サンタが病欠するようです
1.異国のサンタは消防車に乗って
天使襲来から×年。つまり昨年、クリスマスは復活した。
元々、天使由来の宗教のイベントという認識が強かったため、日本ではそれが自粛され、初めの年は大人しかったものだが、日本人はへこたれない。
元々、理由なんて割とどうでもよかっただけに他の理由がみつかれば、復活するのも道理だった。
「25日はミトラ様の誕生日。今年もみんなでミトラ様をお祝いしよう」
「24日は前夜祭!」
「ミトラ様、おたおめ!」
そもそもがその日は『太陽が生まれる日』。異教の神の祝い日だったことが白日の下にさらされた今、日本人はそれにかこつけて盛り上がっている。大人も子供も。
「前夜祭って……今年はイブが復活するんか」
「後夜際どころか、アプリの周年イベントのごとく半月くらいかけてお祝いされそうで怖いよね」
神魔と共生する現代日本。ミトラ様自身がこの日はパレードにノリノリだったこともあって、盛り上がり方は「見えなかった」時代の比ではない。
もはや多くは語るまい。
「イブが復活する……ということはあのイベントも?」
「あのイベントも何も、見るからにプレゼント商戦が展開されてるが。見慣れた赤い服の何かの置物が見えるのは俺だけなのか?」
「司くん、クリスマスプレゼント、何がいい?」
クリスマスプレゼントって言っちゃったよ。忍、そこはもうすこしぼかしても良かったんじゃないのか。数年前のイベントの用語そのまま使ったら抵抗ある人もいるだろうが。
ここにそんな人はいないからこそ言っているのだろうが。
日本には、タフさと繊細さが同居している。
「いや、俺は……」
「プレゼントイベントってイコールサプライズイベントだよね、割と好き」
「お前えらいよな。世の中にはあげるよりもらう方が好きな人がたくさんいるっていうのに」
司さんがプレゼントを欲しがるとは思えないがだからこそ何か贈りたくなるのだろう。欲しがって貰う人には多分、興味ない。
「秋葉はミトラ様に何か?」
「なんでオレが直接やるみたいになってんの?」
「外交部のエースとしては、毎年お世話になりそうな人に何か贈ってもいいのでは」
それな、クリスマスじゃなくてお歳暮だよ。
あと、オレ、エースじゃないから。
つっこみどころは多いが、言っても無駄なので話題を変える。
「毎年お世話になってる人ならアパーム様とかアシェラト様とか」
「秋葉、オレに貢いでもいいんだぞ」
「ふざけんな。お前がむしろオレたちに何かプレゼントしろ」
いつものメンバーで外交先の門をくぐるまでその話をひっぱっているとまだ屋敷内に入ってもいないのに声をかけられた。速攻断る。驚くほどの展開ではない。
「公爵、ご機嫌ですね。何かいいことありました?」
「シノブはよく空気が読める子だな。よし、いい子にしてるから何かやろう」
「そういえばクリスマスって本当はいい子がプレゼント貰えるんだっけ?」
「日本じゃ子供はもらえて当然みたいな流れになってたよな」
子ども扱いして頭を若干乱暴に撫でられて無表情な忍を前に、オレと司さん。
知識の悪魔であり魔界からの大使ことダンタリオンがすかさず補完してくる。
「その通りだ。サンタクロースの現在での起源定説はシンタクラース。時代や地域によりサンタ像は異なるが、シンタクラースは良い子にお菓子を与え、悪い子はお供のズワルピートに袋詰めにされて連れていかれるとか言われるな」
「どこのなまはげ!? 初耳だけど!?」
「ニコラオス聖人説までしかしらないな~ 最近更新された話題ですか?」
「19世紀頃か?」
忍の言っている「最近」はその単位の時間軸の話ではないと思うが。誰もつっこまない。
「ニコラオス聖人説?」
「あっちの宗教で貧しい人の家にお金を投げ入れて靴下に入ったとかなんとか」
「それで靴下吊るす説できたの? シンタクロースとかいうのは?」
「シンタクラースな。聖人は聖人だが威儀正しい、謹厳な人物でシンタクラースの書という赤い大きな本を持っていて、そこにそれぞれの子供が過去一年間良い子だったか悪い子だったか記録されてるとか。……オレみたいだな」
どこら辺が。
書物持ってるところか?
他に共通事項は特にない。
「アメリゴという白馬に乗って現れるのも通説だ。ベルギーではその意味は『本日荒天なり』」
「すまん、もう意味が分からない。なんで荒天なんだよ。晴天じゃないの? おじいさんじゃないの? ていうかあっち関係の聖人ならミトラ様のお祝いに参上するのまずいんじゃないの?」
「見た目的には白髪と顎全体を覆う長いあごひげをもつ。 伝統的な白の僧正のアルバ (衣服)の上に赤い長ケープ(カズラ)をまとい、赤いミトラ (司教冠)をかぶる」
「わかった。ミトラ様のお祝いだからな。そういうことか」
日本人はこじつけてでも、イベントをしたい種族だ。大事なことだから二度言うが、真実にあまり意味はない。
すべて納得できた瞬間。
「プレゼント商法で経済が活性化する年末商戦時だろう」
「公爵、もっと何か」
「聞くか? さらに助手の起源は北欧神話、オーディンのワイルドハント説もあり……」
雑学好物な忍がプレゼントより話をせがんでいる。
オレは仕組みが理解できたところでなまはげと何かを足して二で割ったような話にしかならなそうなのでもうおなかいっぱいだ。
そのまま、いつもの応接室……ではなく、ダンタリオンの執務室に向かう。
「シンタクラースはな、11月にスペインに蒸気船で到着して馬でパレードをする」
「めっちゃ実在のイベントだよ。サンタクロースより現実的だよ」
「子どもたちが歌を歌って歓迎し、ズワルトピートがお菓子を群衆に投げる様はオランダとベルギーでは国営テレビで生放送されていた」
お前はいつオランダとベルギーの国営テレビを見ていたんだ。おなかいっぱいなオレと、同じくそんな顔をしている司さんの耳には未だにダンタリオンの講釈が入ってきている。
「そんなイベントあるなんて知らなった。他に何か面白い話」
「基本的にドックでこの祝いが発生するんだけどな。舟が着岸できない場所では、シンタクラースは列車、馬車または消防車でやってくる」
……つっこんでもいいだろうか。列車と馬までは中世感のある伝統的なイベント、あるいはスチームパンクの時代を彷彿させるからいいとして
なんで消防車だ。
「みかんは伝統的にシンタクラースと関連付けられる贈り物だけど、このせいで、シンタクラースはスペインから来たという誤解が生まれたという説もあるな」
「誤解の説に着地するまでどれだけ長いんだよ。もういいわ」
着席をしてもうんちくが続きそうなので、オレはそれをぶち切った。喋らせておくと話が終わらないフラグだ。知識の悪魔はこんな時こそ知識の書から知識垂れ流すのがとても楽しそうだ。
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