第27話 異世界クッキング 解体編

「で、メニューは何にするネ? 溶岩マイマイ、ミノタウロス、岩石ワーム、より取り見取りヨ」


 子供みたいにはしゃいでランカが言う。


 例に上がったのは三層の魔物で、溶岩マイマイは赤い魔石が埋まった岩みたいな殻を持つ大型のカタツムリ、ミノタウロスは定番の牛亜人で、岩石ワームは岩の中を自在に泳ぐ大きなミミズだ。


 どれもちゃんと料理すれば美味しい――ブフに食べさせてもらった事がある――んだけど、自分の手で調理するのはハードルが高い――技術的にも精神的にも。だってカタツムリとか人型とかミミズだし――ので、今回は遠慮したい。


「若火竜の予行練習なので、幼火竜にしましょう」

「それもそうネ」


 特に異論もなくランカは納得する。食べられればなんでもいいのだろう。

 適当に三層を徘徊し獲物を探す。


「いたヨ!」


 押し殺した声でランカが言う。

 幼火竜が一体、火炎犬レッドハウンドの死体を貪っている――幼体でも火竜なだけあり、三層の中では上位の魔物だ。


「どうするカ?」

「練習なので、ランカさんは見ていて下さい」

「アイヤ。応援してるネ」


 胸の前でランカが小さく拳を上下させる。


 普段魔物と戦う時もそうだけど、食肉化を目的とした狩りの場合、如何に気づかれないように仕留めるかが重要になる。


 ブフが言うには、余計なストレスを与えると肉の味が悪くなるらしい。この場合のストレスと言うのは、肉体面、精神面両方だ。素人考えだけど、戦闘になってアドレナリンや乳酸とかそういうのが出ると良くないんじゃないかと勝手に思っている――ブフは学者じゃないから、実用的な知識は知っているけど、なぜそうなるのかは知らない。だから、美味しい魔物肉を手に入れる為には、興奮させたり暴れさせずに仕留める必要がある。


 ただ殺すだけなら、気づかれない距離から破壊力のある一撃を叩きこんで終わりだけど、食肉化するには身体に触れて固有の生体魔力を流さないといけない――成体魔力自体はしっかり観察すれば遠くからでも読み取る事が出来る。よほど複雑でなければだけど。


 隠密インビジブルの術を使おうかと思ったけど、僕のそれは光学的な迷彩だけで――熟練者は臭いや音も消し去れる――それだって完璧には程遠い。対人や視力に頼った相手にはそれなりに効果があるけど、火竜は鼻が利くから近づいたらバレるだろう。


 少し悩んで、僕は速攻を仕掛ける事にした。全身に魔力を漲らせ肉体を強化しつつ、余計な魔力が外に漏れないようにしっかりと蓋をする――そうしないと漏れ出した魔力で気取られる。


 緊張で胸がドキドキした。今更幼火竜如きにそんな風に感じる自分が少し新鮮でおかしい。深呼吸をすると、僕は放たれた矢のように飛び出す。


「ピギャ!?」


 あと数歩という所で気づかれ、幼火竜が振り向くけど、もう遅い。


 僕は左手でまだ硬質化していない喉笛を鷲掴みにすると、溜め込んでいた固有の生体魔力を一気に流しつつ、刀状に伸ばした無形剣で首を跳ねる。


 魔力を宿した赤い血がマグマのように明るく輝きながら吹きだして防水エプロンを汚す――事前に身に着けておいた。


 幼体と言っても火竜の生命力は凄まじく、すぐには絶命しない。僕に尻尾を絡ませて引き寄せると、刃物みたいな四肢の爪を突き立てようと暴れる――多少暴れるのは仕方ない。僕は内側に抑えていた魔力を外にも巡らし、魔力の鎧でそれを防ぐ――格下相手ならこれで十分。


 暫く耐えると幼火竜は絶命し動かなくなった。


「やったネ!」

「大変なのはここからですよ」


 血が顔に着かないように額の汗を拭うと、僕は一旦幼火竜を床に転がし、手早く解体の準備をする。


石柱ストーンピラー


 無形剣の刃を地面に突き刺し――直接地面に魔力を流した方が効率的――地操術で僕の背丈くらいの石柱を伸ばす。


魔紐ストリング


 幼火竜の両足に魔紐を括りつけ、石柱の上部に引っかけるようにして吊り上げる。


 魔紐を固定すると、石柱に逆さ吊りになった幼火竜の腹に非実体化させた――斬らないモード――無形剣の刃を突き刺し、心臓を探して包み込む。心臓部分だけ実体化させると、魔力を送り込みながら心臓をマッサージするイメージで揉みしだく。


 体内に残っていた余計な血と魔力が斬り落とされた首から蛇口みたいにジャバジャバ溢れ出す――ブフなら血も貴重な食材とか言って集めるんだろうけど、こいつは僕達が食べる用なのでそこまではしない。


 これで血抜きはオッケー。ブフの沢山の教えの一つで、血は肉の臭みや劣化の原因になる。特に魔物の肉は血と一緒に魔力を抜かないと独特の魔力臭さが酷くて食べられたものじゃない――試しに血抜きしてないのを食べさせてもらった事があるけど臭いし舌がビリビリするしお腹もぐるぐるになって最悪だった。


 血抜きが終わったら次は内蔵外しだ。


 ブフならこのまま吊り下げた状態でやるんだろうけど、僕にはちょっとハードルが高い――上手くやらないと自重で内臓が破れたり変なタイミングで肛門が外れてうんちっちになる。


 地操術で即席の作業台を作って仰向けに寝かせる――お尻を少し台からはみ出すようにして寝かせると内蔵やらうんちやらが台じゃなく床に落ちる。


 無形剣の刃をナイフくらいに短くして、内蔵を傷つけないように刃を内側に向けて股間の辺りから入れていく。そのまま首の断面まで一直線に腹を開く――切れ味の落ちない無形剣じゃなかったらこんなに簡単にはいかない。


 腹を開き終わったらそのまま排水ホースみたいな食道を首の肉から外していく。終わったら下に戻って腰骨を開く。そうするとぱっかりお腹が開くから、食道を外す要領で肛門を周りの肉から外していく――最初は戸惑うけど内臓を引っ張ると膜みたいなので肉と繋がってるからそこを切ればいい。


 肛門の先は腸に、腸の先は色んな内臓に繋がっていて、それらは最終的に食道に繋がっている。内蔵はそうして全部繋がってるんだって生命の神秘を実感しながら外し終えた内臓をべろりと掻きだして床に落とす――やっぱりブフだったら内蔵も全部美味しく料理するんだろうけど、僕には心臓ぐらいしか扱えない。


 内蔵を外し終えたら皮を剥いでいく。ここまでの作業も含めて人それぞれ色んなやり方があるけど、大事なのは食道から肛門までを傷つけないように外す事だって僕は教わった。


 で、皮剥ぎだけど、今回は同時に四肢も外そうと思う。膝の辺りに刃を入れて開いたお腹と繋がるように皮を切り裂くと――やっぱり刃は内側で――膝に戻って円を描くように刃を一周させる。あとはそこを起点に皮を引っ張りながら間の膜を開いていく――何度も言うけど、切れ味抜群の無形剣がなかったらこんなに簡単にはいかない。


 仰向けに寝ている人のガウンをはだけさせるような感じで寝ている状態で剥げるだけの皮を剥ぎ終えたら、脱ぎかけの人体模型のミニドラゴン版の出来上がり。膝下を切り落とし、太ももの付け根に刃を入れて股から切り離せば、小さめの棍棒くらいあるドラゴンレッグの出来上がりだ。同じ事を三回繰り返せば骨付き肉の洞窟みたいな胴体が残る。


 ここまでで多分三十分はいかないくらいだろう。


 ブフには遠く及ばないけど、久々にしては悪くない手際だったと思う。


 収納腕輪に入れておいた水で肉と自分を軽く洗うと、今食べない部分は氷結魔術で凍らない程度に冷やして――冷やさないと体温でお肉が劣化する。それが可能であるなら、凍らせるよりそれに限りなく近い低温で保存した方が美味しく保存できるとブフは言っていた。――収納腕輪にしまう。


「それじゃ、料理に入りますか」

「うぅ~、腹ペコで待ちきれないネ!」


 僕が幼火竜を解体している間、血の匂いを嗅ぎつけてやってきた魔物を片っ端から塵に変えていたランカが、もどかしそうに地団駄を踏みながら叫んだ。

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