
男たちは燃えていた。再度、心に火が付いた。
男達はもう女神様の加護を受けたのだから。
小さな女神様の命は、俺らが守らなければ。
薬屋の前には、3体の森ウルフの姿があった。「荒野の矢」が依頼先の森で狩った森ウルフよりも一回り、二回りも大きい。3体のうち、もっとも小さいものでも3メートル超えであり、群れのかなでも優秀な個体であることは確かだ。
現場に到着した「荒野の矢」からはかなりの距離が離れている。どうやらこちらの様子には気づいていないようだ。
(くっ、最悪だ。やはり生き残りがいたか。しかも、俺らの仕留めたヤツよりもデカい)
3体の森ウルフたちとは別に、薬屋の間には3つの影が見える。
「荒野の矢」は武器を構え、ジリジリと薬屋に近づいていく。
店の入口近くで倒れているのは、店主であるサリーか。
その横に寄り添い、しゃがんでいる小さな影はステラに違いない。きっと、森ウルフに襲われたサリーを回復魔術で治療しているのだろう。
では、ウルフ三体に対峙しているのは、少女の姉セーラムだろう。
あの華奢な体格では、とても森ウルフに敵うはずもないことは明白だった。
「くそ、マズいな……」
剣士が悪態をつくが、セーラムは何を思ったのか最も大きい森ウルフにふらふらと近づいていく。
「「おい、嬢ちゃん!! 危ない! そいつから離れな!!」」
思わず、警告の音をあげる「荒野の矢」の面々。
森ウルフがその声に反応したのか、冒険者にその顔を向けた。距離は十分に離れているが、その瞳はしっかりと敵対心と殺気を孕んでいた。
「グッ、この殺気……群れの主か?」
殺気を放つ森ウルフを諫めるように、森ウルフの首に抱きついたセーラムは、何かを訴えているような素振りが見て取れた。
セーラムに抱きつかれた森ウルフは、冒険者に興味を無くしたのか、今度はステラをちらと見遣る。
「な、なに? 一体何をしているんだ……?」
セーラム達を襲う気配のない森ウルフに、疑問を持つ「荒野の矢」だが、その場から動けずにいると、森ウルフ2体がセーラムとステラにそれぞれ噛みついた。
「なっ!!!」
驚いた「荒野の矢」をその場に置き去りにして、森ウルフ達は姉妹を咥えたまま、町の闇へと駆けていった。
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「セーラム、ステラ」サイド
セーラム達が薬屋の前に着くと、そこには倒れたサリーと対面する3体の森ウルフがいた。
「私の友人に手を出すな!!!」
激高したセーラムが、サリーを庇うようにその間に割り込んだ。ステラはセーラムに少し遅れて、サリーに近づき「おばあちゃん。おばあちゃん」と声を掛けた。
「ここは、あなた達の来るべき場所じゃない! 帰りなさい!」
怒りを抑えることなく、その瞳は森ウルフを睨みつけた。
『グオオッ!!』
森ウルフも負けじと、セーラムに威嚇を放つ。
「ママ。おばあちゃん、怪我してない」
「……よかった。ここに来た目的は何?」
サリーが無事と聞いて、冷静になったのだろう。少し口調が和らいでいる。
『グル……』
「何も話さないのなら、残念だけど、人間の街に来てしまったのだから排除しなければならないの」
今度は諭す様に語りかけるセーラム。
『……我の娘がヒトに襲われた。ヒトの臭いを追って報復に来たのだが……』
三体の中でも一番大きい森ウルフが話始めた。
「それで?」
言葉が通じることに森ウルフは耳をピクリと動かしたが、言葉を続けた。
『報復の目標を見つける前に薬草の匂いがしたのだ。ここには良い薬があるんだろう。それで娘を治せないかと』
「……娘さんは、生きてるの?」
『ああ、まだ生きている……だから……』
「「おい、嬢ちゃん!! 危ない! そいつから離れな!!」」
男達の叫び声が、響く。
『!!! あいつら! 我が娘をあのような目に合わせおって!!』
冒険者にその顔を向け、怒りをあらわにする森ウルフ。魔物の黄色の瞳が揺らめき、グルルと低い唸り声が地を震わす。
「駄目!! 私があなたの娘さんを治せる!! 今は娘さんを助けてあげて! あなたがここで暴れたら私はあなたを排除しなくちゃならない!」
セーラムは、森ウルフの首に抱きつくと同時に、冒険者達が襲ってこないように影縫の魔法を使った。高ランクの魔力抵抗がない限り、あそこから移動できないだろう。
「そこにいるステラは、私の娘なの。だから、だから……」
言葉を詰まらせるセーラム。森ウルフはステラを見つめる。
「……ママ?」
消え入りそうな声で呟くステラ。
『エルフ属の娘よ。泣いているのか?』
セーラムはその質問には答えず、「私があなた達を救うから」と呟く。
『……お前は我の娘のために涙を流してくれているのだな。我の命も守ろうとしているのだな』
「……」
『……力を貸して欲しい。お主の気持ちを無下にするほど、この身は腐っていない』
「うん、ありがとう」
『……それはこちらの言葉だ。では、娘のところまで案内しよう。急ぐゆえ、少々手荒な方法でも構わないか?』
「いいけど、手荒って何を? わっ!!?」
セーラムは自身の胴体を森ウルフに甘噛みされ、呆気にとられた。
でも痛くはない。……よだれでヌルヌルするけれど。
親に甘噛みされ運ばれる、犬科の子供の気持ちが変わったような気がする。
事態を飲み込めないステラは、目を丸くしている。
「あ、うちの娘も連れて行ってくれないかな? ステラ、この子達と一緒に行こう」
『御意』
「う、うん」
そうして、甘噛み搬送されて夜の町を後にする二人。
「ママ、温かくて、気持ちいいけど。気持ち悪い」
「わたしも」
(ヌルヌルしているママ、う、鼻血出そう!)
疾走する森ウルフに咥えられながら、それぞれが複雑な気持ちになるセーラムとステラだった。
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