3.強奪チョコの行方
「そんなわけで、帰りに大使館に寄っていきたいです」
「どこの?」
「エシェルのとこ」
理解する。
エシェルは表に出れば絶対モテると思うが、派手なことは好まない。むしろ引きこもりだったのだから、友人知人もほぼ皆無だったわけで。
「お前、マメだよな。っていうか本当にもらわない人のこと考えるんだな」
「その言い方、まるで世界中のチョコもらえない男性にチョコ配ってるみたいだから、やめて」
「そこまで言ってない」
気持ちだから、ちゃんとした理由があって渡したい人には自主的に渡すということだろう。
気持ちだから、見返りは求めていない。
考えてみれば、感謝の気持ちに義理で感謝を返すなんて成り立たない話だ。
そんなわけで、巡回のシフトが入っていた司さんとは別れて、フランス大使館。
「わざわざチョコを届けに来てくれたのかい?」
「生チョコだからお早めに以下略」
アスタロトさんの時はスクエアタイプの箱だったが、細長い小さな包みを渡す。
「生チョコって消費期限あるし、エシェルがガンガン食べてるところは想像できず」
「ありがとう。これくらいで十分だよ」
「デスクにつきながら摘まめるように、常温用のもあるんだけど」
まさかのエシェルまでダブルか。
それにしても、食べきらないから量を考えて、普段も摘まめるように、とかよく考えるよな。
確かに相手のことを考えて贈るのが本当に心のこもった贈り物なのだろうとは思う。
が。
「……ふつう、ふたつも渡さないんじゃ……?」
「そいつ、司さんにも森さんと兼用だけど用意してたみたいだよ」
「森ちゃんには司くんにといいつつ、実は友チョコとして用意した次第」
単にサプライズ要素が混入していることは、語るに落ちる。
「みんな高級志向だから、それぞれに合わせて選ぶの結構楽しかった」
選ぶのが楽しいんだ。そりゃ数合わせの義理とは訳が違うものな。
「秋葉のチロルチョコも種類があって、楽しかったよ?」
「そ、そう」
確かに、チロルチョコは、おいしい。
それは認める、が。
「秋葉。君、通年で市場に出回っているチョコもらったのか?」
エシェルの前で言わんでも。
「プラリネとかデメルとか、この時期しか出ないものもけっこうあるんじゃ……?」
「それは女子が自分へのご褒美とか用? 義理チョコは『感謝』とかぽち袋みたいなのに書いてあるのでいいんじゃ」
「お前それ、去年まで義理チョコの扱い間違ってた人間の言うことじゃない」
せっかくだからと、リボンをほどくエシェル。
たったの4つしか入っていないわけだが、むしろそれが高級の証に見えなくもない。
と、いうか海外のヒト(?)は、その場でプレゼントを開ける習慣があるのだろうか。日本人はお持ち帰りをしてから開ける習慣があるように思う。
「いいものは一口でも満足するね。秋葉、食べてみる?」
「もらう」
本日2度目のおすそ分けを頂く。
ダンタリオンのところからはより取り見取りだったが、断固そこには手を付けていない。
「めちゃくちゃおいしい」
「良かったね」
「……お前さ、この状況わかっててオレにあれとかだったわけじゃないよな?」
ふと思ってしまった。
アスタロトさんもエシェルも一口で満足するタイプなので、当然に周りに振る舞う。
オレにも当然、流れてくる。
生チョコ、トリュフ2つで結局、エシェルに渡した包みの半分相当をオレは口にしたことになる。
「いいえ、全く」
気のせいだった。
「気になってたんだけど……忍、これからそれ配るのかい?」
「それ?」
「袋の」
「あ、これは……エシェル嫌がるかもだけど、ダンタリオン公爵のところから強奪してきたやつ」
強奪はしていない。
まぁこの言い方だと、名前は不愉快かもしれないが内容的にはエシェルにとって不愉快にならないだろう。
忍がひとつ大きな紙袋を下げていたのを目にとめたエシェルに答えた。
「あぁ……結構派手にマスコミに出たりしてるからね」
「最初からいたから知名度も高いしな」
なぜか漏れる、オレのため息。
「今年は職場にやらないつもりだったけど、これ転用しようか」
「まさかの使いまわし!?」
「一ところに腐るほど置いておいたってしょうがないでしょ? 有効活用」
「チョコは基本、腐らないけどね」
なんだかんだいって、ダンタリオンの了承は得ているから問題ないだろう。
「問題はラッピングの中にまかり間違って個人あてのメッセージカードが入っていた場合だ」
「問題だらけだよ! 熱烈なファンなめんな! 絶対あるぞ!」
「え、これ開けて確認するの? ……面倒だな。はい、秋葉」
「いらねーよ」
忍の手を経由しようが、それはあいつのものなので断固として断る。
「まぁいいや……ラッピングがきれいだからもらってきただけだし、中身よくわからないし」
「お前、永久に開封しないでそのままコレクションにでもするの?」
「森ちゃん家行くとき、おやつに持っていこう」
すごい有効活用っぷりだよ。しばらくチョコに不自由しない友人関係だよ。
……忘れてたけど、司さんも森さん用にお持ち帰りしてたから、持っていっても被りまくりではなかろうか。
「忍、そこからでいいからひとつもらっておいていいか?」
「? エシェル、珍しいな。どうかしたん?」
「キミカズがまだたまに来るから、渡しておくよ。君からだって」
「……………………明らかに忍からじゃないんだけど」
「「有効活用」」
ハモって言わないでくれる?
忍はひとつ白青のラッピング、リボンの箱を選んで渡している。
うん、護所局カラーだな。
「あ、そうだ。シスターバードックにあげよう。なんか喜んでくれそうだし」
どんな関連性があるのかわからないが、一部相手を除外して、意外と好意的な受け止め方をしてくれる人なので、黙っている。
「……もっともらって来ればよかった」
「お前、どれだけ有効活用しようとしてるの?」
「今から、特殊部隊の詰所に行って、もち投げならぬ、チョコ投げしたら面白そうだよねと」
さすがに数が足りないらしい。
というか、あの人たち普段良識的だけどそれなりにお年頃の男子ばっかりだから、本気でやめてやれ。
こんな時ばかり、争奪戦になりそうで怖い。
「でも失礼か。せめて数があれば一人ずつカウンターから席まで投げて受け取ってもらえるのに」
「なんで投げるんだよ。普通に渡せよ。どうしてお前は投げたがるんだよ」
「普通に渡したら、逆に不自然な感じがして」
何がどう不自然なのか50字以内で説明してくれ。
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