手紙
疫病の記事を初めて目にした日から、四日後の朝。セーラムが起きると、ベッドの中に寝息を立てるステラがいた。
一応ステラにも部屋があり、もちろんベッドもあるのだが、ステラはセーラムと一緒に寝ることが多い。
セーラムが自室で夜遅くまで「仕事」をしている日などは、ステラは自分のベッドで寝たりするが、基本的にママが大好きなステラはセーラムと一緒に寝る。寝付くまで、ママの話を聞くのもステラにとって特別な時間だった。
隣でまだ寝ているステラの頭を撫でてやると、ステラが身じろぎをした。
「ん、……ママ、おはよ」
「おはよう。まだ寝てていいよ」
「ううん、おきる」
寝ぼけ口調で返事するステラ。
盛大なあくびをし、ぐぐっと背伸びをした。
セーラムは微笑みながら、自分とステラの服をクローゼットから選ぶ。
ステラは赤目なので、赤い服がよく似合う。
ちらちら。
野菜のスープ、バケット、香草と一緒に焼いた角兎の肉、茹で玉子が、今日の朝ご飯だ。
ステラが寝ぼけていたので、朝食はセーラムが作った。
「ステラ、今日は何するのかな?」
「今日は調べものする」
「うんうん。いいね。私も今日は一緒に久々にゆっくりしようかな」
「うん、一緒!!」
料理をテーブルに置きながらセーラムがきくと、ステラは嬉しそうに頷いた。
ちらちら。
朝食後にソファの上で奇書を読んでいるセーラムに、寄り添いながらステラは魔術の本を読んでいる。
「そういえば、ステラも大きくなったよね。最初はこんなに小さかったかな」
セーラムは手の平で、当時の背丈を再現する。ステラは今でも小さいが、あの時と比べたら頭一個分は大きくなった。
「これからも大きくなる。ママみたいに」
「まだ未熟だけど、魔術の覚えはいいし、料理も上手。自慢の娘だよ」
「ママのおかげ」
ゆっくりしていると、白フクロウが新聞を持ってきた。器用に二本の足で丸まった状態の新聞を運んでくる。
手紙があれば、丸まった新聞の隙間に入れて運んできてくれる。
ステラは立ち上がって、白フクロウから新聞を受け取る。
「おはよう。いつもありがとう」
白フクロウは、ステラに顎のあたりを撫でられると、気持ちよさそうにクルッポーと鳴き、どこかに飛んで行く。
「ママ、お手紙あった」
ソファに座ったままのセーラムに、手紙を渡す。
「ありがと。お、やっと来たかな」
セーラムは差出人を確認すると、口元を緩めた。
ちらちら。
ちらちら、ちらちら。
手紙を開封しながら、セーラムはため息を吐いた。
「ステラ。さっきからどうしたの?」
いい加減ステラの視線に耐えられなくなったセーラム。
「いつ行くの?」
「え?」
ジッと睨みつけるステラに対し、思ってもいなかった言葉に困惑するセーラム。
「どこに?」
「疫病の解決!」
「ええー! 疫病ってこの間の新聞のこと?」
ステラは頷き、さらに困惑するセーラム。
この子は一体何を言い出すのか。
「……私は行かないよ? この森に居なきゃいけないし」
「……」
ステラも期待していなかった返事に、目を見開き絶句する。
「……ほんと?」
俯いて、身体を小さく震わせるステラ。
「私は行かないよ? ステラと一緒に家にいるよ」
なにか不安がっているのだろうか?
とりあえず安心させるために頭を撫でてやろうと手を伸ばすと、ステラはガバッと顔をあげた。
「ママなら疫病パッと治して! 綺麗な銀色なびかせて、キラッとさせて! 女神様とか崇拝されて! 銀色の笑顔でイチコロなんじゃないの!」
興奮した様子で、捲し立てるステラ。
ハチャメチャ。
支離滅裂である。
「はあ? 何のこと言っているの?」
私が家からいなくなるのが寂しかったわけではないのか。
「だって、きっとママなら疫病くらい楽勝でしょ? だから、今すぐにその町に行って……」
「まあ、まあ。落ち着きなさい。ステラさん」
セーラムは軽く眩暈を覚え、額に手を当てる。
ステラの興奮は冷めていないものの、セーラムの言葉を待つ余裕は出来たようである。
セーラムは新聞と送られてきた手紙を読み比べて、何度か頷いた。
「ほら、読んで」
ステラの目の前に差し出される新聞記事。
セーラムは読んで欲しい箇所を指さす。
「『疫病収束。王都の入出も解除へ』
昨日、王都の使者によって土壌改善のための肥料と、既に症状が出ている民のための中和剤が近隣の町に配られた。六花の魔女によると、今回の原因は作物に含まれるごく少量の毒素が原因とのこと。
毒素は栄養不足の畑や、保存状態で増えてしまう。そのため、六花の魔女の指示により、半年間は王都の使者を定期的に……」
たどたどしくも、ゆっくりと声に出して読むステラ。
「ほら、解決しているでしょ? もう心配ないかな」
優しい声を出すセーラム。
「ママ、六花の魔女って誰?」
新聞記事には、見慣れない単語が度々出てくる。
「あー、それはね」
それを忘れていたとばかりに、セーラムは先程開けたばかりの便箋を見せる。
「ほらここ」
そこを見ると、「今回の件は深く感謝する。六花の魔女殿」と丁寧な文字で書かれていた。
「私、六花の魔女って呼ばれてるんだ」
セーラムは疫病の新聞記事を読んだ後、比較的なんでも効く解毒剤と、疫病の詳細を要求する手紙を、王都の知り合いへと飛ばした。
手紙はいつもの白フクロウではなく、セーラムの召喚魔法で出した鷹で送った。鷹は力が強いので白フクロウと比べると、重いものも運べるうえ飛行速度が速い。
王都から疫病の詳細が送られてくると、セーラムは質問事項と考えられる対処法を返信した。
対処法を取った後にどんな反応があったかの王都から手紙が来て、それにさらに有効だと思われる対処法を返信する。
この様な手紙のやり取りを3回程繰り返した。
それを踏まえて、セーラムは肥料と中和剤のサンプル、それらの精製方法を一緒に送った。
それが昨日の朝のことである。
セーラムが一連のやり取りや詳細と話すと、ステラは静かに聞いていた。
(やっぱりママはすごい。天才!! すりすりしたい)
「でもでも、六花ってなに!?」
ステラは興味いっぱいの目を輝かせている。
ステラの表情に気圧されたセーラムは、ほんの少し顔を遠ざける
「六花っていうのは、雪の事だよ。ほら、私の髪の毛って雪に似ているから?」
「おおーー!! ママの髪の毛は綺麗!!」
セーラムの髪をさらさらと撫でる
「ママ、王都にお友達がいるの?」
「あ、うん。昔一緒に旅をしてたころの……、キャッ」
ステラはグッと母の手を両手で握りしめ、キラキラと期待だらけの目で見つめる。
「旅!!!?」
「あ」
(うわあああああ!! ミスったあ! この間ステラ、旅したいとか何とか言ってたな。うさ耳コスとかも言っていたような? いや、それは今は関係ない。ステラがうさ耳してたら、そりゃ無条件で最高でかわいいけど。めんどくさい。質問沢山されそうじゃん)
「……あっと……そうそう。私、そろそろ仕事しようかなー?」
セーラムは、キラキラした赤目に視線を合わせない様に。
「今日、一緒にゆっくりするって言った!!」
「う……」
いや、私がゆっくり出来ないんだけど、とは思うものの、そんなこと言えません。母親として。
しかし、面倒なことは回避したい。
「あ! きっと、その王都の昔の仲間が、ここにお礼に来てくれると思うから、その時話すね。ね?」
キラキラ赤目に負けない様に、じっと見つめ返すセーラム。
(どうだ。今は折れてくれ。私が呼べば、あいつなら間違いなく来てくれる。そうしたら、あいつに説明させようかな。うん)
果たして。
「ほんと!? じゃあ、それまで楽しみにしてる!」
満面の笑みを返すステラ。
(ああー。良かったけど、確かに良かったけれど。これはこれで酷い罪悪感を感じる!!)
母親の威厳を保つって、こんなに大変なのか。
まだ一日が始まったばかりというのに、疲れを感じる。
今日ゆっくりするのは正解だった気がする。
それからは、セーラムは奇書を読むことに戻ったが、なかなか集中できなかった。ステラがいつにも増してべったりとしてくるのだ。
そして、たまに寄せるキラキラした憧れの視線が、痛い。
ステラのべったりは一日中続いた。
食事の準備はもちろんのこと、食事中もだった。
お風呂も、いつでも。さすがにトイレに一緒についてこようとした時は断ったが。
夜、ステラの寝息を聞きながら、セーラムは考える。
この家に人を呼ぶなんていつ以来かな。
この機会に家の中の大掃除をするのもいいな。
ハームの町の人にも、ひとこと言っておいたほうがいいか。
その時ついでにステラの新しい服を買おう。
「むにゃむにゃ……、ママ、おいしい」
不穏な寝言を言って、ヨダレを流すのはやめて欲しいかな。
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