節分

節分、鬼払い!(1)

 節分。それは文字通り季節を分ける日。

 風の寒さとひだまりの暖かさが交互にやって来る2月も上旬。考えたことがないが今日は冬と春とを分ける日らしい。


 街角の大型ビジョンのテロップを何気に眺め、横断歩道を渡って街を歩く。

 今日は土曜で、オフだった。


 なんとなくいい天気で目的もなくオレは散歩に出てみたが、割とすぐに後悔する羽目になる。


「兄さん、助けてーーー!!!」

「鬼は外! 鬼は外! 鬼は外!!」


 子どもの容赦ない声が後ろからせまっていたので、そういえば豆まきも今日だよなと他人事で振り返ると……



 赤と青の金棒を持った巨漢がすぐ目の前に迫っていた。


「ぎゃーーー!!!」

「なんで逃げるんや! 兄さん困ったときに話しかけていいマークしてるやん!」

「痛い! 痛い!! 坊(ぼん)、ちょっと待って……」

「鬼は外――――――!!!!!!」


 なんとなく下町風情のありそうな場所に入っていたオレは、「それ」と同じベクトルの先に向かって猛速で駆けている。

 そう、追ってくるのは「鬼」だった。


 なんでオレ、鬼に追いかけられてんの!? 微笑ましい何かのイベントじゃなくて!?


 だからこそ微笑ましいくらいの他人事気分で振り返ったわけで。

 ……そうか、これイベントか。


 それから大分逃げまくって子どもの声がしなくなった頃だった。

 はぁはぁ息を切らせながら膝と両手をつきながらなんとなく冷静になる。

 一緒に逃げて来た人たちは同じように、すぐ近くで三者三様の場所で同じ姿勢になって息を切らせていた。


「ど、どうしたんですか?」


 今更顔を上げて聞いてみると。鬼。


 どう見ても本物でしたーーーー……


「どうしたもこうしたもない。せっかく観光に来たのに何やらあちこちで豆ぶつけられて……」

「わしらが一体何したっちゅーんや」


 わっと片腕で顔を覆って泣き始めたのは青鬼。どうみても青鬼。

 なんで関西なまり? 前にもこういう観光神魔いたけど、関西先に行ってきたの!? という感じのしゃべりっぷりと、いきなりの号泣ぶりにオレ自身は恐怖で青くなる間を失っていた。


 そういえば話しかけていいマークとか言ってたな。

 そういえばオレ、外交部の印章つけてたな。


 休日でも神魔特化の外交部員が街を歩く時は、こういう困りごとのある観光客(人外)のためになるべく徽章をつけるように言われている。

 いつもというわけではないが今日はなんとなくつけて、そのまま忘れていた。


「あー、うん……今日は節分だから」

「恵方巻っていうものを食べてみたくて出てきただけやで。なのにどこ行っても邪魔者扱いや」


 そうだね。豆まきって言ったら鬼は外だからね。なんでこんな日に出てきた。


 恵方巻の知識があるなら豆まきの情報くらい仕入れておいてほしいと思う。何も言えない。


「兄さん、外交の人やろ? 日本出身者は観光してはいけない日なん?」

「いえ。そんな日はないと思います」


 言いたいことがいろいろあるのでそれを払しょくする勢いで応えているオレ。

 目の前の赤鬼と青鬼は、ただ観光したくて出てきた日本由来の神魔のようだ。


「うーん。日本の神魔のヒトは珍しいから……観光客と認識されていないんじゃ?」


 こどもたちには精々、リアルな鬼役キターーーー!くらいにしか見られないであろう。

 住宅地やこども園、小学校付近はうろつかないように教えてあげたい。


「今日は観光はしない方がいいということか」

「そんな。恵方巻は今日しか食べられんのやろ!?」


 まぁ食べるだけなら明日でもいいと思うけど。恵方巻の真の意味で食べたいなら今日だろう。

 泣きながら訴えてくる青鬼をひたすらなぐさめている赤鬼の姿も、ちょっと同情を誘う。

 同時に思い出した。


 あれ? こんなむかし話なかったっけ。

 えーと。人間と仲良くしたい友達と、わざと悪役やって追い出される鬼の話。

 泣いた赤鬼だっけか。



 逆だよ。



「青の、明日にしよう。コンビニで売れ残りが売ってるかもしれない」


 切ない!

 ていうかコンビニとか売れ残りの知識があるのになんで今日のメインイベントが豆まきだって(以下略)

 二人は巨漢に似合わずしょんぼりした背中を向けて、辿り着いた土手の上を歩いて行こうとする。


「待って! 待ってください。オレが一緒なら豆とか投げつけられないかも……」

「兄さん、一緒に行ってくれるのか?」

「え……まぁ。わざわざ頼ってくれたんだし」


 オレは同情で窮地から誰かを救えるほど、強くはない(物理的な意味で)。問い返され一瞬にして後悔を覚えつつ、しかしひっこみはつかないので、今度こそ青くなりながら答えると二人は嬉しそうにオレの両脇を囲った。

 圧迫感がものすごい。


「ありがとう! 優しい人もおるんやな!」

「いだだだだだだだ!!!」

「すまんな。青のは涙もろくて……いいやつなんだが」


ガッシと毛むくじゃらな手でオレは手を握りしめられた。

フレンドリーに握りつぶされそうだよ! 離して!


オレの休日は、今日も今日とて神魔がらみで一日潰れそうな予感がした。

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