センダン(前編)

例によって前後編になりました。本編ではなかなかご披露できない季節の表現も入れられるのが短編の醍醐味。秋の風と日常をお楽しみください。


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 秋。世界の色が褪せていく。

 紅葉の鮮やかさは年によってきれいだったりいまいちだったりということはあまり知られていない。


「落葉が始まると秋っていうより冬っぽい」


 冷たくなってきた風に忍が指先をさすっている。たぶんもう冷たくなり始めているんだろう。

 今現在の時間は朝、7時20分なのでまだ朝日が昇って大気が温まる前だ。オレも少し寒い。


「なんでこんな時間に呼び出し?」

「公爵が仕事という名のクルーズに連れ出してくれるというから私は頑張った」


 何を頑張ったというのだろう。たぶん、本当は朝っぱらから「仕事」とかのために早起きしたくない。みたいなところだろう。それならオレも一緒なのでよくわかる。

 ダンタリオンの呼び出しは、大抵ろくでもないが何かしらの理由で断れないという曰く付きだ。


「司さんはさすがに誘えないよな」

「誘ったけど断られた」

「そして俺が護衛という名のお供に来てるんですね」

「「すみません、浅井さん」」


 オレと忍は揃って隣を歩く白服の特殊部隊員に反応を示す。司さんだってこの寒さ厳しくなってきた朝夕に、自分の代わりに誰かを叩きだすほど鬼ではない。

 たまたま夜勤のシフトに入って朝方暇をしていた浅井さんが一緒に来てくれることになっただけだ。


「でも俺、こういうイレギュラーな仕事にあんまり就かないからちょっと楽しみかも。仕事で遊びとか」


 それ、1回なら嬉しいかもですけど10回のうち9回だとまたか。ってなりますよ。

 良心的な返答に、秋葉と忍のテンションは朝から低めだ。しかし、時間外という言葉を除けば楽しみなのは忍も一緒なので、ビルの合間に覗く空の青さもあいまって徐々にテンションは上がっていくだろう。


 街角の小さな公園をショートカットで通る。

 都内にはこういう場所が結構あって、もれなく植えられた花が枯れ始めているのを見ると、秋を感じる。今日のオレの気分は諸行無常だ。


「街路樹の紅葉、始まってるよね。イチョウがきれいになってきてた」

「いつも疑問に思わないけどあれ、誰が落ち葉とか掃除してんの」

「清掃局の人? わからないけど都内の街路樹は一本一本に樹木カルテあるし、大事にされてるからいいよね」


 樹木カルテ!?

 知らなかった。そういえばたまにナンバープレートが打たれた街路樹があるかもしれない。忍が季節の変化に敏いので、緑と黄色が混在し始めた最近のイチョウの色は覚えている。

 そういう人間が近くにいると見えるものが変わるのか、道脇の花壇にも不思議と目が行くようになったように思う。


「まぁちゃんと面倒見てあげないとコンクリートの下であんなにきれいに成長はできないよね」

「あー確かに。街路樹って一本も枯れないで揃ってるしな」


 なんて公園の出口にか差し掛かったその時。


「あっ、先輩! おはようございます!」


 黒服警察の見回り組に出会った。声をかけてきたのは一木だ。


「一木くんも夜勤?」

「にしてはめっちゃテンション高いな。何その笑顔」


 朝から清々しい声であいさつをされると清々しい気分になれるものだが、なぜか違和感しかない。気のせいだろうか。


「それがですね、さっき出がけにガシャったら、UR+引いちゃって! しかも無課金!」


 気のせいじゃなかった。


「勤務時間中」

「シャンティスさん、昨日配信されたアレですよ? 昨日は引けなかったやつ!」

「朝っぱらから腹立ってきた。秋葉くん、俺どうしたらいい?」


 一木は中二病罹患者でゲームアプリの重度中毒者でもある。UR+が何の略かもわからないがとりあえず、昨日は課金でまっさきに何かを引こうとしていたであろうことはわかる。

 そして浅井さんはあるゲームのギルドマスター。とても良識的な人なのでなんとなくギルド起ち上げてみましたみたいな流れから、プライベートの趣味を暴露することもなく過ごしていたが、たまたま一木がメンバーにいたことがわかってからはこの調子だ。


 偶然とは恐ろしい。


「何か技放ってください。クズ龍閃とか」

「忍さん、やめて。朝から俺の傷が抉れる」


 良識的な人ゆえに、一度やらかしたことで泣きたい気分になるのもオレはわかる。忍、ここでそれはないだろう、一木を撃退したらいい、というのはわかるが。


「オレの出番ですか」

「今日のオレは一味違いますよ。先輩と言えど、前に立ちふさがることは許しません!」

「何調子に乗ってんの。お前がそこどかないと公園出られないんだけど。何、みんな微笑ましそうに見てんの?」


 オレは戦闘など無縁の存在だが一木をグーで諫めることくらいはできる。懲りないからそれくらいやっても全然平気な人間は、そうはいない。むしろ懲りてくれ。


 しかし朝から機嫌が上限突破して、妙な絡み方をしてくる。

 武装警察の黒服の方は「武装」とかに憧れてどさくさ紛れに警官になった奴が多く、一木の仲間はみんな同類。朝からガシャって幸せそうだ。


「俺たちはこれから公爵のとこまで行かないとなんだよ。羽、どいて」


 シャンティスさん……じゃなくて、浅井さん、羽になってますよ。浅井さんが一木のユーザー名「フェザー」を羽呼ばわりし始めると結構危険だ。何度か現場に立ちあっているが温厚な浅井さんの、堪忍袋の緒がぶっちり行く可能性がある。


「どきません」

「やめろ、一木。朝からオレの平和を乱さないでくれ」


 大体こうなると、一木は自分が痛い目に合うまで、退かない。

 清々しい青空が一層濃くなってきて、晴れ晴れしい太陽に、空気がなんとなく暖かくなってきた。

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