3.フランス流ピクニック

「気楽な二人暮らしだから、好きに使ってくれていいよ。洗面所あっち」


好きに使ってくれていいって言われても、普通それできないですよ。

忍だってホテルなんか公共機関は探検するが、人の家では勝手に動かない方だ。

あ、そうか。そこら辺の線引きはきちんとしてるから、何かあったら忍に聞いた方が良さそうだな、と思う。


「ほら、飲み物」

「あ、ありがとうございます」


オレ、さっきから同じフレーズばっかり使ってないか。このままだとすみませんとありがとうございますで一日終わりそうな気がしてきた。


「何で緊張してるんだ……?」

「いや、なんか学生の時の友だちの家とか全然こういう感じじゃなかったから」

「棲み処が違うんだね」

「その生息地が違うみたいな感じ、やめてくんない?」


忍もそこにあったカップにセルフサービスでポットから飲み物を足して飲んでいる。

セルフサービスであっても「お茶ください」「どうぞ」というやりとりがナチュラルに交わされているあたり、親しき中にも礼儀あり、という言葉を感じる。


「まさかうちで同年代の人とお泊り会やると思ってなかった」

「? 忍はよく泊りに来てるんじゃ?」

「司の方の人という意味」


あ、確かにな。司さんはわざわざ人を泊まりこませて遊ぶタイプではない感じはする。

見ると、まぁ流れ。みたいな感じにはなっている。


「みんな共通の知り合いだし、明日の準備あるしいいけどね」


そうなんだ。お泊り会がメインじゃないんだよ。エシェルが一式持ってるから、そこにセッティングしていこうという意図がまず第一だ。


さすが自分の家だけあって、司さんと森さんはマイペースに動いている。席を外すこともしばしばで。

ふたりがたまたまそれぞれ外したタイミングで忍がオレに話しかけてきた。


「秋葉、あそこの棚の上にある写真、見た?」

「ん? あぁ、家族写真……?」


シンプルなディスプレイラックの上にフォトフレームが2つ置いてある。ここからは少し遠いが映っているのは小さい方が4人、そして中くらいのが2人だ。


「あの二人が森ちゃんと司くんの、お父さんとお母さん」

「……」


なんとなくわかったが、そういわれると、なんだか複雑な心境になる。


「私、いつもこの家来ると挨拶するんだよね」

「……お前、そういうところえらいよな」


何となくそっちに行って見てみたい気もしたが、はじめましての人間が部屋の中をうろうろするのも悪い気がして、そこから見ていると司さんの方が先に戻ってきた。


「エシェルが来たみたい」


窓から外を眺めていた森さんが下方を眺めながら言った。

忍と一緒にベランダに出る。割と階数が高いのにエシェルと不知火を呼ぶ忍。


ここ、2階とか3階じゃないんだからな?

しかし、不知火ともども気づいたようだ。……エシェルは天使だから実は聴力もけっこう高いとかそういう感じなのかもしれない。


屈託なく手を振る忍の横でオレも振ると、エシェルも小さく振りかえしてきてくれた。

……なんかいいな、すごいふつうの穏やかな人間関係が展開されてる感じがするわ。

忍もいつもと少し違って見える。

いつも感情がフラットな感じだが、ここだともっと自然な表情をしている感じがする。


それからしばらくして、エシェルも合流。

きれいな籐籠のピクニックバスケットを持ってきてくれた。


「……こういうのあるのって、やっぱり大使館で誰か使ってた?」

「フランスではよくある習慣だからね。春夏の過ごしやすい季節になるとカジュアルに時間を過ごす感じ」

「フランスなのにカジュアルとか」

「異文化のイメージは偏見でできてるよね」


話を聞くと、日本では大げさなくらい準備をするが、フレンチピクニックはイベントではなく大切な人と時間を一緒に過ごすのが目的だから、そういうことはないという。


「……すみません。日本流のピクニックで」

「さすがにクーラーボックスまで持っていく気はなかったが」

「いや、誘ってくれて嬉しいよ。僕もちょうどいい季節になったし、僕も久しぶりだから」


ついでにフランス流について聞く。


「とにかく日本よりシンプルだから、シンプルな食材を持ち寄って、カラトリーが無くても食べられるものがほとんどかな」

「カラトリーがない……お皿がない。つまめるものってこと?」

「メインディッシュは 生ハムやソーセージ。他にもツナ缶やバスク風ミートだとか。これをバゲットに挟んでオリジナルサンドにする」

「あ、良かった。サンドイッチという点では正解だ」

「いや、フランス流にやるってわけじゃないだろ? 不正解とかないから」


しかし皿もなくていいとかいう時点で、日本人がいかに準備万端几帳面なことをやっているのかがわかる現実。


「前日に用意しておくものはゆで卵くらいかな」

「驚くほどシンプルなんですけど」

「前菜という意味でマヨネーズと一緒に持っていくのが定番」

「ごめん、前菜という言葉とゆで卵にマヨネーズという言葉がミスマッチな感じで混沌としてきた」

「……一応、その辺は形式というか前菜、メイン、デザートと揃えたいこだわりはある」


持っていくものはシンプルなのに、格式を感じる。


「あとは?」

「チーズかな。カマンベールが以前は主流だったけど、最近は暑い日もあるからチェダーだとかハードタイプの方を勧める」

「どうしても欲しければコンビニで6Pチーズ」

「というか、日本は本当にあちこちにコンビニがあるから、大抵そこで済むだろう」


まさかのダンタリオンと同じ発想出てきた。

しかし黙っていた方がいいだろう。これは絶対な気がする。


「チーズあるよ。ふつうに持っていこうと思って買っといた」

「そうだねー手軽さを考えたら、サンドイッチにチーズ、片手でつまめるもの、フルーツあたりに集約されるもんね」

「デザートも欠かさないから、大体忍や森が考えていたので同じだろう。日本人はそこに弁当やらなにやら仕込んだりしないか?」

「してるんだろうけど、荷物増やしたくないし全然気軽なピクニックじゃない感じだから、する気はなかった」

「いいと思うよ」


結局、エシェルの知るピクニックとオレたちのやろうとしていたことはそんなに大きくは違わなかったようだ。

さすがにこの辺りは、主催者(誰?)の思考が影響される模様。


「ちなみにフランスだと用意していくならワインも定番」

「絶対ない!それ日本じゃ絶対出ない!」


いきなり180度転回したものが出てきた。


「そこはフランスという感じがする」

「日本の昼日中の飲酒のイメージと違うからね」

「エシェルのために買って来ようか。コンビニで」


結局コンビニなのか。


「いや、持ってきたから。多分そうじゃないかと思ったから」

「エシェル、気遣いありがたいけどむしろ準備万端な感じになってるぞ……?」


さすがに小瓶だが、冷蔵庫に入れさせてくれとロゼワインを取り出している。

30分くらいでつく場所なら適温になるのだそう。


「せっかくだからと思ったんだが……」

「うん、意外に楽しみにしてくれて嬉しいよ」


そんなわけで、意外とフランス式に近い感じでピクニックができそうだ。

ターゲットが分からなくなってくるが、これはエシェルから忍と森さんへのお返しとして十分な感じに思える。


お返し=異文化知識。



大使館でお泊り会の時は大抵何かしらが起こっていたが、その日はまるで、なんでもない日常の延長のように過ぎていった。

不思議な面子だが、友だちと過ごす、気楽なお泊り会。


そんななんでもなさが、一番幸せを感じる。


いや、一人天使混じってるし、なんか必要以上に巨大な犬が隣で寝てたりするんだけど。


穏やかな夜だった。

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