第29話 頼れる仲間

 火竜狩りの予行練習を終え、お腹も膨れた僕達は本来の目的を思い出して四層へと向かう。


 ベラジオ火山の魔境はこの辺りからが本番だ。


 洞窟は炭鉱めいた小道から、野外と見紛うような広さへと姿を変える。天井は見上げるほど高く、水路の街のようにあちこちでマグマの川が流れて洞窟内を昼のように明るく照らしている。


 耐熱ポーションを飲まなければ普通の人間は息を吸うだけで肺を焼かれる灼熱の世界だけど、僕はお金に物を言わせて高い耐熱ポーションを飲んでいるから汗一つかいていない。お腹いっぱいのランカは相変わらず心頭滅却――と言う名の魔力の鎧――で耐えている。


 四層の魔物は流石に雑魚とは呼べない。ミノタウロスの上位種であるミノタウロス=ウォーリア――長いので戦士ミノとかミノウォーリアとか呼ばれている――燃えさかる巨人のファイアーマン――五層にはさらに巨大なファイアージャイアントが湧く――溶岩の中を泳ぎ回る溶岩ワームや溶岩蟹に、成体の火竜等油断ならない相手が待ち構えている。


「お腹いっぱいで元気百倍ネ! 道中の敵は全部アタシが相手するヨ!」


 別に気を使ってくれなくてもいいんだけど、ご飯のお礼のつもりなのか、余計な敵は全部ランカが始末してくれた。


「あちょぉおおおおお!」


 と叫べば戦士ミノの大木のように太い首をジャムの蓋を開けるみたいに捩じって折り。


「あたたたたたたたぁ!」


 と叫べば魔弾の雨のようなパンチの連打でファイアーマンを穴だらけにする。


「ほわちゃああああ~!」


 と叫びながら溶岩の川に飛び込んで逃げようとする溶岩ワームを引きずり出した時は流石の僕も目を擦ったけど。


 そんなこんなで後半戦は楽をさせて貰い、ついに僕らはお目当ての火竜を発見する。


「やっとみつけたネ」


 お待ちかねの若火竜だ。若いと言っても並の冒険者じゃ十人がかりでも刃が立たない相手だ。深層の魔物は僕達のように魔力を纏っていて見た目以上にタフだから柔な攻撃じゃ傷一つつけられない。


 僕達は並の冒険者じゃないから平気だけど、流石に幼火竜程楽にはいかない。


 若火竜はまだ僕達に気づいておらず、鋭い牙の並んだ口で足元に転がる炎炭石えんせきたん――ベラジオ火山の人気採取物で良質の炭のようによく燃える。燃やしっぱなしでも三か月くらい持つ――をビスケットみたいに齧っている。


 殺すだけなら訳はないけど、肉質を損なわないように仕留めるのは大変だ。


 幼火竜の十倍以上の重量があるはずだから、その分沢山生体魔力を流さないといけない。全身に生体魔力を通すだけでも一苦労だ。とてもじゃないけど一瞬では済まない。その間僕はしっかり若火竜に触れてないといけない。力だってずっと強いから、暴れられた時に幼火竜のように無視するわけにもいかない。


 ……だめだ。色々とイメージを膨らませてみるけど、肉質を損なわずに仕留められるビジョンが浮かばない。二人がかりでも同じだろう。生体魔力を全身に通すのに十秒以上かかるだろうから、かなり暴れさせる事になる。多分何度か仕切り直しになるだろうし。


 ブフは魔物の生態を知り尽くしていて、肉質に影響の出ない毒や行動を阻害する術、罠なんかにも詳しかった。そんなブフでもこのクラスの魔物を狩るのは楽じゃないと言っていた。肉質は大事だけど気にしすぎて怪我をしたら元も子もない。自分の実力とその時の状況に応じて妥協する事も必要だと言っていた。


 ……別に僕が食べるのなら全然気にしない。肉質が落ちると言っても、そこまで大きく変わるわけじゃない――……とは言い切れないけど。


 ブフだって完璧な状態の肉が手に入るとは思ってないと思う。普段狩人から仕入れている肉だってそこまでの質じゃないと思うし。


 でも、僕はブフに完璧な肉を届けたい。


 それは僕のエゴであり、見栄でもあるだろうけど。万が一にも半端な肉を持って行ってブフの料理にケチがつく事が僕は怖かった。


「ハル」


 自分の世界に入っていた僕にランカが語りかける。


「すぐ一人で悩む、悪い癖ネ。ここにはアタシもいる。仲間、頼って欲しいヨ」


 拗ねるような、悲しむような、呆れるような、怒るような、なんとも言えない表情でランカは言った。


 僕はハッとして、自分の傲慢さに恥ずかしくなる。女神さまに甘やかされ、色んな人にちやほやされて、どうやら僕は調子に乗っていたらしい。


 一年前とは違う。僕には頼れる仲間が沢山いるんだ。なんでもかんでも自分でやる必要はないし、そんな実力だってない。そんな考えは一緒にいる仲間に対しても失礼だろう。


「ありがとうございます」


 謝りはしない。こういう時は謝罪よりも感謝だと教えて貰ったから。

 僕は素直に思っている事をランカに告げる。


「そんな事で悩んでたネ」


 呆れるように言うとランカは力強く胸を叩く。


「そういう事なら、アタシに任せるヨロシ」

「ランカさん、ドロップにならないように仕留められるんですか?」

「出来ないヨ。それはハルの仕事ネ。アタシはハルがやりやすいように大人しくさせてくるヨ」


 そんな事が出来るのか謎だけど、ランカが言うなら出来るんだろう。なら、僕は信じて待つだけだ。


「お願いします」

「アイヤ! 千拳冠女せんけんかんにょの異名、伊達じゃない事見せてやるネ」


 ランカが魔力を練り上げる。高純度の蒸留酒のように力強く澄んだ魔力が微かな淀みもなく彼女の身体を満たす。


「こぉぉぉぉぉ」


 と、低く呻るように息を吐くと、ランカの姿が消えた。

 驚いて僕は目をパチパチさせる。


「よく視るネ。アタシはここにいるヨ」


 さっきまでランカが立っていた場所から声がする。


「これ、霊歩れいほ言うネ。説明難しいけど、自分の事、ズラす技ヨ」


 物凄く目に魔力を集中すると、薄っすらと人の輪郭のような物が見えるような気がする。隠蔽の術の一種なのだろうけど、見えないというよりは、そこにいるのに気づくことが出来ないというような感じがする。物凄く存在感が薄くなる技という事なのだろうか。


「すごく疲れるから、もう行くヨ」


 ランカが走り出す。僕は必死に目に魔力を集めて霞のような気配を追った。


 ランカは気づかれずに若火竜の目の前までやってくると、再び魔力を練り上げる。


「ほぉあたたたたたたたたたたたたたあたぁ!」


 そして、いつもの怪鳥めいた叫びを上げると、正面から若火竜の身体を滅多打ちにする。


「えぇ……」


 唖然としていると、打ちのめされた若火竜が悲鳴も上げずに仰向けに倒れる。


「みたカ? ざっとこんなもんネ!」


 えっへんとランカは胸を張るけど。


「ボコボコにしたように見えたんですけど……」


 説明が足りなかったのかな。気まずい気分で僕は言う。


「そう見えたなら、まだまだ功夫が足りないネ。アタシは一発も殴ってないヨ」


 得意気に言うとランカは足元の若火竜に視線を落とす。近づいて見ると確かに打撃の跡はない――ランカに殴られた鋼鉄の盾にだって拳の跡が残る。


「どうやったんですか?」


 好奇心から僕は尋ねる。


「簡単ネ。人も魔物も身体には魔力経路パスが通ってるネ。上手く秘孔に魔力を通せば気絶させるくらい訳ないヨ」


 なんとなく分かったけど、絶対に簡単じゃないと思う。人と魔物じゃ魔力経路の形は全然違う。魔力経路の集まる秘孔も違うから、目に魔力を集めた魔視で確認するしかない。大型の魔物は秘孔も身体の奥にあるだろうから、正確に秘孔に魔力を通すのは物凄く難しいと思う。


「そんな事が出来るのはランカさんくらいですよ]


 肩をすくめると、僕は収納腕輪からエプロンと手袋を取り出して身に着ける。


「でも、お陰で最高の状態でブフさんにお肉を届けられそうです」


 ここからは僕の仕事だ。


 幼火竜とは比べ物にならない大きさだ。肉化も血抜きも解体も、さっきの非じゃない難しさになる。些細な失敗一つでランカの用意してくれた最高を損なってしまう。


 憎いドネルの顔を思い浮かべると、僕は生体魔力を流して若火竜の首を斬り落とした。

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