第31話 料理の力

「いやぁ、実に美味しかったですねぇドネルさん!」


 口の中に残る余韻に浸っていた僕はダスティン副署長の満足そうな声に我に返る。


 ドネルは空になった皿を親の仇であるかのように憎らし気に睨み、肩を震わせていた。


「……わしはそうは思いませんでしたな!」

「そ、そうですか。まぁ、好みは人ぞれぞれですしね。はははは」


 ダスティンは全てを悟り、乾いた愛想笑いを浮かべる。


 僕は……自分でもびっくりするくらい腹が立っていた。親を侮辱されたか、子供の頃のキレイな思い出を穢されたような、それに匹敵するような途方もない怒りを感じていた。


 ランカも同じみたいだけど、今回は僕の怒りの方が勝っていた。


 何を言いたいのかは分からないけど、なにか言ってやらないと気が済まない。そう思って立ち上がろうとした僕を、厨房から出てきたブフが声には出さず、まぁまぁと宥める。


 でも僕悔しいよ! そんなやりきれない想いを視線に込めて訴えるけど、ブフは悪戯っぽくウィンクをするだけだ。大丈夫、君達は充分頑張ってくれた。ここから先の始末は僕がつけるよ。そんな風に言われた気がして、僕は不本意だけど座らざるを得ない。


「お口に合いませんでしたか?」


 気さくな感じでブフが言う。


「まったくな! 酷い味だった!」

「ははは。そいつは手厳しい。でも、確かにそうですね。僕の仲間が用意してくれた食材は完璧だったけど、時間が足りな過ぎた。最高の形で提供するには、もう何日か肉を熟成させないと」


 残念そうにブフは肩をすくめる。どう考えてもさっきの料理は最高だったのに、ブフは満足していないらしい。これがプロとアマチュアの差なのだろう。


「ほう、潔く負けを認めるという事か?」

「いいえ。別に勝ち負けなんかどうでもいいんですが、折角仲間が頑張ってくれたんでね。どうせならとことんまでやりましょう」

「……どういう事だ」


 楽し気に喋るブフに不穏な物を感じたのか、不気味そうにドネルが言う。


「こういう事です」


 ブフが指を鳴らすと、ウェイトレスがどっさりと料理の乗ったカートを押してくる。


「これは……まさか……」


 ドネルの顔が青ざめる。


「見ての通り、火竜料理のフルコースですよ。ランカ、ハル君、君達は最高の狩人だ。若火竜を丸まる一匹、あんな綺麗な状態で持って来てくれるなんてね。お陰で僕も料理人魂に火がついちゃったよ」


 こちらを向いてブフが笑う。


「今いるお客様も、うるさい思いをさせてご迷惑をかけてしまったお詫びです。どうぞ食べて行ってください」


 ブフが頭を下げると、店の客達が拍手と歓声で答える。


「こ、こんなのは、認めんぞ!」

「そうですか。食べたくないなら構いませんよ?」


 あっさり言うと、ブフは宝の山のようなカートに視線を向ける。


 ドネルは必死にそちらを見まいと抗うけど、呪いにかけられたように視線が吸い寄せられる。そうだろう。腐っても美食家を自称する男だ。嘘の感想を吐く事は出来ても、目の前の美味い物を見逃す事は出来っこない。


「……仕方ない。そこまで言うなら特別に食ってやる!」


 ブフははいはい、という感じで肩をすくめる。


 そこからはちょっと慌ただしい。ブフと二人しかいないウェイトレスがぱたぱたと駆けまわって全てのテーブルに料理を並べる――とりあえず乗せられる分を。


 一品目は若火竜のブラッドソーセージだ。文字通り、竜の血をふんだんに練り込んだソーセージ。ソーセージの皮には竜の腸を使ったみたいで僕の腕くらい太い――それをスライスにして並べてある。


 具は血の他にも内蔵のペーストや軟骨、レンコンなんかが入っていて、普通のソーセージよりも複雑で上等な料理に仕上がっている。


 肉厚の皮――腸の部分――は火であぶられ、揚げた鳥皮みたいにパリパリだ。中身はねっとりとして濃厚なレバーパテを思わせる。内蔵や血を使っているけど生臭さはまったくなく、そのくせ命を閉じ込めたような力強い風味とコクがある。


 血に見立てた甘めのクランベリーソースが目に楽しく、塩味の聞いた味付けがワインとよくあった――それだけで一晩飲み明かしたいくらいだ。


 二品目は火竜の手や足の指を丸まる一本入った竜の指フィンガースープ。丁寧に茹でられた指は薄く透明がかり、ぷよぷよと弾力があって豚足みたいだ。それ自体が強い風味を持っていて、噛むとねっとりと口の中で粘る。


 スープは中華風に薬草が散らされてピリ辛だ。一口の飲むと辛くて休憩したくなるけど、休憩するとすぐにスープの味が恋しくなってまた飲んでしまう。一気に飲めない絶妙な辛さが良い意味でもどかしい一品だ。


 三品目に火竜の尻尾レッドテイルステーキ、四品目に火竜の翼膜レッドウィングの春巻き風――春巻きの川の代わりに火竜の翼膜を使う――モツ煮、湯がいた脳みそ、様々な部位を一口サイズに切った食べ比べ串焼き、バラ肉のミートパイ、竜タンのロースト、まだまだ他にも……


「も、もう食べられないネ……」

「ていうか、よくこんなに食べられましたね……」


 漫画みたいにお腹を膨らませて僕達は言う。


 結局僕達はブフの出した火竜料理のフルコースを完食した。


 言った方が正しいかもしれないけど。


 とっくの昔にみんなお腹いっぱいになっていたみたいだけど、美味しくてつい手が伸びてしまい、もう無理、食べられないと言いながら最後まで食べ切ってしまった。


 もう少し量が多かったら誰かのお腹が破れていたかもしれない。冗談じゃなく、本気でそう思ってしまうから怖い。


 本当なら食べ過ぎで苦しみ悶えている所なんだろうけど、お腹の中から広がる暖かな満足感と幸福感で不思議と平気だ。もしかすると最後に出てきた薬草っぽい風味のする一口シャーベットになにか秘密があるのかもしれない。


 ともあれ僕達は幸せだった。他に表現しようがない。お腹の中にはパンパンに幸せが詰まっていて、ブフの料理は夢のように美しい思い出として鮮明に焼き付いている。幸せ過ぎて現実の世界に戻れるか不安な程だ。


 そんな僕達をブフは心から幸せそうに眺めている。


「皆さん満足していただけたようですが、ドネルさんはどうです」


 分かり切った事をブフが尋ねる。食事中誰よりも意地汚く貪るように食べていたドネルだ。骨をしゃぶり、皿まで舐めていた。満足していないはずがない。


「…………う、ぐ、くぅ……」


 ドネルは怒りに顔を真っ赤にして、太った拳を握りしめブルブルと震える。


 やがてドネルは憑き物が落ちるような溜息を一つ零して言ったのだった。


「……わしの負けだ。こんなに美味い料理は食った事がない」


「だとしたら、あなたはまだまだ経験が浅いですね。広い世界にはもっと美味しい物がまぁまぁありますよ」


 山ほどとは言わない所にブフの誇りを感じて僕は笑ってしまう。なんかムカつくけど、ドネルまで笑い出した。


「あんたには敵わん! わしの完敗だ!」


 そしてドネルが困ったように禿げた頭を掻く。


「しかしまいった。こんなに美味いと、今度は人に教えるのが惜しくなる」

「おいジジイ! いい加減にするネ!」


 ランカがテーブルを叩き、驚いたドネルが椅子からひっくり返る。


 客達が笑い出し、僕も釣られて笑った。


 そんな僕達を見て、ブフは満足そうに頭をさげた。


「お粗末様でした。またのご来店を心よりお待ちしております」


 なんてかっこいいんだろう。


 こんな大人になりたいと僕は思った。







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 気になるキャラ、見てみたいシチュエーション等ありましたらコメントでお知らせください。御期待に添えるかはわかりませんが、可能な範囲で題材にさせていただきます。







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