8.サンタクロースの贈り物

 ……サンタ服ってもともと法衣なんだっけか。

 そんなことを思い出しながらオレが手綱を握り、エシェルは忍と交代をしてプレゼントの置き配を担当する。

 後ろで司さんと忍はリストチェックとプレゼントの出し入れ。

 なんだろう、この万全の体制は。

 気のせいか、ものすごく仕事できる役割分担になっている。


 実際、そこから置き配のスピードは上がっていた。


「うーん、せっかく調子がよくなって来たのに、もう終わりか」


 各駅停車のリズムが快速になったことでストレスがなくなったのか、忍。

 スピードが上がれば30件はあっという間だ。

 最初も含めて3回ほど子どもに遭遇したが全員、エシェルを本物と信じて疑わなかった。

 まぁ金髪の異人さんがイブの夜中にプレゼント持ってサンタ服で現れたら、サンタを信じる幼気なこどもはみんなノックアウトだろう。


 なんだかんだいって、オレたちの判断は間違っていなかった。


「エシェル、お疲れ様」

「助かった。さすがに手際もいいな」

「てきぱきしてるから効率もいいし、ストレスがない」


 口々に労われて、一番目立って働いていた感のあるエシェルもやりきったような顔をしている。


「仕方ないな。手伝うと言ったからにはこれくらいしないと」


 なんだかんだ言って、人がいいんだよな。口ではいろいろ言う割に。

 今はもうよくわかっているので、素直に全員感謝ムードだ。

 むしろ、本当に感謝するに値する存在感だった。


 そんなふうに和んでいるとそこに現れてはいけないやつが現れた。


「なんだ、早かったな。広報組」

「広報組に実働させるってどういうことだよ。どっちかにしろ」

「結局、サンタやってるんですか、フランス大使様」


 ぷぷ、とあからさまエシェルをターゲッティングしているダンタリオンのわざとらしい笑いは和やかムードを見事にぶち壊してくれる。


「……秋葉」

「何?」

「今ここで、僕は彼にやられたことをし返してもいいんだろうか」


 やられたこと。

 出会うなり早々、炎で焼き殺されかけた。


「いいんじゃないの?」

「何言ってんだ秋葉。そこはあっさり肯定するところじゃない」

「だってお前、殺しても死ななそうだし悪魔だから焼かれるとか平気なんだろ?」

「平気じゃないわ」


 物理的な反撃の気配を感じたダンタリオンはさすがに分が悪そうに引き下がった。エシェルを本気で怒らせたことはないが、けっこう手痛いのが来そうな感じはする。

 でも今日は全面的にお前が悪い。


「サンタさんの具合はどうですか」


 忍が聞いた。今日に限っては紛らわしい単語だが、本物のサンタのことか。


「サンタならそこにいるだろう」

「!?」


 振り返るといつの間にか松葉づえをついた真っ白なひげの恰幅の良い好々爺がそこに立ってた。日本中の誰がどう見ても、サンタだった。


「ほーほーほー」


 笑い声もそれとか。ひげを撫でながらサンタ。おおむね日本人のイメージ通りだ。


「そなたたちが代理をしてくれたのじゃな。これまた珍しい組み合わせなことで」


 楽しそうに一同を見渡した。オレたち四人、そしてサンタから見ればその後ろにいるダンタリオン。


「この国は不思議な国じゃのう。白も黒も、みんな混じっとる。さしずめ今日は赤もお仲間に入れてもらったというところか」


 そして嬉しそうに言うと後ろに置いてあった白い袋をごそごそと漁りだした。


「私から良い子たちに、プレゼントを贈ろう」


 そういってサンタはオレたちに一人ずつ、「それ」をくれた。


 エシェルに渡したものは……見えなかった。

 片手の平に収まるほどの小さなもののようだ。

 ラッピングは特になく、中身むき出しなのだが次に渡されたのは忍で……


「ちょ、なんでイルカ」

「ラジコンだね。水中仕様とかなにこれ楽しそう」


 普通ではないラジコンに普通にうれしそうな女子がいる。

 司さんは……ラッピング?


「……?」


 本人が腑に落ちないような顔をしている。開けてみればよいのだが、日本人はプレゼントをくれた本人の前で開封、という習慣が確かにごく親しい人に対して以外ないような気はする。


「そなたの妹が喜ぶものが入っとる。あとで一緒に開けるとよい」


 そうほこほこと笑みを浮かべながらサンタはオレになぜか



 電車のおもちゃをくれた。



 なんで俺だけこどものおもちゃ……?



 本当に小さい子が片手に遊んでいそうな、片手に乗る、汽車か何かの運転車両だった。でもよく考えたら忍もラジコンだし、相手は異国のサンタだし、何も言うまい。


「エシェルは? 何を貰ったの」

「僕? 僕は……」


 忍が聞くとなんだか、嬉しそうな顔をしている。

 本当に珍しい、素の表情だと思う。

 ゆるく握った手のひらに視線を落とすようにして、それから顔を上げ、エシェルは微笑んだ。


「思い出、かな」

「なんだか素敵だね。エシェルだけ物じゃないっぽいのは分かる気がする」

「そうだな。忍はなんでラジコンなんだ?」

「この間、区立公園の池で船動かしてる人がいて楽しそうだなと思ったから?」


 プレゼントチョイスの真相は、サンタしかわからない。


「でも小さい頃、こういうのでよく遊んでた」

「お前、女子なのにラジコンなの? お人形とかじゃなくて」

「人形はなんか、夜怖い。周りが男の子ばっかりだったからかな。お父さんが好きだったから??」


 考えてみれば自分でねだる年でないならおもちゃを与えるのは親の役であり…

 いや、違うな。子どもだからこそ嫌なものはいらないって駄々こねるわ。この子、平気で与えられたラジコンとかで遊ぶ子には間違いないわ。


 ともかく、みんななんとなく嬉しそうなのであまり考えない方がいいだろう。きっとこの出来事自体がものより思い出。プライスレスだ。


「子どもたち。さぁよきクリスマスを」


 神魔のヒトが大人であろうと人間を子ども扱いすることはよくあることで。

 サンタにしてみてもそれは変わらないのかそれとも真っ白なひげのサンタには本当に自分たちが子どもに見えているのか……


 そしてオレたちは、最初で最後となるであろうサンタとの邂逅を終えた。



 *  *  *



「寒いね」

「普段、こんな深夜に出歩かないしな。雪でも降りそうだ」


 エシェルと忍は並んで先を歩いている。朝の気配さえそろそろしてきそうな時だ。実際は日の出が遅いから、暗いだけでまだまだ夜明けまで時間もある。

 大気が澄んでいるのか、妙に一等星が明るく見える。


「司さんは帰ってからのお楽しみですか」

「そうだな。まぁ忍や秋葉がもらったものを見ると……いや、森なら喜ぶものなのか?」


 おもちゃである可能性はとても高いが、忍が喜んでいるということは森さんも喜ぶもの……むしろサンタがくれたっていうだけで喜びそうだよなと思う。

 森さんと忍は価値観も似ているからして。


 しかし司さんにとってその辺りが混迷を極める状態にあるっぽい。


「秋葉のはどういう繋がり? 電車好きなの」

「そうでもない」


 前を行く忍から、変な汗をかきそうになる質問がきた。

 なんで全然脈絡もないものなんだろう。そこは疑問だったが。


  いや、違うな。


 それは、ひっかかるような僅かな記憶。


  これ、小さい頃にすごく大事にしてたやつじゃないか?


 オレは思い出した。

 そうだ。大事にしていたのに、壊れてしまった。車輪が折れてしまったのだったか。

 当時は珍しいくらい駄々をこねて泣き喚いたことも記憶にあり……


(そっか。これ、今じゃなくて子供のオレが欲しかったやつか)


 思いつくと全てにつじつまが合った気がした。

 忍は小さい頃からそういうもので遊んでいたというし、司さんも小さい頃から双子の森さんを大事にしていただろう。

 自分だけこれ、なのではなくおそらくみんな「子供の時にほしいと感じたもの」なんじゃないかと思う。

 エシェルに関しては、おそらく「物」ではないのだ。形のない「もの」だからああなる。



「サンタがこどもにプレゼントくれるって、本当だったんだなー」



 子どもたち。サンタがそう声をかけた理由がわかったような気がする。

 サンタにしてみれば、本当に見えている相手は子どもだったのだろうから。


「何?」

「いや、この電車。どうするかなっていう話」


 なんとなくはぐらかして空を振り仰ぐ。

 すっかり深夜を過ぎて不夜と思われそうな東京の街灯りも概ね消えて、空も暗い時間。


「君が良い子だったから、もらえたんだろ」


 くすりと笑う、エシェルの達観したような一言。たぶん、その意味は全部わかってる。


 でも。


 オレは思う。


 こういうのもたまには悪くない、かな



 寒々とした冷たい空気の中にいるはずが、どこか温かく感じるのは気のせいだろうか。

 忍と司さんももらったものは決して「大人向け」ではないだろうが、それぞれに浮かぶ笑顔は消えてはいなかった。

 我知らずに一息ついて、もう一度、空を見上げる。

 口の端にわずかに笑みを浮かべながら。



 白い息が、空に吸い込まれて消えた。




あとがき**

勢いで始めたものの、どうやって締めるんだどころか全く予定にもなかったエシェルが勝手に出てきてその辺りから会話劇もさらに勝手に進んでいました。

子どもの頃にほしかったもの。覚えてますか?


司のもらったプレゼントは、たぶん森とお揃いの何か。バッグチャームとか普通に現在でも使えるものと思ってます。

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