4.世界で一番平和なバレンタインデー
そんなことを言いながら、時間の絡みもあってエシェルのところもあとにする。
なんだかんだ言って、男性関係者が多い気がするのは気のせいだろうか。
「じゃ、私今日出抜けだから」
「え、マジで。どういう理由つけて許可出たの。ていうか制服のまま帰るの」
「うん」
……こういうところ、あんま気にしないんだよな、こいつは。
どうせ職場で着替えるなら、制服で出社したいとか言い出すタイプでもあるからして。
「理由は別にないけど、遅くなったら出抜けしますって」
「……せめてオレと口裏合わせてくれない?」
「今日も良く働きましたね」
いや、ほとんどダンタリオンのとこでラッピング談義して半日以上潰れてたけども?
「はい、おつかれさま」
そして。
忍は自分のバッグからダンタリオンのところから持ち歩いているものではなく、別のラッピングを出してオレに渡してきた。
「チロルチョコむき出しではあんまりだと思い」
「……最初のアレはまさかのフェイクか。なんで最初からこっちくれないんだ」
「面白くないから」
……こいつの脳内どうなってんの。
とりあえず、一昔前の「女子が男子に告白するためにチョコを贈る」という構図ははじめから存在していないだろうことだけはわかる。
「今日は義務チョコじゃなかったから楽しかった。ありがと、秋葉。じゃあねー」
そういって、忍は清々しい顔をしながら手を振り去っていった。
告白などという風習は瓦解し始めているこの現代。
果たして、友チョコなのか、戯れチョコなのか、日頃の何かに対するお礼なのか。
謎のまま。
「あ、オレの方が礼言ってなかった」
逆に礼を言われたので、たぶん、戯れチョコくらいだろう。
答えが勝手に出た。
* * * 以下、おまけ。本編ネタバレあります * * *
余談‐白上家。
「司、今日デートじゃなかったの?」
帰るなり開口一番、言われる。
誰が誰とデートをするというんだ。
真顔の森の真意が読めない。
「そんな予定最初からないぞ……?」
「たまにはしてきたら?という話。冷蔵庫に忍ちゃんから生チョコ預かってる」
「あぁ、森と一緒に食べてって言われた」
大体シェアをしているので、初めからそういう意図だろう。
公爵のところからもらってきた袋を渡す。
「え、何この大量。ていうか、すごいラッピングきれいなのばっかりだけど」
「それは土産。公爵が大量にもらっていて、みんなでラッピングの評論が始まり……森が好きそうなのだけもらってきた」
「このラッピングいいなー。開封するのもったいない」
……安定の、価値観のシンクロ率。
「評論楽しそうだな、あとで私もやる」
「あぁ、着替えてく……」
部屋に戻りかけると……不知火が、白いビニール袋を自分に向けてくいっと鼻を上げるように見せていた。
「……?」
ガサリ。
手に取る。
中はさらに、ごくふつうの茶色い紙袋が入っている。
「……」
中から沁みだしたらしき油がところどころにしみを作っている。
「森」
「うん?」
「これは」
紙袋を開ける。
大量にコロッケが入っていた。
「それね、帰りに迎えに来た時にはもう持ってた。でも見覚えあるからあれじゃない?」
あれ。
言われてすぐに思い出した。
ついこの間、エシェルのところに行ったとき、不知火のお気に入りの精肉店があると……
「まさか不知火にこんなに大量にくれたということは」
「もらうとしたらエシェルじゃないかなぁ。バレンタインだし、おばちゃんとかこういうのチョコ代わりにどっかりくれたりするでしょ」
煮物とか漬物とか、大袋のお菓子とか。
おばちゃんという人種は、見た目がどうとか物が何かは、あまり気にしない。
質より量が気さくさを物語ってもいる。
「エシェルがそんなにもらっても、食べきれないのは目に見えている」
「……そうだな、それで不知火にくれたのか」
「ウォン」
正解、とばかりに目が合うと不知火はタイミングよく応える。
「……しかし、この量」
「むこう3日は三食コロッケでいけてしまう」
実際は、不知火がいるから明日の夜にはなくなっているとは思うが……
「あとでエシェルに連絡しておくか」
「コロッケのお礼? ……大天使ウリエルに?」
そう言われてから。
顔を見合わせて、どちらからともなく笑ってしまった。
エシェルの本日一発目のバレンタインギフトは、実は大量のコロッケであった。
事実は、白上家の「三人」のみぞ知る。
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