第28話 異世界クッキング 料理編

 転生前はごく普通の実家暮らしの高校生だった。


 今となっては物凄く申し訳ない話だけど、ご飯なんか何もしなくてもお母さんが勝手に――本当に心残りで、そんな風に思っていた事を心から後悔している。願いが叶うなら全財産を差し出してもお母さんに美味しかったよ、ありがとうって伝えたい――用意してくれるものだと思っていた。


 そんな僕が料理に興味を持ったのは三割はイザベラ――見える所で美味しいご飯を作ってくれるから――七割はブフ――狩りと解体と魔境料理の美味しさを教えてくれた――の影響と言って間違いない。


 特にブフは魔境料理でも普通の料理でも師匠のような存在だ――ありがたい事に僕には沢山の師匠がいる。


 でもそれはあくまで趣味の範囲で、ブフのような丁寧さや料理人としての誇りみたいなものは僕にはない。お腹のすいた仲間に余興感覚で魔境料理を作って喜んで貰えればそれでいい。そういう時も元来面倒くさがりの僕は手間のかからない料理を好む傾向にある。


 と、たっぷり予防線を張った所でハル=アサクラの異世界クッキングを始めようと思う。


 使える材料は幼火竜が一匹に収納腕輪に入ったちょっとした食材と調味料だ。ランカは舌が肥えているけどグルメというわけじゃないから僕の作った料理ならなんでも美味しいと言ってくれると思う。


 でも、折角なら心から美味しいと思って貰いたいし、ちょっとした驚きを与えたい――ブフに言わせれば、料理がおいしいのは当たり前で、その先に驚きや感動といったそれ以上を用意できるかどうかが料理人の腕の見せ所らしい。


 こんな僕でも一応彼の弟子なので、それに恥じない料理を用意しようとする努力の姿勢ぐらいは見せたい所だ。


 勿論食べる人の事を忘れてはいけない。料理とは食べて貰う為に作る物で、自己満足で作っては自分すら満足させられない――どれもこれもブフの押し売り。


 ランカは腹ペコだから手早くボリューミーに行こうと思う。

 

 というわけで、先ほど解体したドラゴンレッグとドラゴンアームに下味をつける。僕は面倒臭がりなので異世界味の素的なポーションを使う。簡単に言えば日持ちがして染み込みやすい特製調味タレで色んな種類がある。適当にかけて焼けばなんだってそれなりに美味しく仕上がる。今回はワイルド塩味をチョイスした。


 下味をつけたらさっきまでお肉にくっついていた火竜の皮で包んで三層名物天然ホットプレート――例の赤熱化する程熱い地面。ちなみに皮はここに広げて消毒済み――の上に転がす。


 火力が高すぎるけど火竜の皮は耐熱仕様だから平気だ――ドロップで手に入る皮ほど優秀じゃないしこの一回でボロボロになるだろうけど、どのみち捨てるつもりだったから有効活用しておく。


 あとは適当に放置してひっくり返せばハル風ドラゴンレッグの包み焼きの完成だ。


 大きい分火が通るまで時間がかかるので――とは言え、別に生でも問題ない。竜は生命力が強いから病気や寄生虫を気にする必要がないそうだ――その間にもう何品か作ろうと思う。


 折角現地で料理してるんだから新鮮さを活かしたい所だ。新鮮と言えば刺身なので、タン刺しとハツ刺しを作ろうと思う。と言っても、心臓は水洗いして中の血を抜いた後に余計な血管と裏の筋を切り落としてスライスするだけ。タンも大体同じ。


 ドラゴンヘッドに手を突っ込んで根元から切り落とし、舌裏の筋や表面のザラザラした皮を剥いでスライスする。ちなみに根元に近い方が脂が乗ってて美味しいし柔らかい。


 もう一品用意するか悩む所だけど、僕のレパートリーでこれ以上竜肉料理を増やしても蛇足になりそうなので少し趣向を変える。


 収納腕輪からバケットを取り出して手ごろな厚さにスライスし、ドラゴンレッグを蒸し焼きにしている熱い地面に並べる。


 その頃にはドラゴンレッグにいい感じに火が通っているから、滲みだした調味ポーション混じりの肉汁をバゲットに振りかける。


 無形剣の刃をフライパンみたいに平たくしてバゲットに押し付けたらなんちゃってハル風ホットサンドのドラゴンレッグ風の出来上がりだ。


 収納腕輪からランチセット――椅子やテーブルや食器等々――を取り出して料理を盛ったら最後に黒猫亭の黒ビールを魔術で冷やして――燃えるように熱い火山洞だ。ここで飲むならキンキンに冷やしたビール一択だろう――出来上がり。


「いたれりつくせりネ! ハルは良いお嫁さんになるヨ!」


 ランカの冗談を受け流し、二人で仲良く手を合わせる。


「「いただきます」」


 味はまずまず。素人料理にしては上手くいったんじゃないだろうか。ドラゴンレッグは一見すると大きなターキーレッグだけど味は全くの別物。鳥みたいに淡白じゃなく、牛肉を濃縮したような濃い風味がある。


 歯応えは口の中に吸い付くようにむっちりしていて、噛むとじゅわじゅわ肉汁が湧きだす。でも牛肉みたいに余計な筋はなくて歯切れは良い――その辺は鶏肉に似ている。ランカなんか一本目を一息で食べてしまった。


 ハツ刺しはさっぱりしつつ濃い血の味――とは違うんだけど、そう呼ぶ他にない――がしてなんか元気になりそうな感じ。タン刺しは先端の風味はハツに似てるけど、触感はこりこりしててアワビみたいだ。脂ののった根元はもっちりしていて噛めば噛むほどさっぱりした甘さが口の中に広がる。


 ホットサンドで口直しをしつつ――とは言え、ドラゴンレッグの肉汁で味付けをしたからあんまり口直しにはならなかった。美味しいけど、これはちょっと失敗。イザベラやブフなら絶対にやらないと思うから反省だ。


「そうカ? これはこれで美味しいヨ! ビールのつまみに最高ネ!」


 最後のホットサンドを名残惜しそうに――あんまり美味しそうに食べてくれるから僕のを何枚かあげた――食べならランカは言う。


 単純かもしれないけど、こういう時料理をする喜びを実感する。


 自分の作った料理を美味しく食べて貰えるだけで、どうしてこんなに嬉しい気持ちになるんだろう。


 お母さんもこんな気持ちで僕にご飯を作っていたんだろうか。


 そう思うと、嬉しいような、切ないような、複雑な気持ちになる僕だった。

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