ハームの町

「というわけで、本日はハームの町に行きます」

「おおーー」


 客人を迎える準備の一環として、ハームの町へと向かう二人。

 おめかし……というほどではないが、セーラムも町に行くのは久しぶりだし、ステラは初めてだからそれなりの恰好をしている。

 第一印象は大事なので。

 水色のワンピース服に身を包んでいるステラは、楽しそうに半ば跳ねながら歩いている。このワンピースはセーラムが魔法で裁縫したものだが、無難なデザインのものなので、町で浮いてしまうことはないだろう。 

 セーラムもワンピースだが、緑色の生地で大人らしいデザインになっている。これは昔、町で買ったものだ。



 ステラが町に行くことを怖がるかもと、セーラムは懸念していた。

 町に行くということは、セーラム以外の人間に初めて会うのだ。

 ちらとステラを見ると、草原の中に見つけた花をしゃがんで観察している。どうやら杞憂に過ぎなかったらしい。


「楽しそうだねえ」

「ママと一緒だから!」

「そうだねえ」


 セーラムも町に行くのは楽しみだった。やっぱり買い物とかするのは楽しいのだ。


「あ、ステラ待って。これ、忘れていた」


 セーラムは、ペンダントをステラの首にかけてあげる。


「はい。これはお守りだよ」

「ほおぉ。ありがとうママ」


 嬉しそうにペンダントを観察するステラ。

 ペンダントの先には、かすかに光る橙色の石が付いている。

 一時的の効果しかないが、ステラの存在を誤魔化すために作ったものだ。



 魔物と人類が混じったような存在。

 それは、初めてステラと会った時から変わらない事実である。

 探索魔法やそれに類するスキルを使用すれば、ステラの存在に疑問を持つのは必然だろう。そうなった場合、どんな事態になるだろうか。

 魔物に乗っ取られた人間だとか、新種の魔物であるとか。どう考えても、穏便に進む未来は想像できない。


 だから、短時間ではあるがステラを「ヒト属」だと認識させる魔法具を作った。セーラムの探知魔法でも、問題なくヒト属として認識されている。

 探知魔法の深度をあげれば多少の違和感はあるが、この辺りにそんなことがわかる者はいないだろう。そもそも探知魔法やそれに類するスキルを持っている人物なんて、そうそう居ないのだから。

 

 ステラがもしも旅に出るなら戦闘中に邪魔にならず、盗まれないような工夫を何かしなくてはならない。

 半永久的に効果を発揮することは当然として。それの研究を進めなくては。


 銀の森とハームの町の間には街道はない。

 ハームの町から銀の森へと向かう人間なんて、もの好きしか居ないからだ。なので2人は、ひたすら平原を進んでいく。少しの高低差はあるもののそこまで歩きにくくはない。


 ここの平原の魔物と言えば、知能の低いスライムとか野ネズミ、運が良くて角兎くらいしかいない。街道であれば盗賊とも遭遇するかもしれないが、こんなにだだっ広い平原で待ち構える馬鹿はいないだろう。


 とりあえず、セーラムの探知魔法には、盗賊らしき影は見えない。

 ステラに服を汚さないように、魔物が出たら魔術を使うように言い聞かせて2人はのんびりとハームの町まで進んでいく。




「ママ、町が見えてきた」


 嬉しそうに指を差すステラの先には、町をグルリと囲んでいるのであろう2メートル程の石壁が見えてきた。


「でも門はないのかな?」


 壁をよじ登る選択肢はないので、探知魔法で周囲を確認すると門番らしい二つの影があった。


 しばらく門番らしい反応に向かって歩くと、町の入口らしきものが見えてきた。槍を持った二人の男が確認できる。

 先程の探知魔法の影はこの二人のものだ。

 男達の間には、馬車も通れそうな両開きの扉がある。


 町が見えて興奮しているステラに対して、セーラムの顔は少し曇っていた。


「あー、今こういう風になってるんだ。どこでもこうなのかな」

 前に来た時にはこんな門はなかったはずだ。


「お嬢さん達、こんなところでどうしたの?」

 怪訝そうな目をしつつも、心配そうな声を出す門番の男。


「あ、えーっと、ここはハームの町で間違いないかな?」

「ああ、ここは確かにハームの町だけど、一体どこから来たんだい? 街道からそれたところからやって来たみたいだけど」

「むこう」

 ステラが銀の森を指差す。


「向こうって、銀の森じゃないか。もしかして、悪い商人に捕まって……でも、身なりは綺麗だな」

 門番はムムムと言いそうな顔で2人の姿を観察する。

 どうやら、奴隷商人に捕まって逃げ出した親子に見られているらしい。


「ま、いっか。親御さんは?」

「え」

 なるほど。「親子」ではなく「姉妹」に見られていたみたいだ。


「私たち二人だけです。入れないのかな」

「えーと、ギルドカードは? 持ってたりとかする?」


 門番も心底困っているようである。

 それもそうだ。

 銀の森から来た迷子の姉妹。

 見かけは14か15歳と、8歳くらいの姉妹である。一応この世界の成人が16歳なのだが、どう頑張ってもセーラムは未成年にしか見えないだろう。


「……ない」

 セーラムどうしようかなと俯く。


 ギルドカードなら昔使っていた商業用と冒険者用があるのだが、要らないと思って家に置いてきた。セーラムが昔ハームの町に来た時には、門はなかったからだ。

 そして、ギルドカードは命よりも大事なもので持ち歩かない人間なんでいない。もし「家に忘れたから持ってきます」と言ってたとしても、さらに怪しまれるだけだ。


「ステラ、ごめんね。町に入れないかも」

 私のせいで町に入れないなんて、情けない。完全に準備不足だ。


「あー、困ったなあ」

 門番の男達も困り果てていた。

 自分たちが悪者のような立場になった上に、どこからかやってきた可愛らしい姉妹を泣かせてしまった。

 なんなら「今日はおじちゃんたちが特別に町に入れてあげよう!」と言えたら良かったのだが、当然そんな権限などない。やってしまったら、自分たちの首が危ない。


 しばらく不安そうなステラの頭を撫でていたセーラムが、ふと思い出したように顔を上げた。


「では、薬屋のサリーさんはいますか? 知り合いなんです」

「あ、ああ! サリー婆さんね。ちょっと待っててね」


 やっと、解決策が見つかったと喜ぶセーラムと門番達。

 門番の一人が詰所に声を掛けると、中から門番と同じ格好の男性の姿が出てきて、町の中へと走っていった。




 しばらくして。


「あんた達!! 失礼なことしてないだろうね」

 遠くから元気な老婆の声が響いてきた。


 その老婆の横には、詰所から走って行った男性が並んでいた。


「サリー婆さん、この嬢ちゃんの知り合い?」

「ややっ、本当にセーラム様じゃないですか!」

 質問を無視して、セーラムに寄ってくる老婆サリー。


「久しぶりだね。この間会った時は結婚式だったよね。元気?」

「そうですよ。手紙のやり取りはありましたけどね。もっと町に来てくださいよ」


 セーラムは知っている人物に会えたのでホッとした。

 そのやりとりを聞いた男性2人は疑問顔だ。結婚式?


「娘の結婚式の時には、貴重な白絹薔薇の花束を送ってくださって。娘も喜んでいましたよ」

「うんうん。サリーの時は季節が合わなくて、黄玉向日葵だったけどね」


 もっと首を傾げる男達。


(サリー婆さんの娘さんの結婚式って、俺が生まれる前だったよな? サリー婆さんの娘といえば40歳をとうに過ぎていたはず)


「ママ」

 セーラムの服の袖を引っ張るステラ。構って欲しい。


「あ、ごめん。この子は私の娘のステラだよ。ほら、挨拶して」

「ステラ・セプティムです。よろしくおねがいします」

 促されて辿々しいながらも、ペコリと挨拶をする。


「おお。何とかわいらしい。よろしくね。私のことはサリー婆さんって呼んでね」

「うん!」



「おいおい、ちょっと、待ってくれ!」

 いい加減やりとりについていけなくなった男性が声をあげた。


「サリー婆さん、ちょっと説明してくれよ。この子はあんたの知り合いなんだろ? 一体どういうことなんだよ!」


 サリーが肩を竦めて、ため息を吐く。

「簡単だよ。セーラム様は、エルフで、銀の森の魔女なんだよ」


 それを聞いて、改めてセーラムを見る男達。

 確かに耳の先は尖っている。

 そして話に聞いたことのある左耳の三連ピアス。


「ええー!!? 魔女様ああ!?」

 

 あれはおとぎ話ではなかったのか。




 町の中を歩くお婆さんと孫の姉妹。

 事情を知らない者であれば、間違いなくそう見える。


 サリーの案内で、町の広場の屋台を見て回り、ベンチに腰掛けている三人。


「いつの間にこんなに栄えたの? この町」

 セーラムは、ステラが焼き菓子を頬張る様子を眺めながら、隣を歩くサリーにきいてみる。


「セーラム様が知らないのも当然です。15年位前に鉱山と港町の、貿易の中間都市として役立つと認められたんですよ。商人も多くやってくるために街道も整備されましたし、安全のために塀も作りました」


 へえ、そんなことが。

 セーラムはこの町の位置と周辺の地形を思い浮かべてみた。沿岸都市と山との間に位置している。おそらくやっとあの山から豊富な鉱石が取れることに気づいたのだろう。それならば、納得がいく。


「あれはー?」

「あれは、森の魔女様の石像だよ」


 ステラは広場中央の噴水に建てられた石像を指さす。

 石像はスラッとした印象を受ける女性像で、右手には立派な杖を持ち、凛々しい顔で天を見つめている。


「私以外にも、魔女がいたんだ」

 セーラムは感心した様子で、石像を見つめた。


「いえいえ、あれはセーラム様ですよ」

「ふえっ!?」

 変な声が出たセーラム。


「この辺りは凶悪な魔物は出ませんでしょ? それはきっと森の魔女様の加護のおかげだ、ということで町の有志によって作られたんですよ」


 確実に人違いでは? 私にそんな加護はありません。


「ママじゃない!」


 ベンチから立ち上がり、石像を指差すステラ。ビッ!


「ママはもっと綺麗!! 石像じゃ再現できてない。雪のようにキラキラサワサワな銀色の髪、宝石のような瞳! 小鳥のさえずりのような声、春の花の様な香り! それと、それと……そう! ママはもっと綺麗!!」

 

 その声は広場に響き渡り、セーラムはあまりの出来事に口を開けたまま顔を赤くしていた。 


 

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