ギルド
広場で少し話した後サリーは、店に戻っていった。
サリーは歳ということもあり、直接調合などの仕事はしないものの、調合方法の指導をする必要があるようだ。知恵袋みたいな位置づけなのだろう。
セプティム姉妹、もとい、親子はハームの町の人に囲まれて、夕食を頂いていた。
事の経緯は、サリーが2人をギルドに案内したことに始まる。
「やあ、アンナ。このお人は私の命の恩人なんだ。門で足止めを食らっちまったもんだから便宜を図ってほしんだが」
アンナと呼ばれた若い女性職員は、セーラムとステラを怪訝そうな顔で眺める。
「えっと、何かあったんでしょうか? 他の町で来たのなら馬車で来たのでしょう? 手違いか何かあったんですか?」
「あー、いや。違うんだよ。セーラム様達は馬車では来てなくてね。歩いてきたそうだ」
「はい? 王都にしても港町にしても馬車じゃないと来れない距離ですよ? ましてやこんな女の子二人ならなおさら無理です。からかわないでくださいよ」
少しあきれた様子でサリーを見るアンナ。
「えっと、私達は銀の森から来たんだけど……」
「あー、そんなサリーさんの冗談に乗らなくてもいいんだよ?」
セーラムの言葉にアンナは肩を竦めるが、サリーとセーラムの反応がないことに違和感を覚えて真剣な顔になる。
「え、本当なの? 銀の森に人が住める集落なんてあったかしら」
「セーラム様」
「うん。これ見て」
サリーに促されて、セーラムは左耳の3連ピアスを見せる。セーラムはエルフ属の中でも耳が短いために、耳を見せるためには髪を上げないといけない。
「え、エルフだったんですか? しかも石像と同じピアス。銀の森……銀色の髪……ちょっと待ってくださいね。ギルマスに相談してきます!」
アンナは立ち上がりギルドマスターに報告及び相談しに向かった。
「まあ、そんなにうまくことが運ぶとは思えないけどね」
「大丈夫ですよ。いざという時はセーラム様に教えてもらったポーションを種に脅しますから。もうギルドには売らないって」
「そこまでしなくてもいいかな。服さえ買えれば他は何とかなるから」
「ママ、町の人に嫌われてるの?」
セーラムの不安が伝わったのか、ステラがセーラムの服を引っ張り心配そうな声を出す。
「うーん。嫌われてはいないと思うけど、邪魔者にはされるかも」
銀の森からやってきた正体不明のエルフなんて、近くの町の人からすれば厄介者と思われても仕方ないのだ。
サリーはセーラムのことを気にかけてくれているが、そうすることでサリーに迷惑が掛かってしまうのは気が引けてしまう。
しばらくすると、アンナが戻ってきた。
「お待たせしました。ギルマスから今日は町に泊まってはどうかということでした。明日までに町人のカードを作って置くそうです。宿にはこちらから連絡しますがどうしましょうか?」
アンナは先程とは打って変わって丁寧な言い方をする。
「思ったよりすんなりいったじゃないか」
「『幼い姉妹は保護しなければならないし、もし本物の『銀の森の魔女』であった場合、この町に箔がつく!』だそうです。丁重にもてなせとも言われましたよ」
実際のところは「銀の森の魔女」どころか、セーラムは高名な「六花の魔女」である。銀の森の魔女はついでのようなものだ。
「そうだね。久々に町の料理も食べたいし、ゆっくりして行こうか、ステラ」
「うん、楽しみ!」
と言うことで、セーラムとステラはギルド兼宿場兼食事場で、食事をしている。
ギルドの受付は入り口近くにあり、奥には食事場、二階が宿屋になっている。ハームの町は小さい町で、冒険者も少ない。だからギルドと宿を兼ねている。小さい町ではよくある形態だ。
「うおー、嬢ちゃんたちかわいいな」
「是非うちの息子の嫁にならない?」
「ふぉふぉふぉ、孫を見るようじゃわい」
「銀色の髪の毛、綺麗よねえ」
「あの瞳で罵られたい」
「見てるだけで、安酒が高級品になるなあ」
普段はこんなに盛り上がることのない食事場が、まるで祭りのように賑わっている。セーラム達は町人に囲まれ、勧められた料理を口にしたり、酒を注がれたり注いであげたりもした。
ステラにとって、セーラム以外との会話は新鮮で、口にする料理は衝撃で、みんなで騒ぐことが楽しかった。なにより、セーラムが町人に囲まれている事が誇らしかった。
ステラが、横に座るセーラムを見上げると、本日何度目かの交際を持ち帰られている場面であった。セーラムがエルフということはすでに皆は知っているので、幼い見た目だが、愛らしい容姿に惹かれて男たちが寄ってくる。
「是非俺の妻になってくれ! 鍛冶の修行中なんだが、きっと店を大きくして、幸せにして見せる!!」
「あは、あはははは……」
「何言ってやがる! 俺はもう商人として独り立ちしているんだ。俺と一緒に暮らそう!」
酒に軽く酔っていることもあって、セーラムは顔を赤くし苦笑いで有耶無耶にしている。
(照れてるママも最高!!)
どんっ!!
「静かにしねえか!!」
セーラムを中心に騒いでいた町の人々が、一瞬にして静かになり自然と視線は、店の端に陣取っている四人組の冒険者達に向けられた。
全員が30から40の男で、剣士が2人と魔術師1人、そしてもう一人は腕に包帯をしている。どうやら骨折しているようだ。
「俺たちは、依頼をして疲れてるんだ!」
「お前らの町のために、街道に出るっていう森ウルフを退治してやったんじゃろうが。ちったぁ怪我人に気を遣ったらどうじゃ!!」
腕を負傷している一人が最も負傷しているものの、他の三人も決して万全といえるような状態ではなかった。
おそらく、依頼の報告にギルドに来て、そのまま食事をとっていたのだろう。
傷だらけの鎧をつけたままで。その顔には疲労が滲んでいた。
ここから移動しようにも回復が十分でないことは明らかだった。
セーラムの近くにいた老人が男達の方に歩んでいく。
「すまないね。ついつい、はしゃいじまったわい。近くの魔物を退治してくれて感謝している。女神様の加護を」
老人は詫びの言葉を入れると、右手を胸に当てて目を閉じた。
すると、老人に習うかのように、店内の人々が「女神様の加護を」と口にした。
「けっ、そうされちまうとな……。俺らも気が立ってたんだ、すまないな。おい、姉ちゃん、もう一杯エールをくれ」
剣士は罰が悪そうに、殆どからになった樽ジョッキを傾ける。
「ママ、『女神様の加護』ってなに?」
不思議な光景を目にしたステラは、セーラムにきく。
「冒険者の人たちが、困難……、困った時に女神様に助けてもらえるようにかける言葉かな。怪我をしませんようにって」
「怪我してるの?」
ステラは一生懸命に首を伸ばして、男たちの姿を探す。
ステラの低い位置からは、男達の様子が見れていないらしい。
「うん、結構痛そうかな」
それを聞いたステラは目を丸くし、椅子から降りて冒険者たちの方へと向かう。
「え、ステラ?」
セーラムは呼び止めるが、ステラには聞こえなかったらしい。
「ん? なんだ。見せもんじゃないぞ」
寄ってきたステラを見ると怪訝そうな顔を浮かべる剣士。
「おじちゃんたち、痛いの?」
「あ? ああ。そうだ。おじちゃん達は痛くて疲れて、静かにして欲しいんだ。だから、ママのところに帰んな」
剣士は、ステラを帰そうと掴もうとするが、ステラはあっさりと身を翻し、怪我をしている冒険者に寄った。
「ど、どうしたんだい嬢ちゃん」
とっさに声をあげる怪我人冒険者。
「なおす」
ステラは怪我をした腕に触れ、目を閉じる。
「治す? おまじないか何かかい?」
ステラが触れたところがぽうっと光る。
「ありがとうお嬢ちゃん。気持ちだけでも貰っておくよ。さ、お母さんのところに帰ると良い」
そう言い、怪我人冒険者は『両腕』でステラを抱き上げる。
「あれ?」
自分のしたことが信じられない元怪我人。
骨折していたはずの腕が、痛みも違和感もなく完璧に治っている。
「なおった?」
抱えられたまま、首を傾げるステラ。
「「「「えーーーーーー?」」」
まさかの光景に、冒険者はもちろんギルド職員も、町の人々も驚いていた。なかには口から、食べていたものやエールを噴き出すものも。汚い。
(やっちゃったかな……)
遠い目で天井を見つめるセーラムであった。
「すっっげえな、お嬢ちゃん!!」
ステラはガタイのいい男にひょいと担がれ肩車をされる。
「まさか、こんなに可愛くて小さい子が回復魔術を使えるなんてなぁ。女神様の加護のおかげかもなあ!」
「俺たちにとっては、ステラちゃんが女神様だけどな」
「俺らの怪我も治せるのかい?」
「多分」
そうして冒険者全員の怪我を治してあげたステラは、みんなのアイドルになっていた。
「妹さん、回復魔術使えるんですね、流石です」
そして、セーラムはギルド職員のアンナに捕まっていた。
「あは、あはははは……」
面倒なことになりそうなので、誤魔化そうとするセーラム。どこからか、「ステラちゃん、僕の子にならない?」という声が聞こえた気がして、必死に声の主を探したがセーラムには見つけられなかった。
回復魔術は、一般的に親から子へ引き継がれるものと認識されている。
子が回復魔術を使えるのならば、親も回復魔術を使用できるのは当然だ。人間の魔力は基本的には、成長と同時に増えていく。
なので……。
「で! ステラちゃんとセーラムさんの親御さんのお名前は!? 是非当ギルドの回復職員に!!」
いや、親は私です。ほら、御存じの通り、私エルフなんですけど。
こんななりですが、一応「六花の魔女」なんですけど。
……なんて言っても信じてもらえそうにもない。
けど。
「私がステラの母親です」
嘘と思われるのを覚悟で言ってみる。
「……」
「………」
「またまたあ!!」
やっぱりダメかー。
「嘘じゃないんだけど。ステラも私のこと『ママ』って呼ぶし」
「そんなの証明になりませんって」
冗談と受け取ったアンナは、盛大に笑う。
実際は、ステラとセーラムに血の繋がりはないので、本当の親ではないが保護者であることには違いない。
「でも、私も回復くらいなら出来るよ」
「なんと、やはりセーラムさんも回復魔術を!! そうだ! この石板に手を置いてください」
かららん。
「おい!! 誰か来てくれ! 魔物が! 魔物が来た!」
息を切らし血相を変えた男が、ギルド舎の扉をぶち開けた。
「何があったんですか!?」
「魔物が……サリー婆さんの薬屋を襲っているんだ!!」
その言葉を聞いたセーラムは、立ち上がる。
サリーが?
私の大事なハームの町の友人。
ヒトの命はエルフに比べて短い。
それでも、魔物に大切な友人を奪われたくない。
「ステラ!!」
セーラムの切迫した声に、ステラはセーラムの方に走り出す。
声に反応したステラを確認するとステラが来るのを待つこともなく、セーラムはギルド舎を飛び出した。
「ちょっと、待ってください! 外はもう暗いんですよ!! ほら!『荒野の矢』も怪我はもういいんでしょ! 行きなさいよ!」
「お、おう。行くぞ。お前達! 嬢ちゃん達を守るんだ」
アンナの声に気圧されて、四人組の冒険者もギルド舎から出ていった。
街灯もまともに灯っていないハームの街並み、少し肌寒さを感じる。
「おい! 待て、嬢ちゃん達じゃ、魔物の相手なんて出来ねえ!」
ギルド舎を出て、セーラム達に向けて声を張り上げるが、彼女達の姿は既に無く、声は夜の暗闇に消えていった。
「薬屋はさっきのところだな。恩人を死なせるわけにはいかない。走るぞ!!」
先程までの賑わいが嘘のように静まり返ったギルド舎の中、アンナは頭を抱えていた。
「なんで、急に……。いや、落ち着け私。まずは、ギルドマスターに報告して、いや、その前にポーションの準備を…………。 これは……?」
不測事態に目が泳いでいたアンナだが、その視線は一点に留まった。
セーラムが手を置いた石板に表示されたものに、アンナの目は釘付けになった。
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