謹賀新年!初詣

初詣(前編)詣先は徒歩15分

新年三が日。

オレたちは初詣にやってきている。


「オレさ、実は初詣とかしたことないんだよ」

「奇遇だね。私も通りすがりの神社に寄ることはあるけど、敢えて正月は家にこもっている」


東京は神社仏閣の多い街だ。行く気ならどこにでも神社はある。氏神という地域一帯を守る神様の神社は15分も歩けば大小関わりなしに存在しているし、初詣の看板を掲げるほどの大きな神社だって、山手線内だけでも相当数あるだろう。


そんな神社だらけの街に住みつつ、初詣に行かないのはたぶん「東京人は意外と東京タワーにはいかない」みたいな法則が適用されているからだと思う。


「私たちは小さい頃によくお父さんたちと行った」

「家族そろって、とかやっぱり理由があると行く感じですよね」


と、これは森さん。もちろん森さんがお父さんというからには司さんも一緒に行ったことだろう。

そして、今日は馴染みで初詣をしよう、という理由をもってして集まった次第。


「オレも初詣は初めてだ」

「うん……魔界のヒトが神社に行ってるのはもう見慣れたけど初詣に行くってものすごい違和感だよな。ってかなんでお前が一緒なんだよ」

「それはな、オレが忍を誘い、お前らを芋づる式に集めたからだ」


ダンタリオン。魔界の大使。在日大体三年目になるが、オレは初詣すら初めてなのにその初詣にこいつと一緒に行くことになろうとは。


「……悪魔が初詣とか……」

「やっぱり自粛した方がいいかな。割と近い場所だしボクも便乗してみたけど」

「いえ。アスタロトさんは観光滞在だからいいと思います。せっかく年越しも一緒にしたし」

「秋葉、なんだその扱いの格差は。大使だって常日頃日本に住まってるんだから一年を感謝して詣でてもいいだろうが」

「お前の口から感謝とかそこだけ棒読みにしか聞こえないわ。初詣じゃなくてもいつでも参拝すればいいだろ!」


ここは虎ノ門。なぜか中枢的な官公庁やらオフィスの集まるスーツ姿の人間が多い街。

でも意外なほどに神社がたくさんある。オレも知らなかったのだけれど。


「私、明治神宮からこっちまで神社回ったことがあるんだけど、この辺割と神社が密集してるんだよね」

「やっぱり政治的に重要な場所だからとか? なんか理由ありそうで気になるよね」


ふつうは生活圏内にその土地を守ってください、みたいな感じで存在してそうな神社のイメージがある。が、この街に限ってはオフィスのビルの谷間に埋もれるようにして、あるいは整った現代風景の中に忽然と不自然なほどのだだっ広い階段を持つ巨大鳥居が現れたりする。


ふだんは気にかけていないが、気にしてみるとこのミスマッチに誰も疑問を抱かない程なじんでいるのも不思議だ。


オレのミニマムなこの周辺の神社知識は忍の探索報告をちまちまと聞いていたたまものだ。


「これから行くのってあの白い大鳥居のとこだろ?」

「山王日枝(さんのうひえ)神社」

「狛犬じゃなくて狛猿さんなのが面白いよね。公爵、ご祭神て誰?」


休日、プライベートなおでかけなのでいつもよりフランクな話し方になっている忍。司さんは巡回経路のひとつなのか興味とは別にさらりと名前が出てきている。


「大山咋神(おおやまくいのかみ)」

「……………」


複数人沈黙。申し訳ないが、聞いたことがない。


「さすが知識の悪魔だ……私はかつてないほど得も言われぬ感覚に陥っている」

「わかる。けど、そもそも他国の神様の名前にそんな詳しいとか色々おかしい」

「ちゃんと調べたんだよ! 一度その気になれば頭に入るからな」


こいつ、本当に知識の悪魔だったんだな。


「ちなみに公爵、秋葉の誕生日は?」

「あ? ……秋なんじゃないの?」

「プロフは見ているはずなのに、その気にもならずに覚えてないことはよくわかったわ」


なんてことをいいながらあっという間に到着。ほんの15分歩く程度の距離だ。しかしそこから苦行が待ち構えている。


見上げるほどの大鳥居。そして、見上げるほどの遥かなる階段。


「……エスカレーターがあるのが嬉しいよな」

「待て」


嫌がらせ以外の何者でもない笑顔を浮かべている。使わせないつもりだ。


「詣でるのに階段を自分の脚で使わないなんて、失礼だろう。歩け」

「……何のためにエスカレーターあると思ってんの?」

「それはお年寄り専用だ。常日頃神魔に世話になっているお前は歩くべきだ」


疲れるだけだろが。

ってか、いつになく礼儀正しいこと言われても全く説得力ないわ。


「なんか自分の足で歩いた方がご利益ある感じだよね」

「私、ここ来たことないから見晴らしとかちょっと楽しみ」


女子二人がさっさと階段を歩いている。それを見てしまうと自分が不甲斐なく見えるので歩かざるを得なくなる。魔界の住人二人はもちろん、司さんも体力的には問題ない。……オレはごく普通なはずだが、なぜか一番体力がなさそうな誤解を誘発するメンバーだ。

有難く歩くことにする。


「にしても、すっごい人」

「普段は観光地って立地でもないのにな」


覚悟はしていたが想定外の人の多さだ。大きな神社なのはふもとから見えていたが、そんなに有名なのだろうか。オレは一般的な日本人なので初詣をしながらもその神社についてあまり詳しくない。


「元旦は若水祭、山階家の現当主、十二世山階彌右衛門師による神能『ひとり翁』が奉奏。三日は元始祭。神楽『豊栄の舞』が奉納される」

「……うん、それ以上聞いてもなんかよくわからなくなるだけだけど、ものすごい由緒ある神社ってことは理解したよ」

「この神社は江戸城の裏鬼門を守っていたとも言われているからね。相当な神格なんだろう」

「アスタロトさん、その知識はどこから?」


一介の観光神魔を越えた知識……どころか日本人の知識をすでに凌駕している。


「本で」

「……勉強家ですね」


真偽のほどは定かではないが、あっさりソース元が提示されたので引き下がるオレたち。以前なら裏鬼門とか神楽とか、縁遠い話だったろうが清明さんたち術師の存在や、神魔が表舞台に出たことでそれはとても大事なことなんだろうなとは思う。


依然、日本の神様は目に見える形では現れないけども。

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