7.幸いの年越しは、家族と友人と

「やぁ。もうすぐ新年だよ」

「アスタロトさん、紅白見てたんですか?」

「いや? 中継が面白いから見てただけ」


ゴーン……


しめやかに鳴っている鐘の音……ということは、カウントダウン間近だろう。

ってか、被害状況は?


「どこら辺? 被害」

「そこに居座ってるの、オレ的には被害だから司、なんとかしてくれるか?」

「何で真顔なんだよ! 年の瀬にわざわざ言うことじゃないだろうが!!」

「……」


もちろん、どこにも被害などない。

壁に穴も開いてないし、見える光景は「いつも通り」だ。


「……司、飲むかい?」

「いえ、俺は仕事中なんで」

「ノンアルコールもあるよ」


アスタロトさんはワインを飲んでいるようだが、勧めてきたのはシャンパンのようだ。

細めのフルートグラスに注がれるそれは文字通りシャンパンゴールド。

なんだかものすごく品のいい色だ。

若干戸惑いの気配が見えるが司さんは断る。代わりに忍と森さんがそっちに行った。


「頂いていいですか」

「どうぞ」

「秋葉は? ワインもらう? シャンパン?」

「何、適応してんの? オレたち何しに来たの?」


ダンタリオンも部屋の中に入って、ソファに鷹揚に腰を下ろした姿を後ろに、顔を見合わせる二人。


「「年越しに」」


へ?


ハモったその言葉に思わず脳内がフリーズした。


ゴーン……


静まり返った部屋に、アナウンサーの声は遠く、除夜の鐘が鳴る。


「二次会だよ。本部も面白かったけど、やっぱり年は静かに越したいよね」

「日本の年越しは、しめやかか賑やかかのどちらかみたいだね」

「すみません、オレの頭がついていかないんですけど」


司さんはどうなのかわからないが……ちょっと途方に暮れたような、呆れたような、何とも言えない表情をしていた。


「和のヤツに許可貰ってっから。司は今から非番な。正確には年明けから」

「!?」

「家族思いの妹と、友人思いの忍に感謝したらいいよ。ちなみに爆発はただの演出」


え?え?


となっているオレだが、司さんの中ですべてつながったらしい。


「……どこからどこまで、計画的犯行なんだ?」

「全部かな」

「鍋はアドリブだけど。ねぇ?」


……つまり、司さんを休ませるために、二人は和さんやダンタリオンにまで連絡を取っていたということか。

ようやく状況が理解できて来た。


「最近、ゴタゴタ多くて働きっぱなしだったから、ご褒美だって」

「いや、あの人から褒美とかちょっと怖いんだが」

「大丈夫だよ。忍ちゃんと私がお願いしただけなんだから。司は今年は素直に、一緒に年越しすればいいんだよ」

「……」


素直どころか事態は複雑そのものなんだが。


「それに和さんの方からもちゃんと条件があったし。それももうクリア目前だから大丈夫」

「はは、まるで悪魔との交渉のようだね」


悪魔って言うか、大魔王ですけど。

はっきりいって女子には甘い。差別だ。


司さんは聞き返す。納得しないことには安心して年越しもできないだろう。


「条件?」

「日付が変わる前に、何も事件が起きなかったら、って」


ゴーン……


そして、最後らしき除夜の鐘が鳴り響いた。


『あけましておめでとうございます!』


しめやかな空気が一転して、アナウンサーの明るい声がとBGMがモニターから響いた。



「おめでとうございます」


うん、このわざとらしい感じが何とも言えないよな。

今、オレたちは確実に年を越した。


「渋谷はすごい状態だね。……オロバスの姿が見えた気がするけど、ハイタッチに参加しに行ったのかい?」

「うん? 今年は神魔が増えてるな。……人間とハイタッチとかめったな経験じゃないから、いいんじゃないか」


今までのしめやかさが嘘のような明るい歓声、賑やかな声。

それはモニターの向こうでの光景だ。


「ほら、腰をかけたらどうだい? ボクにとってもこの国で初めて迎える変わり目だから、付き合ってくれると嬉しいんだけど」


そういわれると、むげに断る理由もなく。

オレと司さんも、ソファに落ち着く。


「まぁオレらにするとめでたいとかいう言葉自体、素直にめでたがっていいのかという感じだけどな。とりあえずおめでとう。お年玉いるか?」

「……何子ども扱いしてんの? ってか何貰ってんの!?」

「お金じゃないよ?」

「?」

「富士急ハイ〇ンドフリーパスペアチケット」


お前。

何でそのチョイスだ。

ふたりとも同じものをもらったようだが、一体、誰と行くというのか。



軽食だが、見栄えのいい食事が運ばれてきて新年を祝う。

今年の年初めは、何でもない年末から一転。


とんでもない結末を迎えて、結局それなりに賑やかに過ごすことになりそうだ。




……後日の、富士急ハイ〇ンド行きの気配をひしひしと感じながら。

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