4.まさかの客人

ピクニック当日。


いい天気だ。

東京はこの時期によく晴れると、暖かいを一気に越えてシャツ一枚で過ごせそうなこともある。寒暖差が激しいから全く油断はできないのだけれども。


「下旬だったらお花見もできたかも?」

「花見のフラグ立てなくていいから」


なんてことを話しながら、朝はゆっくりして午前中、新宿御苑に直行。天気がいいせいかファミリー連れもすでに何組か来ている。

広い芝生の広場には木が所々植えられていて、夏でも涼しい木陰を提供してくれそうだ。

本当に都会の真ん中かと思えるような巨木がそびえるその向こうに、高層ビル群が白く霞んで「自然な背景」と化しているのがまた、オアシス感を演出して見える。


「母と子の森……こんなもの、前来たときにあっただろうか……」

「自然観察フィールドだって。何? 母と子しか入っちゃダメなの? ……このメンバーで母子を装える人いないよ」

「二人とも天然じゃないのに天然ぽい会話できるってすごいよな」


言葉遊びが疑問に混入しているので、本気のようにも聞こえるが、全く本気ではない。

というか好奇心の方がそんなことを上回っている会話でもある。

つっこみは要されているわけではないので、会話はきっちり成立していく。


「自然観察にはまだ早いだろう? 今日はこの辺でゆっくりしててくれ」

「司、お願いになってるけど僕もあとで一周くらい散歩したい」

「ウォン」


ふつうに散歩したい組がいる。

この公園は、管理されているだけあっていろんな庭園がある。オレもほとんど来ないし、園内マップを見て色々あるんだ、くらいの認識だけど日本庭園からバラ園、大きな池や歴史的建造物をめぐる周遊コースなどもあって、ゆっくり歩いたら1時間くらいかかるんじゃないだろうかと思う。

そこを歩いてみるのもいいだろう。


「時間はあるから、少し休んだら各自好きなことをしてもらっていいとは思う」

「忍と森さんにはあまりあちこちいかないでほしいってことですか」

「さすがに迷子にはなりません」


でも一緒にゆっくりするのが趣旨だから、結局みんなここで落ち着く。

散歩組が歩き出すのは昼食後くらいだろう。

まだ時間はある。


シートを敷いて、バスケットから必要なものを出して。


「エシェル、カップがちゃんとしたやつだけど、こんなに準備万端なんじゃなかったんじゃないの?」

「いつもの紅茶を持ってきたから、紙コップよりは雰囲気が出るだろう?」


さりげに英国式(?)っぽくもなっている。籐籠のきちんとしたバスケットも相まってすごくいい雰囲気だ。


「それっぽい!」

「風はまだ冷たいこともあるからね。温かいものもあった方がいい」


さすがにケトルはないので、朝ポットに入れたものを注ぐ。湯気がそれだけであたたかそうだ。


「いい香り~」

「確かに温まるな。寒くはないけど、なんとなくほっとする」

「優雅なピクニックですね」


食事の時間には早いので、お茶だけしてゆっくり過ごす。

日向は暖かい。

森さんと忍はレジャーシートではなく横たわった不知火の腹をソファのようにくつろいでいる。

オレたちは日常会話。何もしていないのに、なんて充実した時間なんだろう。どれだけ普段忙しく過ごしているのかわかる感じがする。


それからしばし。


「いたいた」


聞き覚えのある声がこちらにかけられた。


「! アスタロトさん? どうしたんですか」


本当に神出鬼没って言うか、本当にどうしてだ。

それ以前に……はたと、エシェルを見た。さすがにみるからに、ではないがちょっと表情が固くなっているのが分かる。

姿は人間でも、やはり正体はわかるのだろう。それ以前に、すでに過去に姿を見ているのかもしれないけれど。



アスタロトさん、知ってるのか? エシェルのこと。

突然の来訪に思わずオレも動揺しそうだが、小声でも絶対にそんなこと誰かに振れる状況でもない。

するとあちらから話を続けてきた。


「ダンタリオンに聞いたんだよ。公爵邸は今日は人の出入りも激しくなりそうだし、ボクも逃げてきたクチなんだけど」


本当にパーティやるつもりなんだな。あいつは。


「ここに来たのは散歩も兼ねて。君が例のフランス大使?」


司さんも微妙な顔をしている。こんな時に限って女子二人から何の反応もないのは一体どういうことなのか。

エシェルはその真意を測ろうとしてか、アスタロトさんをじっと見返していたが微笑みを絶やさないその表情に、先に視線をはずしたのはエシェルの方だった。


「あ、エシェル。このヒトは観光滞在してるアスタロトさん」

「はじめまして」


いつもと変わらない調子で、挨拶なんてするのでますます読めない。

しかし、余計な心配はいらないようだった。


「君のことも聞いてるよ。ダンタリオンとすごい相性が合わないんだって?」


……アスタロトさんが何をどこまで知っているのかはまったくわからないが、その程度で済みそうな会話だ。


「合わないというか……僕は神魔が苦手なので……」

「……そう。まぁボクは君のことを取って食ったりしないから安心してくれるかな。はい、差し入れ」


となぜかアスタロトさんは、赤ワインとメロンを差し出してきた。


「……これ一体どういう組み合わせですか」

「彼に聞いてみたら?」


と、エシェルの方を示す。

エシェルは話を振られて、務めて冷静に、だが瞳を伏せがちにしたまま説明をする。


「昨日は言わなかったけど、ボルドの赤もメロンもフランスでは人気だった。この時期にメロンとかワインとか持っていくのは日本では普通ではないだろう?」


うん、すっごいふつうじゃない。

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