2.みかんといったらコ・タ・ツ

「秋葉……お前はオレの講義を聞いていなかったのか」

「聞こえてたよ。聞きたくなくても。結局、日本のサンタはお得意のカスタマイズキャラだってことがわかった。だからもういい」

「言い得て妙だな。今年のクリスマスは、サンタが来てるらしいぞ」

「!?」


 オレはどこかで話を聞き洩らしていただろうか。いや、それはない。初めから聞く気はなかったのだから、「聞き洩らす」というセリフ自体が当てはまらないだろう。

 なので、聞き返してみた。


「サンタが……」

「来ている?」

「現在進行形なんですか、公爵」


 聞き返すというか、今までではありえない事態にオレと司さんの疑問符つきの呟きが一文になり、素直に忍が補完する。会話の続きだけにこちらの口調は柔軟だ。


「そうその通り」

「その通りじゃねーよ。なんだよ、今までの前振り! 結局それが話したかったわけ!?」

「そうじゃないけど、まぁお前らの驚く顔も見たかったわな」


 ひっぱりすぎだろう。結論は最初に言ってくれよ。

 そう思うが、この事態を見たかったのだろうから、どうしようもない。

 まんまと思うがままの反応をしたらしきオレたちを前にしたり顔のダンタリオンの姿がそこにある。


「いいんですか? 聖人なんでしょう? 天使勢力の」


 司さんがさすがに問題ありとみて、そこは問う。そうなってくると治安上の問題が生じる可能性があるのでそこは仕事モードだ。お疲れ様です。


「ツカサ、オレは一番最初になんて言った?」

「?」


 端から聞く気がなかったのがバレバレな司さんの、いつになく素直すぎる反応にダンタリオンのしたり顔が無表情になる。ダンタリオン的には全く面白くなかったらしい。いつもそんな調子のお前が悪い。


「一番最初かどうかわかりませんが、あれでしょう?」


 忍がいつものこと、とばかりに継ぐ。


「時代と地域により姿を変える」


 ……。

 そうかー今まで日本人は七福神とか七つの大罪とか竜王バハムートとかいろいろ捻じ曲げて生み出してきちゃったけど、今回もそれかー


 完全に把握。

 人間の「想い」とやらは突如として存在していなかったものを生み出すことがある。ごくまれに、だが日本では割とその確率が高い気がする。


 ゼロから生み出すより改造(カスタマイズ)が好きな民族だからか。


「うん……大体わかったよ……じゃあオレたちが知ってたサンタ像なんだな? 赤い服着てトナカイのそりに乗った……」

「概ねそんな感じだ」


 日本人、どえらいもの生み出した。

 いや、日本人が生み出したのかどうかわからないけど。

 むしろ「来ている」ということは別の国の出身であろうことも推測できる。


 ……そんなこと追及しても意味がないから、どうでもいい。


「白髭の人のよさそうなじーさんで、聖人関係ないわな」

「でも来てるっていうのは? 神様ではないようだし、具現化して日本にわざわざ来る理由……あっ」


 忍が問いながら、答えを見出した模様。よくあることだ。たぶん、忍は人に話しかけることで自分に問いかけている。


「何か思い当たることが?」

「世界中で人がバンバン消えているのだから、プレゼント配る対象者がほぼほぼ日本人になるのは道理」

「そうか。しかも人口集中地帯だ」


 司さん、司さんも柔軟ですね。オレ、サンタが実在しててプレゼント配りに来る時点で思考が止まりかけてるんですが。

 サンタを信じる子どもは喜ぶだろうが、サンタなんていないわ。とか言っている子は「悪い子」に分類されそうで怖い。


「サンタが来てるのは極秘情報だが、お前らも何か配られたら貰っとけ?」

「いい大人だけど。大体年齢二桁になるとサンタ信じてる子とかほぼほぼ絶滅危惧種だと思うけど」

「秋葉」


 オレはなぜか、司さんに発言を止められた。その顔を見れば言いたいことはなんとなくわかる。


「信じてるかって言うと微妙だけど、いないってことが証明されていない以上、いるってことが証明されていないからって存在を否定するのは早計では」


 絶滅危惧種がここにいた。


「ひょっとして、森さんも……?」

「……いないと否定するより、いると思った方が面白いんじゃないか派ではある」


 忍と司さんの妹、森さんは類友である。


「そうだな、可能性の面では否定しないことこそ真実に辿り着ける手段でもある。シノブ、偉いぞ。みかんをやろう」

「なんで温州ミカンなんですか。オレンジより美味しいから好きだけど」

「お歳暮がどっさり届いている。大粒より小粒の方が甘いな」

「コタツ出してくれない? オレ、和室でコタツに突っ込まりたい」


 思いっきりマホガニーの高級そうなデスクの上で、小粒国産みかんを剥き剥きしている魔界の公爵を前に、オレは途端にこたつが懐かしくなった。


「甘い。どっさりならちょっと分けてもらえませんか。そして特殊部隊の人たちにおすそ分けに行く」

「なんで俺のところなんだ。情報部に持ち帰ってやれば」

「帰属意識が薄いんだ。特殊部隊の人たちは好きだし、詰所の休憩室の和室にコタツが出ていることは知っているんだよ、司くん」


 司さん、閉口。オレも行っていいだろうか。


「みかんはともかくサンタの話は黙っておけよ。国を挙げてのサプライズイベントらしいから」

「べらべら喋っているお前に言われたくない」

「アホか。それはお前らだからだ」

「?」


 そして、オレは聞いてはいけないことを耳にしてしまった。


「国を挙げてのイベント。サンタは神魔ではないが、人外。つまり当日の警備には特殊部隊が駆り出され、人間との折衝役は外交担当になる。わかるか」


 耳を塞ぎたい。


「結局、お前らの仕事ってことだ」

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